八ノ七、蔓と花の少女

 そこから数か月、三吾は千代の看病を、私は村外まで出て情報収集を繰り返した。日を浴びないおかげか、千代に生えた蔓は目に見えて弱り始めた。しかし、依然として抜けないまま。そんな状態が続いていたので、私は千代を三吾に任せて少し長めの情報収集に出かけていた。

「三吾、今戻った」

 相変わらず立て付けの悪い扉をガッと開け、すぐに閉める。光を入れないためだ。

「っ! 大変だ!」

 三吾が駆け寄ってきた。今までで一番焦っているように思う。顔には焦燥が見て取れた。

「千代に何かあったか!?」

 千代に駆け寄ろうとする。三吾はそんな私の肩をつかんで止めた。

「千代じゃない。雪の方なんだ」


「村長、雪殿の容態は!?」

 村長の家に走る。返事を聞かず、扉を開けて中に入った。

「旅人殿っ、どうか雪を、雪を助けてくだされ!」

 以前よりもずいぶんと老けた村長がそこにはいた。大分憔悴している。私の失礼な訪問も気づいておらず、そのような余裕はないと感じ取れた。

 奥を覗けてば、隣には雪の母らしき女性がいた。そちらも似たような状態。雪の手を握り、必死に声をかけている。

「大丈夫か?」

 私は雪に駆け寄り、手を握った。雪は私に気が付くと、「旅人さん?」と弱弱しくつぶやいた。そして、

 ――花だ。千代と同じもの。弱って萎びた植物のような雪とは真逆、頭の上では猛々しく花びらを広げていた。

「何が、あったんだ?」

 雪はその言葉に沈黙する。村長とその妻の悲痛な声だけが部屋に響いていた。私は雪がしゃべりだすのを待つ。催促せず、優しく手を握りしめて。

「ごめんさない、父様、母様。私、お外へ行ったの」

「雪! お前、なんで、そんなこと……」

 村長がひときわ大きな声を上げ、雪ににじり寄った。妻こそ大きい声は出さなかったが、両手を口元に当てている。

 私は雪の前に滑りこんで村長を睨みつけた。

「病人にぶつけていい声量ではない。村長、今は落ち着くべきだ」

 穏やかではない精神状態の娘に対する態度としても問題だろう。

「どうしても、お外に出たくて、走りたくて」

 村長が前のめり気味だった体勢を元に戻したのと同時、雪が再び口を開いた。

「私、辛かったの。外に出れなくて、自分が無くなる感じも味わって」

 村長と妻が同時に下を向いた。三吾が二人の肩に手を置く。

「もう、今しかないかもって思ったの」

 語られる少女の本音。か細いうえに小さい声が、私たちの鼓膜をつかんで離してくれない。

「私にはわかったんだ。――ううん、わかっちゃったの」

 雪は私たち一人一人に視線を合わせてから目をつむった。そして、口を開く。

「みんな……西の森には、行っちゃだめ」

 頭上の花が、ぽろりと落ちた。


「三吾、西の森に案内しろ」

 村長の家には重い空気が流れていた。雪を囲み、村長と母親が泣き崩れている。

 三吾は私の言葉を非難するような目を向けると、ゆっくり立ち上がった。

「まずは雪を……」

「事態は一刻を争うかもしれない! すぐにだ」

 三吾は沈黙して雪に視線を移した。

「……分かった」

 三吾は村長夫妻に一言断りを入れてくると言って、私を外に促した。


 扉を開ければ、痛いほどに眩しい光が降り注いでいた。

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