第66話 海水浴デート?

 時刻は午後二時。軽く昼食を済ませてから合流して海で遊ぶ予定となっている。集合場所はビーチの近くにあるお土産屋さん。国際色豊かな道行く人たちの間を通って、眩しい日差しを麦わら帽子で防ぎながら目的地に向かう。集合場所を決めるやりとりで演技のことを少し聞いてみたら、うまくできたと返事をもらった。どんな感じだったかまだ分からないけど、相神さんの役に立てたのならよかった。


「いたいた。おーい相神さーん!」


 お土産屋さんの近くで黒い日傘をさして立っていた相神さんに手を振ると、昨日よりも柔らかい笑顔で手を振り返してくれた。昨日はずっと演技の事で悩んでたみたいだけど、今日は肩の荷が下りているみたい。今日は本当の意味で思いっきり楽しめそうだ。


「待たせちゃったかな」

「ううん、全然大丈夫だよ。それより……」


 相神さんは少しかがんで私を観察すると、満足そうにニコリと笑って姿勢を元に戻した。


「それ、着て来てくれたんだ」

「うん。昨日リクエストされたからね。それに、これを着るならやっぱりハワイじゃないと」


 昨日買ったこの黄色いアロハシャツを相神さんはすごく気に入ってくれた。相神さんに似合ってるって言われて購入を決めた服はこれで二着目。初めて一緒に出掛けた時のフリフリの地雷系ファッションと、今日着てきたこのアロハシャツ。どちらも以前の私なら買わなかった系統の服だ。


 今のVtuberとしての人気のおかげで声が可愛いという自負はあるけど、見た目が秀でているという自信はない。だから無難な服ばかり選んできたけど、相神さんと出会ってからはそれが少しだけ変わった。少しだけオシャレしてみても良いんだって思えるようになった。初めて家に遊びに行ったときに色んな服を着させてもらって、相神さんが可愛いと言ってくれたのも影響してると思う。相神さんは私に助けられたって思ってるみたいだけど、それは私も同じ。以前なら背伸びするのが怖くて選ばなかった服を、こうやってたくさんの人がいる中で着れるようになったのは相神さんが可愛いと言ってくれたからだ。


「もう少し百瀬さんのアロハシャツ姿を見ていたいけど、今日の目的は海水浴だからね。さっそく更衣室に行って着替えようか」

「そうだね」


 相神さんについて行って更衣室に入る。相神さんからの提案で水着のお披露目は砂浜ですることになり、ネタバレ防止のために互いに見えない場所で着替えることにした。お恥ずかしながら、実は私は相神さんの水着姿を見たことがある。まだ相神さんと友達になっていないころ、相神さんが載っているファッション誌で水着が特集されていた時、高校生離れした相神さんのプロポーションを見てドキドキしていた。


「……さらっと一緒に海で遊ぶことになったけど、よくよく考えたらこれってとんでもない状況では?」


 昨日の約束でさらっと実現してしまった相神さんとの海水浴。カリスマモデルの相神さんと一緒に海水浴とかファン垂涎のイベントを、相神さんにドキドキしなくなったとか訳わかんない悩みを持つ私が体験していいのだろうか。この事実が知れ渡ればファンに殺されてしまうかもしれない。


「い、いやいや。私と相神さんは友達なんだから問題ないでしょ」


 仕事とプライベートは別だ。ちゃんと友達として楽しい思い出を作ろうと思い直し、持ってきた水着に着替えた。そして日焼け止めを塗りなおし、眩しい日差しが照っているビーチへ足を踏み出した。


 私が着ているのはワンピースタイプの水着。白の下地に黒の水玉模様というシンプルなデザインに露出控えめな防御力の高さをもつ水着は、相神さんや葵ちゃんと比べて控えめな体つきをしている私にちょうどいい。サンダル越しに白い砂浜のサラサラした感触を感じながら少し歩くと、ビーチパラソルの下でビーチチェアに座っている相神さんを見つけた。いつの間にあんなもの用意したんだろうと思いながら声をかけると、私に気が付いた相神さんが立ち上がった。


「おわっ」


 相神さんの姿を見て反射的に感嘆の声が漏れた。相神さんが着ている水着はルビーレッドのオフショルダービキニ。大人な雰囲気の薔薇柄に、大人顔負けなプロポーションをこれでもかと見せつける露出度の高さ。そしてアクセサリーとしてつけているのであろうサングラスも様になっていて、とても同い年の女の事は思えないほどアダルトなオーラを放っている。写真集越しに見る相神さんも素敵だったけど、生で見る相神さんの水着姿はそれを優に超える魅力があった。


「か、かっこいい……! その水着すっごく似合ってる!」

「ありがとね。百瀬さんも良い水着ね。可愛らしくてあどけない感じが百瀬さんらしいわ」


 テンションが上がっている私に対して、相神さんは落ち着いた雰囲気で私の水着姿を褒めてくれた。相神さんの水着姿がこんなにきれいに見えるのなら、私はちゃんと相神さんが好きなのではと考え込みそうになったが、今はそんなこと考えず思いっきり楽しむべきだと思いなおす。結論を急いではいけない。相神さんと一緒に過ごして思い出を作っていけば、自ずと答えは見えてくるはずだから。


「……どうしたの? 私に何かついてる?」

「あ、いや、百瀬さんが可愛くてつい見ちゃった……って、何言ってんのわたし?! ごめん今の忘れて!」


 黙ったままじっと私を見ていたから何かあるのかと思って問いかけたら、思いもよらなかった答えが返って来た。相神さんは恥ずかしそうに頬を赤らめながら手をブンブン振って自分の発言を誤魔化す。さっきまでの大人な雰囲気はどこへやら、今の相神さんは大人顔負けの美女ではなく可愛い私の友達って感じだ。


「ふふっ、どうしよっかなー。さっきの可愛い相神さんを忘れるなんてもったいないよねー」

「い、いじわる……せめて他の子には言わないで! おねがい!」

「じゃあさっきのは二人だけの秘密だね」


 恥ずかしがって子供っぽいお願いの仕方をする相神さんは思わず揶揄いたくなってしまう。葵ちゃんが普段わたしを揶揄うときもこんな気持ちなのだろうか。相神さんのこういう姿を見ると、相神さんは自分とは生きる世界が違う凄すぎる存在ではなく、ちゃんと私の友達なんだなと思える。ちゃんとつながってると感じられるから。


「さっそく海行こうか。日が沈む前に思いっきり楽しむぞー! あと可愛い相神さんもいっぱい見たいな」

「なっ! それなら私も百瀬さんの可愛いところ見つけまくってあげるからね!」


 かっこいいカリスマモデルの相神さんよりも、友達にだけ見せてくれるフレンドリーな姿のほうが素敵だな。恋愛感情の事は抜きにして、ただ純粋にそう思った。

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