十一、対の羽根

「いいか、物の怪に憑かれるということは――」

 物の怪に対して物の怪のことを語る、そんな奇妙な状況に違和感を覚えないわけではない。しかし、これは私の仕事であり贖罪だ。物の怪によって困っている者を助けるために、私はいる。

「はい。じゃあこういった場合は……」

 少年と話したのは短期間だったが、今はあまり彼に負担をかけるのは得策ではないと感じた。その役目は目の前の少女に負ってもらうほかない。換妖がどういう存在なのか、再び憑かれてしまった時はどうするべきか。私は彼女に教える義務があると思っている。

 また、その判断は間違っていなかった。この短時間でも少女のやる気が伝わってきている。この姿勢を保ったまま、生きていってほしい。精霊は長寿であり人間と比べたら無限の時を生きるといってもいい。

 これから他の物の怪と接していく年月や経験を考えたら、私の人生よりもはるかに長く濃厚なモノになるだろう。

「次に、換妖についてだ」

 その言葉を受け少女の様子がまた変わった。ここからは実践することになる話である。

「先ほど換妖は上向きの感情が好物だと言った。だがあれでは説明不足だ。そこから詳しく話していく。いいか?」

 私の言葉に少女が頷く。

「よし。まず換妖はその時々で姿を変えることで知られている。餌を探すことになった環境に合わせて最適な擬態をして行動を取るんだ。あいつが持っていた本に着いていた時は紙魚の姿だっただろう?」

 他にも井戸であったらイモリ、家屋だったらネズミというように生態から大きさなど擬態の幅は広い。

 もちろん換妖は物の怪なので大抵の人が目にすることが出来ない。よって、この擬態は隠れるためや紛れるためではなく、あくまでその環境で効率的に動くため、だと考えられる。

「だから換妖は見た目だけで換妖だと見分けることは難しい。誰かが憑かれて症状が出始めないと判断はできないものと考えてくれ」

「つまり、換妖の対処は後手に回らないといけないということですか?」

 少女の質問に対して深い首肯で答える。

「そういうことだ。で、その憑かれた時の初期症状というのが――」

「あの笑顔……だと」

「正解。勘が良くて説明が楽だな」

 少女は私の言葉に恐縮するように首を振りながら下を向いた。だが実際に勘がいい。助手として連れていきたいくらいだ。さらには精霊ゆえに物の怪を見ることができるし、強い妖力もあてにできる。

 だがあの少年がいるのだ。三人旅は少々辛いし、少女が少年を置いていくとは思えなかった。まぁ、最初からそれが分かっているから講義をしているわけだが。

「さらに次の段階、また次とあるわけだが、あいつの症状は第二段階と言ったところだろう。換妖の妖力が作用して、憑かれた者は楽しみや嬉しみを感じるハードルが下がったり、幅が広がったりするんだ。何か心辺りはないか?」

 私の問いかけに少女は悩む様にして目を閉じた。それに加えて文字通り頭をひねっているようである。

 しばらく沈黙していた少女だったが、ふと思い出したようにしゃべりだした。

「すっかり忘れていたんですが、あの子、笑みが取れなくなってから急に部屋を暗くしだしたんです。もしかして、関係ありますか?」

「――大いにあると思う。換妖によって現れる第二段階の症状は千差万別だ。暗闇が楽しくなることも十分に考えられる」

 だから部屋に入った時真っ暗だったのか……。正直気味が悪かった。

 そんな思いを表情に出さないように気を付けて続けることにする。少女に気づかれると大変気まずい。

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