第65話 行方不明な恋心
私が好きな人は相神綾音さん。いつも堂々としていて、何でも完璧にこなす彼女は私が持っていないものを全て持っていて、すっかり虜になってしまった。
本当の相神さんを知る前の私はこんな事を思っていた。でも、事実は違っていた。
相神さんは確かになんでも完璧にこなすスペックの高さは持っていた。初めてだという演技も上手くやっているし、少し勉強したら海外でも問題ないくらいの英語力を身につけていた。でも、いつも堂々としているように見えていた姿は、周囲を全部拒絶して気を張っていただけだ。
昔の私みたいだ。弱りきっている相神さんを見た時そう思った。それは決して私が憧れていた相神さんに対しては浮かばない言葉で、それが私の憧れた相神綾音という人間は存在しない証明だった。そして、家族との関係が改善されてからの相神さんもまた別人だった。他人を思いやる優しさと一緒に居て楽しいと思う明るさ、今の自分に誇りを持っている心の芯の強さ。きっと、これが天金さんが言っていた本当の相神綾音なのだ。
私が好きだと思ってたカリスマモデルの相神さん。私が助けたいと感じた虚勢の裏に隠された寂しがり屋の相神さん。そして、心が安定して余裕ができた今の相神さん。半年にも満たない関係の中で相神さんは大きく変わった。だから、相神さんに対する私の感情が変化に追いつけていないのだ。
「私にとって、今の相神さんはどんな存在なんだろう」
適当に散歩しながら相神さんのことを考える。昨日、相神さんと二人きりでハワイを観光した。言ってしまえばデートをしたわけなのだけど、私の心はいたって平穏だった。相神さんがデートと形容しなかったとはいえ、そんな状況の中で平穏な心でいるなんて、もし相神さんが好きな人ならあり得ない話だ。
相神さんへの恋心が冷めてしまった。状況証拠だけで考えるとそうなってしまう。でも、自分を納得させることができない。私は相神さんへの恋心がなくなったとこのまま結論付けてしまったら、私の心が空っぽになるような気がした。
「わたし、結構楽しんでたんだな」
相神さんと友達になる前の私は相神さんが載っているファッション誌を買い漁り、相神さんの魅力を葵ちゃんに語っていた。今思えばそれは所謂「推し」という感情に近かったと思う。ドキドキする恋心とは少しズレた、自分が持っていないものを持っている相神さんへの憧れに近い好きという感情。
相神さんと友達になってからは、その好きの感情は恋心に近付いた。相神さんと言葉を交わせるだけで夢のような心地だった。試着していた服が似合ってると言われたら、自分がどう思うかも考えずに購入を決めた。家に招かれて二人きりで遊んだときは常にドキドキさせられた。相神さんがより身近な存在になったから、もしかしたらなんて思ったのだろう。可能性が見えたから欲が出たのだ。
相神さんの心の傷に気付いてからは、自分の恋心よりも相神さんを支えたいという思いが強くなった。もっと仲良くなって相神さんに本心を打ち明けてもらえるようになろうとした。だから好きという感情は変わらなかった。ほんの少し、相神さんを慈しむ心が加わって。
そして、林間学校での雨宿りの時の会話と露天風呂での告白で相神さんの本心を知った後。ただひたすらに彼女を助けたいと思った。自分の傷を自覚して、勇気をもって打ち明けてくれた彼女に応えたかった。だから、迷う相神さんの背中を押せたことは嬉しかったし、相神さんが両親との関係を改善できたと知って心の底から安心した。でも、相神さんへの恋心が曖昧になったのはその時からだ。
その理由は分からない。ただ、私と相神さんとの関係において恋心は大切な要素で、それが抜け落ちてしまったら胸にぽっかりと穴が開いたような虚しさを感じるのは確かだ。
「どんな相神さんでも受け入れる……か」
それはどういう意味で言ったのだろうか。初めて相神さんの涙を見た時に伝えた言葉。受け入れるというのは、どんな相神さんでも好きでいることなのか、どんな相神さんでも友達でいることなのか、私が言った言葉のはずなのに分からない。あの時の私は確かに相神さんに恋していたけど、涙を流す彼女を友達として助けたいという気持ちも同時にあったから。
