九、対の羽根

「で、この本を読んでいたらいつの間にか――」

「はい。笑うことしかできなくなっていました」

 私の言葉を少女が引き継いだ。続けて少年を心配そうに見つめる。

「そうなんだよね」

 同意する少年の顔は依然笑ったまま。少年の声色的に本心で楽しいと思っていないことは分かるが、やはり表情は口以上に物を言うらしい。

 少女の悲痛な雰囲気と合わさってしまい私は気が落ち着かなかった。

「それで……何か分かりましたか?」

 少女がこらえきれないとばかりに問いかけてきた。私はそれに対して首肯を返す。

「検討は既についている。おそらく――」

「本当ですか!? 戻るんですか!? 旅人さんなら治せますか!?」

 少女が怒涛の質問を私にぶつけながら身を乗り出してきた。少年も「本当?」と続いた。

 少女は驚きと期待の表情を浮かべながら、至近距離で見つめてくる。お互いの鼻息が感じられそうくらいである。

 それをうっとおしいと思った私は、少女と私の間に左手を押し込み、おでこを押して距離を取らせた。

「お前が焦ってどうするんだ。見たところ、こいつの保護者的位置にいるんだろ」

 少女ほどではないが身を乗り出している少年に視線を向けて言う。少女は申し訳なさげに「すいませんでした」と口にした。

「で、話の続きだが――」

 そう切り出すと二人が静かになった。若干少年の方はそうでもなさそうだが、まぁいいだろう。続けることにする。

「おそらく、その笑顔は換妖かんようが憑いたからだ」

「「かん、よう?」」

 二人が揃って首をかしげた。知らない言葉を喋るように口内で転がしており、発音がたどたどしい。

「あぁ、交換の換に妖と書いて換妖だ。精霊の中ではまた別の呼び方がされているかもしれないな――よし、ちょっとその本を貸してくれ」

 そう言って左手を差し出すと、少年が本を手渡してくれた。「傷つけないでよ?」と言って名残惜しそうである。

 ……別に破ったりするわけじゃないのだから安心してほしいのだが。

「少し待っていてくれ」

 興味深そうに見つめてくる二人――いや、少女の方はやきもきしているようだが、そんな二人を待たせて紙をめくっていく。

「――いたぞ」

 そんなこんなで十数分、目当てのを見つけた私は、包帯を外し、水をかけた左手で素早くそいつをつまむと、懐から取り出した小瓶に放り込んだ。そしてすぐに蓋を閉める。

 この小瓶は特別製での知り合いに作ってもらった代物だ。理屈は一切知らないが、物の怪を中に閉じ込めることが出来る。

 獣くらいの大きさの物の怪の場合、妖力を帯びた紐などで拘束ができるのだが、虫のような大きさともなるとそうはいかない。物の怪の生態や大きさ、見た目は千差万別だ。この小瓶はとても重宝している。

「見てみろ、こいつが笑顔の原因だ」

 小瓶の蓋部分を上からつまみ、中が見えるようにして二人の前に差し出した。

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