第67話 海の世界への招待状
エメラルドグリーンの海が照り輝く太陽の光を反射して輝いている。白い砂浜は素足で踏むと火傷しそうなくらい熱いけど、それすら常夏を感じるエッセンスとして許容できてしまう魔力がここにはある。最初は冷たくて触れることすら躊躇った海水も、完全に体が順応して全身浸かって気持ちよく波間を漂っている。波の合間から聞こえる喧噪は、砂浜に居た時に感じた深い勘とは違う趣を感じさせた。
「優雅だね。まるで人魚姫みたい」
浮き輪に体を預けて私の周りを漂っている百瀬さんは、仰向けになって海に浮いている私をそう形容した。海のお姫様に例えられるのは悪い気はしない。ただ、彼女みたいに失恋して海の泡になるのは御免だけど。
「相変わらずの褒め上手ね。気分がいいから泳ぎでも教えてあげようか?」
「え、いやぁ、私にはこの浮き輪ちゃんがあるから……」
「ハワイまで来てお勉強は嫌だもんね」
一通り海を楽しんだ私と百瀬さんは休憩がてら沖の方で漂っていた。そこで今みたいな何でもない雑談をして、それなりに時間が経っていた。こういう時間も安心感があって好きだけど、そろそろ退屈のほうが勝って来た。
「体も休められたし、そろそろ戻ろっか」
「そうだね」
仰向けの体を起こし、砂浜に向かって泳いでいく。浮き輪を使う百瀬さんのスピードはまったりしてるから、置いて行かないように隣をゆっくり泳ぐ。幼い子供みたいに懸命にバタ足をする彼女を温かい目で見守っていたら、優雅に泳ぐ私に悔しくなったのか頬を膨らませてバタ足のスピードを上げたけど、あんまり速度は上がっていなかった。
「やっぱり泳ぎ教えてあげようか」
「いい!」
ムキになってバタ足に固執した百瀬さんは、砂浜に戻るころにはぜぇぜぇと息を切らしていた。
「はぁ、はぁ、つかれた……」
「飲み物買ってくるけど、百瀬さんも何かいる?」
「なにかフルーツのジュースお願い。炭酸じゃない奴ね」
「わかった」
水色のラッシュガードを羽織り、財布をもって飲食物などを売っているお店に向かった。レモンスカッシュとパインジュースを買って百瀬さんが待つ場所に戻る。どちらも南国仕様に飾り付けられていて、パラソルの下でこれを飲むというのも雰囲気があっていいなと思った。そんな時だった。
「あれ、もしかして綾音?」
聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。振り返ると水着を着た木村さんと白銀さんが並んで立っていた。木村さんは紺色のハイネックビキニ、白銀さんはブラックのフリルデザイン、少し濡れているのを見るに二人もこのビーチで遊んだようだ。二人が仲良いことは知ってたけど、まさかハワイで出会うことになるとは。百瀬さんといい、広い世界に繰り出したはずなのに世間の狭さを感じることの方が多い。
「やっぱり綾音だ。こんなところで会うなんて、すっごい偶然だね。旅行?」
「ううん、仕事」
「仕事!? モデルって海外ロケもやるの!?」
「いや、詳しくは言えないんだけど、実は女優の仕事貰ってさ」
「なるほどね。綾音ってばどんどん凄くなっていくね」
ハワイに来ているからか今日の木村さんはテンション高めだ。普段は佐藤さんに遠慮しているところもあるのだろうけど、あまり進んで私に話しかけてくることはない。
「今度は二人が事情を話す番だね」
「あぁ、それならノノから話してあげて」
「わかった」
木村さんがそう言って白銀さんの方を向くと、一歩前に出て事情を話し始めた。
「実は私の叔父さんがハワイに別荘を持ってるの。だから毎年この時期に遊びに来させてもらってるんだけど、今年は叔父さんから友達を連れてきても良いんだぞって言われて、連れて来なかったら友達がいないのかって心配かけちゃうから木村さんを呼んだんだ」
なるほど、そういう事情だったのか。二人は仲良いという認識だったけど、こういう時に選ぶくらいの仲良しだったとは。てっきり百瀬さんや千夏の方が好感度が高いと思ってた。ショッピングモールに出掛けた時や林間学校の時に百瀬さんとよく話していたし、千夏とは林間学校で添い寝とかしてたし。
「そ、それで相神さんは誰かと一緒なの?」
「え? そうだけどよく分かったわね」
「飲み物二つ持ってるから」
「あぁそっか」
「もしかして天金さん……?」
さりげなく私に近付いて隠し切れない期待の眼差しを向ける。彼女が千夏に会いたがってるのは見ての通りで、その期待を裏切ってしまうのが申し訳ない。
「ううん、百瀬さんだよ」
「え、南ちゃんがハワイに?」
「懸賞が当たったんだって。それで仕事でこっち来てた私と遭遇して、せっかくだから一緒に海で遊んでたの」
「そうなんだ……すごいな南ちゃんは……」
白銀さんは少し顔をうつ向かせて百瀬さんへの称賛を口にする。たしかにこういう偶然を引き寄せる百瀬さんの運命力はすごい。というかしれっと名前呼びになってる。いつの間に百瀬さんとそんなに仲良くなったのだろうか。
名前呼びか……。自分で言うのもなんだけど、私と百瀬さんは普通の友達よりもよっぽど深い関係を築いていると思う。私の在り方を変えてくれたし、百瀬さんが愛神ヤヨという秘密も知っている。けれど未だに名字にさん付けで呼び合っている。呼び方にそこまでこだわりがあるわけではないけど、百瀬さんと出会ってからの期間がそんなに変わらない白銀さんが名前呼びしているのを見ると気になってしまう。
「いつの間に下の名前で呼ぶようになったの?」
「え、あぁ、南ちゃんとはなんとなく波長が合うの」
「ノノと百瀬はタイプが似てるもんね。控えめで可愛い系ってかんじで」
「百瀬さんが控えめ……」
たしかに普段の百瀬さんしか知らなければ控えめに見えるのも仕方ない。でも、私が知ってる百瀬さんは心が通った強い人だ。自分を見失っていた私の心にためらいなく触れる度胸もあるし、木村さんの分析は些か的を外れている。可愛いのは同感だけど。
「ん? なにニヤニヤしてんの」
「いや、まだまだ百瀬さんのこと分かってないなぁって思ってね」
「いきなりの仲良しマウントやめろし。どんだけ百瀬の事好きなのよ」
好き、木村さんは友達としてその言葉を使ったのだろうけど、百瀬さんへの気持ちの正体を考えている今の私はそれに過剰に反応してしまう。でも考えてみれば、私の方が百瀬さんの事を分かってるとアピールするなんて、今までの私だったらやらないようなことだ。
「まぁいいや。ここであったのも何かの縁だし、あれに誘ってあげようよ」
「いいね。友達は多い方が楽しいし」
「何の話?」
私を置いて二人で何やら企んでいる様子。それに私を巻き込むことが決定したようで、二人はニコニコ笑顔で私にこう言い放った。
「ねぇ、海の世界を体験してみない?」
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