波乱の夏祭り編
第73話 恋する乙女同盟の集会
私がハワイから帰ってきた四日後にノノちゃんから帰国したと連絡を貰った。ハワイであったことを共有したくて、私は野崎さんにも連絡して集まることにした。
ノノちゃんが時差ボケと飛行機での移動の疲れが取れるよう一日空けて、昼頃に食事がてらファミリーレストランに集合した。お昼時だということもあってかなり混んでいて、少しの間だけ待ってから窓際のテーブル席に通される。夏休みだからか私たちと同じくらいの年代の子が多く、部活の午前練習終わりの運動部らしき人もいて、結構騒がしい。普段なら少し不快に感じる騒がしさだが、今日に限ってはプライベートな恋愛の話を周囲に聞かれないよう掻き消してくれるありがたい要素だ。
先輩の私たちが隣同士に座ったのを確認してから対面の席の道側に座り、「荷物ここに置きますよ」と言って私とノノちゃんのバッグを受け取って隣に置いた。細かい気遣いができるいい子だなと感心してお礼を伝えた。
「こうやって集まるのも久しぶりですね」
「夏休みに入って、私たちがハワイに行ったからね。ノノちゃんは今のところ日本よりハワイにいた時間の方が長いよね」
「うん。おかげでこんなに日焼けしちゃった」
今のノノちゃんは夏休み前のインドア派な白い肌とは打って変わって健康的な小麦色の肌をしている。大人しいノノちゃんも、今は傍から見れば太陽の下を走り回っているような元気な少女に見える。日焼けしただけなのにここまで印象が変わるとは不思議なものだ。
「最初集まった時、本当に白銀先輩か疑いましたよ」
「えー、結構会ってるのに酷いなぁ」
ハッキリとものを言う野崎さんに、ノノちゃんは冗談めかして野崎さんに不満を伝える。正直私も以前とはあまりに見違えてて人違いじゃないかと疑ったことは黙っておこう。
「私の日焼けの話はここまでにして、今日は南ちゃんが話したいことあるんだよね?」
「その話もするけど、その前に注文済ませちゃおう」
「そうですね。私はもう決まってますけど、先輩はどうします?」
野崎さんは包み焼きハンバーグとデザートのかき氷が注文リストに入っている注文用のパネルを渡してきた。隣にいるノノちゃんとパネルを覗き込みながら自分の注文を決めていく。私はカルボナーラとデザートにパンケーキ、ノノちゃんはドリアとデザートにバニラアイスを注文した。
「ドリンクバー、何がいい?」
「いえ、自分で行きますのでお気遣いなく」
「野崎さんには一応荷物見ておいて欲しいから」
「そうですか。ならオレンジジュースでお願いします」
「わかった」
「……混ぜないでくださいよ?」
「朔じゃないんだから混ぜないよ」
かけられた疑惑に対して冷静に返答する。ドリンク混ぜはこういったドリンクバーがあるところで横行しているけど、私たちはそういうタイプのじゃれ合いをする仲じゃない。華の女子高生同士、おしとやかに可愛く交流するのだ。
「妹さんならやるんだ」
「朔はいつまでも心が少年だから……」
「アイツはバカだから……」
「そ、そっか」
朔に一人でドリンクバーに行かせてはならない。それは生殺与奪の権利を握られるようなものだ。朔の姉である私と、普段から一緒に居るマネージャーの野崎さんはそれをよく理解していた。かつて振る舞われたまずいドリンクの味を思い出しつつ、ドリンクバーで各々の飲み物をコップに注ぐ。私はアップルティー、ノノちゃんはカルピス、野崎さんには注文通りのオレンジジュースを選んだ。
「そういえば妹さんも一緒にハワイに居たんだよね。何してたの?」
「コート探して現地の子とバスケしてた。これがその時に送られてきた写真」
席に戻ってから朔のことを聞かれたので、朔が送ってくれた写真を二人に見せる。広い屋外のコートでバスケをしている写真や、皆でジュースやアイスを食べて休憩している写真、そして最後に撮ったらしい集合写真があった。