結局のところ、今の私の気持ちは分からない。あったはずの恋心は、相神さんを助けたいと一生懸命になって目を離した隙にどこかに行ってしまった。私の恋心は行方不明。
「はぁ……」
「おや、お困りかい?」
「え、うわぁ!? 何ですかあなたは!?」
目の前にやたら露出度が高い赤髪の女性が現れた。大通り沿いの歩道で、海岸からは結構離れているというのにまるで水着のような、とても往来を歩く恰好とは思えない服装。完全に痴女だ。
「わたし? そうだねぇ、世界のバランスを管理する女神様ってところかな?」
「は、はぁ」
対象年齢が高いゲームのキャラが着ているような、それは果たして服としての機能を果たしているのかと疑問を抱くような服を着た高身長の彼女は、意味の分からないことを言った。そういう設定でこの辺りを練り歩いている変態だろうか。
「別に困ってませんから、他を当たってください」
触らぬ神に祟りなし。こういう手合いは相手にしないのが一番だ。彼女から目をそらしてそそくさと歩き去ろうとしたが、肩を強く握られて引き留められた。
「ちょちょちょ! 確かに人間基準なら変な格好だっていうのは分かるよ。分かるけど、天界ではこれが正装なの! 西洋画の神様とか天使とか露出やばいでしょ?」
「急いでるので」
「ごめん! 謝るから! 女神様パワーで占いしてあげるから無視しないで! きっと君の恋のお悩みの解決の手助けになるから話だけでも聞いて!」
「……え?」
私はこの自称女神に何も話していないのに、恋について悩んでるって言い当てられた。いや、私ぐらいの年頃の子には全部こう言ってる可能性もあるか。
「占い師なんですか?」
「うーん……人の相談を聞いて導くって意味ならそうなるかな。ちょっと前までなら女神パワーで全部解決してあげられたんだけど、おふざけが過ぎて上司に怒られちゃって。お仕置きとして、女神パワーなしで人の悩みを解決しなきゃいけないんだよ」
助けて葵ちゃん。この人ガチな人だ。練ってきた設定をまるで真実のように語って見せる。リアリティのためなら痴女みたいな格好もいとわない、変態占い師だ。
「そんなわけで、君の手助けをさせて欲しいの。ちょっと占ってアドバイスするだけだから。ね?」
「……無料なんですよね?」
「うん。人間の世界の通貨とか女神の私にとってはただの紙束だし」
「はぁ、分かりました。少しだけですよ」
「やった!」
無視しても一生ついてきそうだったから、大人しく話を聞いてもらうことにした。無料みたいだし、私の悩みも一人じゃどうにもならなそうだし。
「それじゃあ早速占うね。ふんっ!」
私が了承すると、自称女神は両手を胸の前に出してぐっと力を加えた。ぐぬぬとしばらく唸り続けてから、何か降って来たのかパッと手を弾けさせて勢いよく頭の上まで上げた。
「ズバリ! 星空の下で本音で語り合うべし! さすれば本当の想いが分かるであろう!」
「はぁ、なるほど」
なんだその占い結果は。本音で語り合えば本当の想いが分かるって、そんなの当り前じゃん。お悩み解決にしてはいささかパワープレイが過ぎる。
「……いや、それでいいんだ」
私はさっきまで何を悩んでいたのだろうか。私と相神さんは友達同士なのだから何も隠さず腹を割って話せばいいじゃないか。私とだけは何も包み隠さない仲になろう。あの雨宿りの時に私が相神さんに言った言葉だ。そんなことも忘れて小手先で解決しようなんて、今までにない悩みに直面してずいぶん冷静さを失っていたみたいだ。
「ありがとうございます。わたし、やってみます!」
「おぉ! やってくれるかい! よし、君のその悩みが解決することを祈るよ。私が天界に帰るためにも、人間界が少しでも幸せになるためにも。じゃあね! 頑張りなよ悩める人間!」
私が決意を新たにすると、それを見た自称女神は弾けるように笑ってグーサインをすると、大きく手を振りながらどこかに走り去ってしまった。
「本当に無料だった……」
占った後にあの手この手でお金を要求されるかと思ったけど、占いが終わってすぐに自称女神はどこかに走り去ってしまった。変な人もいるものだなと思いながら、嵐のように突然現れて去っていった彼女に心の中でお礼を言った。
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