八、対の羽根
「で、どこまで話したっけ?」
少年が困ったように眉をへにゃりとさせた。しかし、依然顔は笑みを浮かべたままなので気持ちが読みずらい。
少女はしょうがないなと言いたげな様子でため息をつくと、助け舟を出した。
「部屋で――のところまでだったよ」
「そうだったそうだった。僕はうっかりだぁ」
少年は少女に向かってお礼の言葉を述べた。弾ませた声は微妙に表情とマッチしていて、今度は私でも気持ちを読むことが出来たと思う。
それにしても、少年は喋りたがりのようだ。しかし、目の前のことに意識を奪われがちで、少女との会話に夢中になっている。その様子は見た目相応の子供に見えた。
「続きを聞かせてもらえるか?」
これではちっとも進まないと思った私は、二人の会話に割り込むことにして声をかけた。
「ごめんね、旅人さん。えっと、それで――」
「一か月前、花月、部屋だよ」
「そうそう! でね、部屋で本を読んでたんだよ。すっごく面白くて一気読みしちゃった。主人公が――」
少年はその本のことを思い返しているのか楽し気に本の内容を聞かせてきた。
最初は何か物の怪に関連があるかもしれないと耳を傾けていたのだが、すぐに内容は本筋の話に関係ないと結論付けた。
しかし、ここで話を遮るのは気まずい。それくらいの一般常識は持ち合わせているつもりである。
私は適度に相槌を打ちながら少年の話に合わせることにした。
(……それにしても)
饒舌に語る少年の話に耳を傾けつつ、その間に少女が入れてきてくれたお茶に口をつけた。
(羽根が無ければ本当に人間みたいだ)
向かいの少年と隣に座った少女に視線を向ける。
精霊は人と多くの共通点を持った物の怪。そして、ほぼ唯一といっていい私たちと会話による意思疎通が可能である珍しい存在だ。
人と精霊は羽根の有無以外の違いが分かりにくい。しかし、決定的に違う生き物でもある。そもそも進化の過程がまったくかぶっていない。
あいつは確か収斂進化と言っていたはず。
話を聞いた当時は「何言ってるかちっともわからん」という感じだったのだが、精霊と相対することで実感した。
身体的特徴は羽根を除いてちっとも変わらない、ように見える。しかし、少女の体からは強い
土の妖気とは五行思想の一つ。他には木、火、金、水があげられるのだが、少女は圧倒的に土が強い。そして、他の物の怪と比べても圧倒的に強い。
この家に足を踏み入れた時にはちっとも感じはしなかった。しかし、少女が先ほど羽根を顕現させた時、如実に妖気が強まるのを感じた。既に妖気の拡散は止まっているが、今も妖気を感じ取れるため、おそらくそれらが辺りに漂っていると思われる。
そもそも、私は妖気を感じ取るのが得意ではない。今まで目にしてきた物の怪の妖気など微かで塵のようにしか知覚できなかったのだ。
だからこそ右腕に頼っているのである。
しかし、この場では手に取る様に妖気を感じ取ることが出来た。それを私の成長とうぬぼれるつもりは一切ない。まず間違いなく、少女の妖気がとてつもなく強いということなのだ。
「――旅人さん、旅人さん!」
「うおっ、な、なんだ?」
少女の妖気ついて考えていたら、少年の話をそっちのけにしていたらしい。少年が私を疑うような声色で顔を近づけてきた。
「もしかして、聞いてなかったの?」
「とんでもない。しっかり聞いている。――そうだ、その本とやらを見せてくれ」
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