第70話 星を見るなら
「今日はありがとね。楽しかったよ」
「こっちこそ、南ちゃんと遊べて楽しかったよ」
沖から戻るともう空は橙色に染まっていて、少しずつ涼しくなってきていた。船から降りてノノちゃんたちにお礼を言うと、晴れやかな笑顔を返してくれた。
「そういや、綾音と百瀬は同じホテルに泊まってるのか?」
「違うけど、急にどうしたの」
「実は今日の夜に流星群が見られるらしくてさ。同じホテルに泊まってるなら一緒に見られそうって思っただけ」
木村さんが相神さんにサラッととんでもなく重要な情報を話した。南国の夜空に流星群だなんて、そんなロマンチックなシチュエーションなかなか無い。これは見なければ損だ。
「相神さん、一緒に見ようよ!」
「え、でも、百瀬さんが泊まってるホテルって私と違うよ?」
「子供じゃないんだから、夜に出かけるくらい問題ないよ。木村さん、流星群って何時くらいに見られるの?」
「私が見たサイトだと、深夜の11時から見られるって書いてあったよ」
「深夜って、ここは日本じゃないんだし、女の子2人でそんな時間に出歩くのは危ないわよ」
木村さんの話を聞いて、相神さんは強く首を横に振る。確かに女の子二人で深夜に出歩くのは危ない。相神さんの言い分は正論だ。でも、夢のようなロケーションを逃したくない。何より、二人きりで流星群を眺めるというロマンチックなシチュエーションで刺激を受ければ、相神さんへの気持ちが掴めるかもしれない。
「そもそもマネージャーが許してくれない。今は大事な撮影期間中だし、何かあったら他の人にも迷惑かけちゃうわ」
「あっ、それもそうか……」
私と相神さんだけなら多少の無茶をするつもりだったけど、今の相神さんは色々な責任を背負ってる。下手なことをすればたくさんの人に迷惑をかけてしまう。そこまで気が回らなかった自分を反省した。
「相神さんはできることなら南ちゃんと一緒に見たい?」
「当たり前よ。百瀬さんは私の大切な友達なんだから」
「それならさ、お仕事に来てる人みんなで行っちゃえばいいんだよ。それなら大人の人もいるから安全!」
諦めるしかないと思った時、ノノちゃんが素晴らしい提案をしてくれた。これなら相神さんと一緒に流星群を見られる。二人きりじゃないのが少し残念ではあるけど。
「そもそも、流星群を見るために人が結構いると思うから、怖い夜道を歩くってことはないと思う。スリとかには気を付けないとだけど」
「けどさ、オッケー出してくれる? 旅行じゃなくて仕事で来てる人たちだろ。仕事に支障が出るから深夜まで起きとくなんて許されないんじゃないの?」
いい方法だと思ったけど、また別の問題を木村さんが指摘した。ずっと相神さんと遊んでたから忘れかけてたけど、ハワイには仕事で来ているのだ。仕事で疲れるだろうに、わざわざ予定を合わせて遊んでくれている相神さんには感謝しないと。
「……いや、あの人から話を通せばいけるかも」
「いけそうなの?」
「うん。話通すなら早い方がいいから、一緒に行きましょう。白銀さんも木村さんも今日は楽しかったよ。次は夏休み明けかな? またね!」
どうやら目途が立ったらしく、先輩方に迷惑をかけないよう配慮してか、相神さんは私の手を取って自分が止まっているホテルに向かおうとした。
「待って南ちゃん! これ!」
離れようとする私を引き留めて、ノノちゃんが一枚の紙を渡してきた。畳まれていた紙を開いてみると、目印がつけられたこのあたりの地図が印刷されていた。
「ここ、人がいない穴場だよ。みんなで行く場所はここ付近にして、見る場所はここにしたら相神さんと二人きりになれるよ」
「え、ホント!?」
「天金さんを誘えてたら私がここを使うつもりだったんだけどね。南ちゃんに譲ってあげる」
「ここまでしてもらっちゃって、本当にありがとね」
「これくらい当たり前だよ。南ちゃんは友達で、同志だもん」
「ノノちゃん……」
船の上での悩み相談とか、私と相神さんがいっしょに流星群を見られる方法を考えてくれたりとか、今日はノノちゃんに助けられてばかりだ。屈託のない笑顔で私に助け船を出してくれる彼女に背中を押されて、私が抱える悩みの解決に近づけそうな自信が湧いてきた。