「初対面の人とこんなに仲良くできるのすごいなぁ。言語も違うのに」
「朔は英会話が得意なの。いつかアメリカでバスケ選手になりたいんだって。それを加味してもこのコミュ力はすごいけど」
「……むぅ」
私とノノちゃんが朔のコミュニケーション能力に感心する中、なぜか野崎さんは険しい目をしていた。
「どうしたの?」
「……この子、ずっと朔の近くに居る」
「え?」
野崎さんはそう言って金髪ロングの小柄な少女を指さした。他の写真を見てみると、確かにほとんどの写真でこの子は朔の近くに居た。周りの子たちと比べると少し年下に見える彼女は、バスケをしている時はコートの外に居て、おそらく誰かの妹だろう。
「たしかに……よく気が付いたね」
「絶対朔に惚れてますよ、この子。しかも朔は満更でもなさそうな……」
どうやら野崎さんは自分が知らない間に朔が見ず知らずの女の子と仲良くしているのを見て嫉妬してしまったようだ。独占欲が強い野崎さんの純粋な恋心を目の当たりにしてなんだか微笑ましくなる。そして、妹にこんなにも強く想ってくれる人がいることが純粋に嬉しかった。
「でも、ハワイに居た時、毎日朔と電話してたんだよね?」
「まぁ、そうですね。広くてしっかりした屋外コートがたくさんあるとか、ご飯は美味しいけど日本食が恋しくなってきたとか、そんな事話してました」
「うん。実はね、朔ってばハワイに行く前に日本との時差を聞いてきたの。なんでって聞いたら、野崎さんと電話したいから迷惑にならない時間はいつか知りたかったらしくて。あの朔が迷惑にならないように考えるなんて、よっぽど大切に思われてるってことだよ」
「そ、そうだったんですか……」
さっきまでふくれっ面だった野崎さんは、朔の行動を知ると分かりやすくご機嫌になった。嬉しさが爆発して溢れ出しそうなのを両手で頬を押さえて我慢しているけど、どうしても漏れ出してしまって、嬉しそうなにやけ顔が抑えられていない。
「いいなぁ。私なんかハワイに誘ったのに断られたんだよ」
「天金さんにですか。予定が合わなかったとかですか」
「用事があるって断られたんだけど、相神さん曰く用事なんてないらしくて。それで今度こそはって夏祭りに誘ったんだけど、それも先約がいるからって断られて……」
「それはなんとも……お気の毒に」
最近全く天金さんと約束を取り付けられなくて落ち込んでいるノノちゃんがうなだれる。相思相愛のように思える野崎さんと朔の関係は、今のノノちゃんにとって羨ましい限りだろう。今度の夏祭りも誘って撃沈だなんて、何回も勇気を出して誘ってるのに可哀想だ。
「ハワイの時に南ちゃんにも言ったけど、やっぱり天金さんって恋人いるんじゃないかな……用事があるってやんわりと誤魔化してもまた誘ってきたから、先約がいるって恋人の存在を暗に伝えたんじゃ……」
「その心配はないよ。だって、天金さんの先約って相神さんだもん」
「え、えぇ!?」
普段は控えめなノノちゃんは、今日は落ち込んだり驚いたりと忙しい。安心する情報だと思ったけど、驚きのほうが大きかったようだ。
「せっかくだから夏祭りに誘おうと思ったんだけど、天金さんに二人きりで行きたいって誘われたらしいの」
「え、いや……百瀬先輩はなんでそんなに冷静なんですか?」
困惑した様子で野崎さんが私を見ている。ノノちゃんの方に目を向けてみると、さっきよりも具合が悪そうな顔をしている。
「何かおかしなこと言ったかな?」
「だって、百瀬先輩も誘うの失敗してるじゃないですか。なんで悔しそうじゃないんですか」
「あぁ、二人を呼んだのもその事についてなの」
二人との恋愛トークで話すのが遅れたけど、私はここでハワイで相神さんとの間に起ったことと、そこで今の相神さんに対して恋愛感情が無くなってしまったことを話した。その間に可愛らしい猫の顔の配膳ロボが料理を運んできて、食事をしながらの対話になった。
