二、対の羽根

 立派な家。まず最初に感じたのは単純な思いだった。

 森の中でふとした拍子に見つけた光。その出元へ歩みを進めれば、目の前に大きな家が現れた。しかも二階建て。この国では大きな町、もしくは村長の家くらいしか二階建てはほとんど存在しない。それに加えて森の中。なおさらありえない光景だった。

「……どうする」

 思わずそう呟いてしまうくらいには迷っていた。正直に言って異常である。あまり積極的に関わりたい場所ではないと思った。

 女で一人旅。一応戦う術は持ち合わせているが、危険は避けるに限る。それに、人間の直感は割と当てになるものだ。怪しいと感じたなら、危険と感じたなら、実際にそうである場合が多い。人間に残された数少ない野性味のある部分である。

 少し不安ではあるが、このまま行くしかないだろう。そう思った矢先、頬にぬるい感触が走った。左手の甲で拭えば、そこにはべったりと血が付いていた。暗いこの森でもぬらりと光っているように見える。

 清潔な手巾は残り少ない。替えの包帯はあるが、それを使ってしまうと右手はどうする、という問題がある。

 道のりは短く見積もっても二日ほど。長くなることはあれど、短くなることはないだろう。

「――仕方がない」

 葛藤ののち、私は戸を叩いた。

 決め手は失血である。



「こちらへどうぞ。ゆっくりしてくださいね」

「ありがとう。ではお言葉に甘えることにする」

 少女に示された座布団に腰を下ろした。出会い頭に渡された真っ白な布の手触りを確かめる。縫いはきめ細やかでさらさら。光沢すら持っているように見える。ずっといじくって遊びたいくらいだ。正直、借りものでなければ顔をうずめているだろう。

「旅人さん! 早くそれで頭を押さえてって言いましたよね。出血しすぎたらどうするんですか?」

 少女がお盆を持ってやってきた。咎めるような、けれでも不快感の無い声で言われてしまえば、私も強くは返せない。

「す、すまない」

 布を出血部分に当てる。何回か傷口との付着面を確認するが、血が減る気配はない。あきらめて布を開き、傷口を保護するようにして頭に巻いた。

「お茶です。温まりますよ」

 少女はお茶を用意してくれていたらしい。布を巻き終えるのを見計らっていたと思える。

「――おいしい」

 いれたてのお茶。体中に染み渡るような感覚。湿気に押しつぶされてしまいそうだった体には、攻撃力のある熱さだ。ぶわっと温かみが体を走り、後には涼しささえ感じる。

 少女もお茶に口をつけた。二人して味を楽しみ、しばらく部屋は沈黙に満たされた。

 ――外から見た時も思ったが、とても良い家だ。内装もしっかりしてる。

 私たちがいるのがおそらく居間。質のいい畳張りで部屋の真ん中には大きな座卓。今私たちが腰を落ち着けているのもこの座卓。そして見上げれば立派な梁。色は暗く、時代を感じられた。

「急に押しかけてしまってすまない。家主に挨拶をしたいのだが、今はどこにいるのだろうか」

 両者ともに湯呑を置いた折に私がそう口にすれば、少女は一瞬迷った素振りを見せたが、すぐに口を開いた。

「家主は私、でしょうか。後、同い年ぐらいの子がもう一人住んでいます」

「……こんなところに少女二人で住んでいるのか。大丈夫なのか?」

 普通、ありえないだろう。こんな森の中に家があるのもそうだが、そこに住んでいるのが少女二人だけというのは信じられない。

 私の言葉に少女は心底不思議そうな顔をした。そして「少女?」と小さくつぶやく。

「どうした」

 少女の態度の真意がつかめず、問いかけてしまう。

「――あぁ、いえ。少女って誰のことを言っているんだろうと思ったんです」

 あんたのことに決まっているだろう、そう返そうと口を開きかけた時、少女は再び口を開く。

「私、旅人さんよりも大分長く生きているんですよ」

 少女はそれだけ言うと目を閉じた。続けて背中を丸める。

「――ほら、見えますか?」

 それから少し間を開けて、少女の背中に光り輝く一対の羽根が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る