四、対の羽根

「――って、傷の治療をしなくちゃ! 旅人さん、傷を見せてください」

 少女はおもむろに立ち上がると、私の背後に移動した。少女の動きを追って腰の向きを変えれば、目に入るのは大きい棚。天井の柱にぴったりくっつくような大きさで、しっかりとはめ込まれているように見える。

「消毒薬はどこだっけ……」

 あちこちの引き出しを開けながらぽつりとこぼす少女。その姿と棚を見比べると棚の大きさがより一層引き立った。少女三人くらいで丁度棚と同じ高さではなかろうか。

「ここ、でもない。本当にどこやったんだろう」

 少女の身長じゃ到底上の引き出しを開けることはできない。現に今もつま先立ちで両手をあげている。

「探させっぱなしは申し訳ない。私も手伝おう」

 傷口に充てていた布をゆっくりと離す。裏返して確認すれば、先ほどとあまり変わらない血の滲み具合が見て取れた。ひとまず出血は止まったらしい。これなら動いても問題あるまい。

 頭に優しくゆっくりと立ち上がる。立ち眩みは感じない。

「ここかな――あった!」

 私が立ち眩みを警戒、安心したと同時、少女がいつの間にか消えていた羽根を再び顕現。ふわっと飛び上がると、一番上の引き出しに手をかけた。

「どうしたんですか旅人さん? 傷の手当てをしますから座ってくださいね」

「あ、あぁ。すまない」

 少女は私の目の前までふわりと降りてきた。光り輝く羽根がまぶしくて目を細めてしまう。

「あ、出しっぱなしでしたね」

 私が眩しがっているのに気付いたらしい。羽根が光の粒子を残しながらゆっくりと透過していった。残った粒子も遅れて薄くなりながら落ちていき、畳の上で蛍の明滅のようにするのを残すのみになる。

 その様を見ていると不思議な感覚に襲われる。そういえば、妖精にまつわる伝承でも、羽根の輝きに魅入られていたらいつの間にかいなくなってしまう、という事案が多かった。

 光の粒子は他の物の怪や私の腕に纏っているものと同じに見えるのだが、妖精独自の不思議な効果があるのかもしれない。

「旅人さん、座ってください」

 少女の平坦な声色に驚いてそちらを見れば、少し目を細めた少女と目が合った。私は少女の言葉を一度無視していたことにやっと気が付き、慌てて座る。少女は「ふふっ」と声を漏らし、私の隣に腰かけた。

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