「そうだったんですか……そういう事もあるんですね」
「悩みの答えが出たんだね。あれから連絡が来なかったから別に何ともなかったのかなって思ってた」
「この話は直接顔を合わせてやりたくて。恋する乙女同盟なのに私だけこうになっちゃったから」
「別にいいですよ。相神先輩の雰囲気が変わったって中等部でも噂になるくらい、相神先輩は変わりましたから。そこから派生して恋人ができたとかも噂されてますよ」
「普段関わりが薄い人でもわかるくらいだもんね。南ちゃんが言ってた相神さんの好きなところを考えれば仕方ないよ」
私の心変わりにいろいろ言われるかと思ったけど、二人は案外すんなりと受け入れてくれた。
「それより!」
「それより?!」
私の中ではかなり大事な案件だったのにすぐに次の話題に流れてしまった。いや、いつまでもこの話で重い空気になるよりはいいのだけど、もう少し大事に取り扱って欲しかった。
「あの天金さんが二人きりが良いって言ったのって本当なの?」
「相神さんが嘘をつく理由がないから本当だと思うよ」
「それってかなり不味くないですか」
ノノちゃんは冷静さを欠いているようだし、野崎さんも考え込むような真剣な顔をしている。
「天金さんって普段は自分を出さないっていうか、自分より他の人を優先させるような人なの。その天金さんが相神さんに対して自分を優先してほしいみたいなことを言うなんて……」
「確かに珍しいね。……もしかして天金さんって」
「あぁやめて! だとしたら私に勝ち目が無くなっちゃうよ!」
「でも現実的な話ではありますよね。幼馴染同士でずっと近くに居て」
状況証拠から考えられる推測に、ノノちゃんが絶望し、野崎さんが容赦なく追い打ちをする。それにしてもここで指摘されるまで気が付けないなんて。私は天金さんがどんなに相神さんのことを大切に思っているのか知っているのに。いや、だからこそな気がする。天金さんが相神さんに向ける感情は恋愛ではなく、親の愛情に似ているような、どこまでも深い思いやりの心だと感じていたから。
天金さんは癒す言葉をかけられないって言ってたけど、それは何よりも相神さんが傷を癒せることを優先させていたからだろう。もし天金さんが相神さんを恋愛的な意味で好きなら、こんなことをせず自分の手で相神さんの傷に寄り添う方が良いはずだ。そうすれば相神さんの心を自分に引き寄せることができる。恋心の中にある独占欲がそうさせるに決まってる。
でも、天金さんはそうしなかった。それが天金さんが相神さんに恋しているという可能性を私の頭の中から消していた。
「まだ確定したわけじゃないから落ち着いて。もし気になるなら、当日に私と一緒に相神さんと天金さんを尾行してもいいよ。相神さんには断られて、葵ちゃんは出店のお手伝いするらしくて一緒に行く人がいないから」
「ありがとう南ちゃん。二人で真相を確かめようね!」
「頑張ってくださいね先輩。私は朔と二人で祭りを楽しむので」
「うぅ……野崎さんは上手くいってて羨ましいなぁ……」
私はノノちゃんの恋の成就を願っている。でも、同時にどうしてもこう思わずにはいられなかった。天金さんと結ばれたら、相神さんはきっと幸せだろうなって。恋の独占欲に流されずに、相神さんの心の傷が癒えることを何よりも優先した。大切な人が苦しんでいる中、長い間支え続け、相神さんの傷を癒す方法を探していた。こんなにも深く美しい愛情を向けてくれる。そんな天金さんなら相神さんを幸せにできる。
私の恋愛感情は消えてしまった。そのことに気が付けて本当に良かったと改めて思った。ノノちゃんには悪いけど、相神さんが幸せになるのを素直に祝福できるから。
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