「百瀬さん大丈夫? 忘れ物?」
「まぁそんな感じ。……ありがとうノノちゃん。頑張ってくるね」
「うん、がんばってね」
相神さんに聞こえないようにノノちゃんと二人でコソコソと話していたからきになったようで、相神さんが心配して声をかけてきた。それを誤魔化してからノノちゃんにこっそりお礼を言ってから相神さんについていった。
今日流星群が見られるのも、ノノちゃんと木村さんに会えたことも、そもそも私がハワイに来られたのも全部偶然だ。でも、それらすべてが私の悩みを解決するために働いてくれている。悩む私に神様が気まぐれで手を貸してくれているみたいな偶然の連続は、もはや運命のように感じられた。だからだろうか、今日の内に悩みが解決するという根拠のない自信が湧いてきた。
「よしっ」
先を急ぐ相神さんを横目に、私はこっそりとこぶしを握って覚悟を決めた。
〇〇〇
「えぇーーーー!!!! 流星群が見られるの!!!!」
流星群のことを海香さんに伝えると、予想通り、いやその百倍くらいの食いつきを見せた。ホテルから離れたロケ地から帰ったばかりだというのにこの元気の良さは、まるで公園で親を引きずり回す子供のようだ。
「南国の夜空に流星群……すっごくロマンチックじゃん!! 絶対見る!!」
はい言質いただきました。この人はやると決めたなら何があろうと絶対にやる人だ。こうなった以上私たちの目的は達成されたもの同然だろう。
「卯月!! 流星群見よ!」
「うん、めちゃくちゃ聞こえてたよ。でも、明日も仕事があるのに深夜まで起きてて大丈夫なの?」
「いいの! 卯月と一緒に流星群を見てゲットできるエネルギーがすごいから!」
「すごいって……」
真面目な卯月さんは海香さんの破茶滅茶な言い分に半ば呆れている。ただ、しれっと流星群が深夜に見られることを知っているあたり、本心では流星群を一緒に見たいと思っているはずだ。それを感じ取った海香さんは、卯月を納得させるための切り札を切った。
「監督! 流星群見に行っていい?」
「なに? 流星群?」
ディレクターの人と話しながらホテルに帰ってきた監督にすぐに声をかける。海香さんは行きたいと言うオーラを全く隠さず、真正面から監督に許可を求めた。
「それはいつ見られるのかね」
「深夜!」
「ふむ……それだと撮影に支障が」
「でません! 何故なら私は大空海香だから!」
一番話を通すべき監督にさっきより意味不明な理由を告げる。いくら海香さんといえどそんな理由で大事な役者のコンディションを損なうようなことを監督が許すわけ……
「そうか。いいだろう」
「やった!」
「えぇ!?」
海香さんにかけ合えばうまく話が進むとは思っていたけど、こんな道筋だとは想定していなかった。子供のようにピョンピョンと跳ねて喜ぶ海香さんにただ唖然とするばかりだ。
「なんであれで許可取れるんだろ……」
「仕組みはわかんないけど、一言で言うなら海香の魔力ってやつかな」
「魔力……?」
海香さんに困惑している私に気付いた卯月さんが、さっきまでの海香さんのわがままに困惑していた顔とは打って変わって、どこか柔らかい表情になって解説を始めた。
「海香は自分を包み隠さないし、いつも自信満々だし、笑顔を崩さないの。そんな海香を見てたら、海香ならなんとかできちゃうって思わされるの」
「なんとかなる……」
確かに私も海香さんなら監督に話を通せると思った。いつも自由にふるまう彼女ならなんとかなると思わされていたのだ。
「これが本当のカリスマ……」
カリスマモデルなんて言われているけど、私には海香さんみたいな誰かを動かす力はない。ハワイに来てから自分の未熟さを思い知らされるばかりだ。
「それで、さっきから隣で縮こまっちゃってるかわいい子は誰なのかな」
卯月さんが、私の腕をつかんで背中に隠れている百瀬さんをのぞき込む。すると百瀬さんは知らない人が家に入ってきた飼い猫のように警戒して私の背中に顔を隠した。頭隠して尻隠さずの典型例。全然隠れられてない。
「私の友達です。ハワイでたまたま会って、一緒に流星群を見たいから連れてきました」
「へぇ、人見知りなの?」
