六、対の羽根

「先ほど言った通り、私以外にもここには精霊がいます」

 少女は立ち上がって手招きをした。私が立ち上がったのを確認すると、扉を開けて廊下に出た。「こっちです」という言葉に従ってついていく。

 どうやらここより奥の部屋に行くらしい。

「相談事というのは、もう一人の精霊についてです」

 廊下には灯りが付いておらず、ひどく薄暗い。怖い、ということはないが、中々の雰囲気を感じさせた。年季のある家屋というのも原因の一つかもしれない。

 歩を進める度にきしむ床。前を行く少女は無言のままで、心なしか下を向いているようにも見える。

「相談事、というのは?」

 この家に住むというもう一人の精霊に思いを馳せた。少女の様子から、深刻な状態かもしれないとは思う。少女に詳しくを語られないままついてきているので、実際のところは分からない。心配と興味が胸中で混ざり合って微妙な塩梅に。そしてつい問いかけてしまった。

「まずはありのままを見てもらった方が早いと思います。――着きました、ここにいます」

 長く暗い廊下の突き当りを右に進んだ先、この家の一番奥といったところだろう場所に襖があった。

「入ってください」

 見た目のボロさに反して滑らかな建付けの襖だ。少女が手をかけると滑るように開く。

「失礼する」

 部屋の中は廊下よりも暗かった。今は廊下の明るさが中に入ってきているが、閉め切っていた先ほどまでは暗闇だったかもしれない。

 お茶を飲んでいた居間と変わらないくらいの広さだろうか。こちらも畳が一面に敷かれており、独特の匂いをしている。

 柱も、梁も、家具も、居間と大差は無いように見える。しかし、私は違和感を感じていた。これはどこからくるものなのだ。

 さらに歩を進め部屋の中心に。未だ違和感はぬぐえない。

「暗いですね、灯りをつけましょう。確かこの辺に……」

 少女はこの暗さの中難なく移動して部屋の隅に。まさに勝手知ったる場所、という感じだ。そこで何やらガサゴソとしている気配を感じる。

「ありました!」

 どうやら灯りを見つけたようだ。私は「やっと明るくなるな。このままだとどこかに足をぶつけてしまう」とこぼし、少女が灯りをつけるのを待った。

 しかし、待てど暮らせど灯りがつかない。

「どうした、灯りを頼む」

 ぼやけた輪郭の少女に声をかけるが、動く様子はない。この暗闇、無言の少女、不気味な感覚を味わうのには事欠かなかった。思わず唾をゆっくり嚥下してしまう。

「旅人さん、今から灯りを付けますね。ただ……」

「ただ?」

 少女が言いよどむ気配。私は「準備はできている。よほどのことが無ければ動じはしない」と声をかけ、少女に続きを促した。

「……分かりました。旅人さん、今から灯りをつけますが、彼女のことを怖がらないであげてくださいね」

「……? それはどういう――」

 少女の言っていることがよくわからず、すぐに聞き返す。しかし、その言葉を言い終える間はなく灯りがついた。

「こちらが私の家族で、旅人さんに見てもらいたい精霊です」

「っ……な!?」

 開ききった瞳孔に灯りが突き刺さる。思わず顔をそむけるが、目を慣らすように、ゆっくりと、顔を上げた。

 そこで私が捉えたのは、薄く横に細めた目と過剰に両端が上がった口をもった精霊。

 少女の家族は、精霊は、生気のない笑みを顔に貼り付けてこちらを凝視していたのだ。

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