七、対の羽根

「これは――」

 怖いな。という言葉は飲み込んで口を閉じる。

 不用意な発言控えた方がいいだろう。笑みを貼り付けたままの精霊を見つめる少女は辛そうであり、今にも溢れ出そうな涙をこらえているようだった。

「初めまして、あなたは旅人さんなの?」

「ん……あぁ、そうだ。」

 どうしたのものかと迷い、少女の言葉を待っていたところで向こうから話しかけてきてくれた。簡潔に言葉を返すと、貼り付けた笑みが深くなった気がした。

「僕はこの子とこの家にずっと住んでる精霊だよ。よろしくね」

 精霊は立ち上がってこちらに右手を差し出した。どうやら握手をしてくれるらしい。

「よろしく頼む」

 握手を交わしつつ、精霊――少年の様子を観察した。

 背丈は少女と同じくらいだろうか。よく見ると顔立ちもそっくりだ。もしかしたら双子なのかもしれない。

 違いは一人称と髪型くらいだろうか。羽根の模様の差異が気になるところだが、これを聞くのは不躾な気がするので控える。

「旅人さんはコハリ師と言ってね、私たちのような物の怪に詳しい人だよ。あなたの助けになってくれるかもしれないから来てもらったの」 

 少女の言葉に少年は変わらずの笑みで相槌を打った。続けてこちらに向き直る。

「僕のこの顔が治るの?」

 少年はつま先立ちで私にずいっと顔を近づけた。

「先に言っておく。見てみるだけだ。助けになれるかもしれない、くらいにとどめておくのが身のためだろう」

 急に顔を近づけられると心臓に悪いな。人懐っこくて明るい声をしているのに、感情を感じさせないお面のような笑みを浮かべているのはひどく不釣り合いだ。

 違いの振れ幅の大きさが不気味具合に拍車をかけている。

 少年は私の言葉を聞いて「そうなんだぁ……」と気落ちした様子だ。簡単に上げ下げする調子は見た目相応の少年感を醸し出す。

「早速だ。二人には話を聞かせてもらいたい」

「話……ですか?」

 少女が不思議そうに首をかしげる。

「そう、話だ」

 私は二人に頷いて見せたのち、畳に胡坐をかいた。

「物の怪は多種多様だ。人と精霊のように見た目がそっくりな種がいたり、同じような習性、同じような毒、同じような行動を取るやつらだっている。だから症状や事態だけで原因となった物の怪を判断することはできない」

 私の説明を二人はたっぷり時間をかけて飲み込んだ。その様子を了承の合図とし、さらに言葉を続ける。

「聞かせてくれ」

「分かりました」

「分かったよぉ」

 


 当時のことを思い出そうと頭をひねっていたのだろう。二人して目を瞑り唸っていたのだが、少年が目を開いて口火を切った。

「確かあれは、ちょうど前回の花月はなつきの真ん中あたりだったと思う。部屋で――」

「待ってくれ。花月とはなんだ?」

 少年の口から聞きなれない言葉が飛び出てきた。口ぶりからして暦のことを言っていることは分かるが、いかんせん初めて聞く名である。

「花月。人の間では皐月と呼ばれているはずです」

 少女の方が補足してくれる。つまり、今が水無月の折り返しなので、ちょうど一か月前に起こった出来事、ということだ。

「遮ってすまなかった。続けてくれ」

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