「いつもはそうじゃないんですけど……どうしちゃったの?」
縮こまってる百瀬さんが可愛いのは置いといて、このホテルに来てからずっとこんな感じなのは心配になる。ビーチではここよりたくさんの人がいたけど普通だった。こことビーチではいったい何が違うというのだろうか。
「こ、こんなの冷静でいられるわけないよ……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ここにいるみんな優しいから」
「そういうことじゃないよ!」
なんとかしようと説得していたら、百瀬さんが急に勢いよく顔を上げて大声を出した。怒っているというより、内側に押し込んでいた興奮が漏れ出たような雰囲気だ。
「あっちを見てもこっちを見ても有名人ばっかり! テレビとかドラマとか映画でしか見たことないような人たちに囲まれてるんだよ! 部外者の私が本当にここにいていいのかとか、声かけたいけど声かけてもいいのかとかいろいろ葛藤した末に隠れてたの!」
「そ、そうなんだ」
黒沢監督の最新作というだけあってここに集まってる役者は大物ばかりだ。私はお母さんに連れられて幼い頃から業界にいる人たちの顔くらいは知っていたし、私自身もモデルとして活動する中で有名人には何回も会っている。それに比べて百瀬さんは一般家庭で生きてきて、ここにいる有名人にはなかなか会えない。それで私と比べて有名人耐性が低いのか。
「別にそんなこと気にしなくていいよー」
「うわぁ! みみみみみ海香さん!? 本物の大空海香さん!?」
「はぁい、本物の天才女優大空海香でーす!」
不意打ちでの海香さんの登場に百瀬さんは分かりやすく動揺し、そんな彼女を揶揄うように海香さんは可愛くウインクしながら芝居がかったしぐさで名乗った。
「わ、わたし昔から海香さんのファンで、ずっと憧れてました!」
「おー、嬉しいこと言ってくれるね。応援ありがとね」
「ああああ握手?! ありがとうございます!」
海香さんに握手をしてもらった百瀬さんは、自分の手をキラキラした目で見つめて感激している。海香さんレベルなら仕方ないかもしれないけど、私も有名人の端くれ。こんな反応をされては面白くないことがないわけでもない。
「あの子が好きな人候補?」
「あ、いや、その……」
「ふふっ、隠しても無駄だよー。その整ったお顔が雄弁に語ってるんだから」
「え、どんな……!?」
「私が一番なのにって顔」
「え……」
「にしし、頑張りな若人よ。卯月ー! 流星群見ていいって!」
言いたいことだけ言って海香さんはすぐに愛する卯月さんの方に行ってしまった。あの人は私のことを面白がってるのか、それとも本気でサポートしたいのかわからない。でも、あの人が嘘はつかないということだけは確信できる。
「私が一番……」
要するにそれは嫉妬だ。友達になってからそれなりに経ってるから仕方ないかもしれないけど、さっきの百瀬さんは海香さんにすごく興奮していた。私はそれが面白くないと思った。でもそれはモデルとしてのプライドからで、百瀬さんだからというわけじゃ……本当に?
私は百瀬さんの一番になりたいと思っているのだろうか。そんな可能性を私は否定できなかった。だって、百瀬さんは大切な友達で、ずっと一緒にいたいと思ってる。そんな感情を抱いていたって不思議じゃない。
改めて海香さんに握手してもらって喜んでいる百瀬さんを見る。一通り喜んだ後、卯月さんと話す海香さんを目を輝かせて見ていた。
「……あれ」
私はその目を知っているような気がした。憧れの存在を見つめるキラキラとした目と、憧れの存在が近くまで来て過剰に反応する彼女の姿を。
「百瀬さん、お腹空いてない?」
「うん。ちょっとお腹空いたかも」
「なら一緒に食べに行きましょう」
「そうだね。ここのご飯っておいしいの?」
「もちろん。楽しみにしててね」
妙な胸騒ぎがした。この場から逃げたくて、百瀬さんを連れてレストランへ向かう。深夜の流星群、それがこの嫌な予感を吹き飛ばしてくれることを願って。
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