八ノ六、蔓と花の少女

「雪殿、ありがとう。次は話を聞かせてはもらえないか?」

 それほど長い時間ではなかったと思うが、暗闇に目が慣れてしまっていたらしい。雪殿はまぶしそうに目を細めた。部屋がもともと暗いのも原因かもしれない。

「自分自身で違和感とかはあるか?」

 その言葉に雪は沈黙。

「些細なことでもいい。教えてくれ」

「その……たまに、自分が自分じゃないと思える時があるのです。名前を忘れたり、父様のことが分からなくなったり」

 雪殿は私の言葉にしばらく沈黙していたが、少ししてから重い口を開いた。

「それで、ぼーっとしていることが増えたんです。記憶が飛んでいるというか。父さまがいうには、記憶が飛んでいたであろう間、三吾の妹さんと同じようになっていたそうです」

 私は震えだした雪の手を優しく包み込む。

 冷たい手だ。部屋にこもりきって外に出ていないのだろう。あまり健康的な状態ではない。

「辛い話、ありがとう」

 ストレスを与えすぎるのはよくない。それに、村長の気を悪くしては今後の調査に関わってくる。今回は早めに切り上げた方がいいだろう。

 座ったまま目を伏せている雪殿に目をやる。その様子は痛々しく、およそ小さな子供があるべき姿ではなかった。

 雪殿の話が真実だとすれば、千代は今意識がない状態の可能性がある。寄生中の意識に関する情報は役に立つ。それに、雪殿のように目が覚めるかもしれない。つまり、死んでしまったわけではないと考えられもする。楽観的な断定は良くないが、三吾には希望が見えてくるはずだ。

「雪殿、日を浴びようか」

 震える雪殿を暖める必要がありそうだ。それに、気は持ちよう。環境が大きく影響することもある。この部屋はどんよりした空気に満ちていた。

 私は立ち上がってすだれに手をかける。

「ダメ!」

 雪殿の大きな声が響き渡る。私と雪殿の視線が交錯し、部屋が静まり返る。部屋の外から数人の足音が聞こえてきた。雪殿の大きな声で村長と三吾が様子を見に来たのだろう。

 誤解のない説明をするのは骨が折れるな……。

「ご、ごめんなさい。父様に日を浴びてはいけないといわれているの」

「……それは、申し訳ないことをした」



 その後、村長の家を後にした私たちは他に蔓を生やした村民のもとを回った。農夫の息子、漁師の妻や多くの人々。寄生された人々の様子は前に三吾が言っていた通りだった。

「何か分かったか?」

 三吾の家に戻ってきた。三吾は千代に水をやりながら問いかけてくる。

「当面の方針は決まった」

「っ!? 一体、どんな?」

 三吾は竹筒を落し、駆け寄ってきた。

 ――慌てすぎだ。千代の足に水がかかっている。

「落ち着け。まずはすだれをかけろ」

 私の言葉に三吾は意味が分からない、という風に首をかしげた。しかし、続く「千代に日を浴びせるな」の言葉をうけ、我に返ったように立ち上がった。

「わかった」

 三吾がすだれをかける。部屋の中はすぐに暗くなった。

「これは……」

「雪殿の部屋の再現だ。対照実験というと聞こえが悪いかもしれないがな」

 これで千代の状態が良くなるかもしれない。しかし、人は日が当たらないと生きてはいけない生物だ。あまり長期間このようにしたくはない。

「おそらくだが、寄生の進行度に日の光が関係している」

 村長と三吾が部屋に入ってくる前、雪殿は短く話してくれた。肌が焼けてはいけないという理由で以前から外に出てはいけないことになっているとのこと。

 対して、他の村民は仕事などで外に出ている者がほとんどだ。

「ただ、千代にだけ花が咲いている理由は分からない。しばらくはその原因を調べつつ、経過を見よう。植物が弱る可能性がある」

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