十、対の羽根
「これは……」
「何これ!」
換妖を見た二人の反応は異なっていた。
少女は視線に不快感をにじませていて、眉の顰め具合がすさまじい。対照的に少年は目をキラキラ輝かせており、見た目相応の活発さが見て取れた。自分を気味の悪い笑顔のままにした原因に向けるべき態度ではないのだが、ここでは言わないことにする。
なお、二人の反応からしてこの物の怪のことは知らないようだ。少年の方を片付けたら、精霊が知っている物の怪について聞いてみよう。私が知らない存在が知れるはずだ。
……自分でも、物の怪に憑かれた者の目の前で不謹慎な考え事をしているのは分かっている。しかし、こんなことを考えられているのは解決策が分かっているからなのだ。
話を聞いていた時点でおおよそ見当はついていたのだが、件の本から換妖が見つかった時点で確定した。
今回はあの蔓のようなことにはならないはずだ。
「……」
少年のことを思い安心すると同時、あの青年との一幕がチカッと脳内で瞬いた。それを気取られないように意識をしながら言葉を発する。
「さっきも言ったが、こいつは換妖という物の怪だ。既に別の個体がお前に憑いているんだろう。好物は人の感情――特に楽しいや嬉しいと言った上向きのモノを好む。だが、精霊に憑くということもあるようだな」
小瓶を差し出すと少年がすぐに受け取り、しげしげと眺め始める。上から見ては下からも、次いで左右と忙しない。
「落して割るんじゃないぞ」
私の言葉に少年は大きな声で「うん!」と返してきた。しかし、こちらを見ることもなく意識は換妖に向いているようである。この様子ではしっかりと話は聞いていないだろう。だが、仮に落としたとしても小瓶は特別製であり、その程度では問題はない。
むしろこの状況は好都合であると言えた。
「……」
少年はしばらく放っておいて大丈夫なはずだ。私が少女に向かって無言のまま視線を送ると、目ざとく気づいた彼女は首をかしげてみせた。
外に、というように手で示して立ち上がる。少女はすぐについてきた。二人して廊下に出ると部屋の扉を閉める。
「何か……お話ですか?」
本当に目ざとく察しの良い少女だ。一人連れ出されたことで何か深刻な話をされるのではないかと危惧している。その証拠に気丈に振舞ってはいるが、握る手が震えていた。
そんな少女の緊張を和らげるように先回りで話してやることにした。
「先に言っておくぞ、あいつは治る。私だったら絶対に治せる。だから安心してほしい」
「本当……ですか?」
少女の不安そうな表情は晴れない。まぁ、今の一言で気を持ち直すほど単純だったら逆に心配だ。何事も信じ込むのは良くない。自分で検討してもしもの時のことを考えておくくらいが丁度いい。
だが、今の少女は少し気負いすぎているのも事実。そう思った私はさらに言葉を投げかける。
「今ここで私が嘘を言っても得はない。むしろ面倒事が増えるだけだ」
私が「そうだろう?」と続けると少女は浅く頷いた。
「で、だ」
「っ……はい」
一つ区切って少女を見つめると、わずかに震える瞳が写った。しかし、構わずに言葉を続ける。
「あいつは治る。だが、今からお前には換妖のことを全て話すつもりだ、本当の習性と現実について。そして、私はあいつにすべてを教えるのはよろしくないと判断した。この意味は分かるな?」
「――分かりました。私が、しっかりします」
少女は数舜の間を開けて言った。その口調ははっきりしており、気持ちのいい言い切りだと感じた。私は勇気ある決断をした少女に対して敬意を示すつもりで深く頷いた。
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