第62話 楽しくショッピング
腹ごしらえを終えた私と百瀬さんは、ハワイで有名なショッピングモールに訪れていた。ヤシの木や青空が見える吹き抜け、南国的な外装、そして何よりこのショッピングモールを行き交う国際色豊かな人々は日本では味わえない雰囲気を作り出している。ハワイの大型ショッピングモールというだけあって、有名ブランドやユニークなお店が並んでおり、ついつい財布のひもが緩んでしまいそうだ。
「おぉ、なんかすごいね」
「日本じゃ見られないお店も多いからね。そういえば百瀬さん、どれくらいお金使えるの?」
「普段そんなにお金使わないし、Vtuber活動の収入もあるから結構あるよ」
「そっか。なら今日は目いっぱい楽しもうか」
私もモデル活動で結構稼いでるし、そもそも家が裕福だからかなり自由に使える。値段を気にしてたらショッピングなんて楽しめないからね。このハワイの楽しげでワクワクする雰囲気を味わいつくそう。そう心に決めてまず目についた面白そうな雑貨店を見ることにした。
〇〇〇
しばらくショッピングモールを回って買い物をした私たちは、ある海外ブランドのファッション店に訪れていた。両手に携えた紙袋を置いて、試着室の中で着替えている百瀬さんを待つ。円安のせいで日本円換算するとやたら高く感じたけど、金持ち喧嘩せずの精神でそれについては考えないことにした。
「それにしてもショッピングかぁ」
初めて百瀬さんとショッピングに行ったときは、百瀬さんを囮にして佐藤さん達から逃れようとした。今思えばかなり最低なことをしている。そんなことを知らない百瀬さんは、私をナンパから助けようとしてくれたり(撃退したのは千夏だけど)、私が疲れていることを察知して気にかけてくれたり、ずっと優しかったな。
「……そのことも、いつか話さないと」
百瀬さんは私に自分の秘密を話してまで寄り添ってくれた。それなのには私は都合が悪いことを隠したままなんて罷り通らない。けれど、話すタイミングが分からない。私が百瀬さんにやったことは最低だ。彼女を傷付けてしまうことはなかったけど、それはただの結果論だ。彼女を友達ではなく道具として見ていた私が、いつか彼女に心無い言葉をかけてしまう可能性だってあった。
「そんな私が嫌われたくないなんて、勝手なものね」
私がやっていたことを話せば、あの百瀬さんだって私を軽蔑するに決まってる。いや、優しい百瀬さんだからこそか。嫌われたくないなんて、そう思える人は久しぶりだな。お父さんとお母さん、そして千夏。私が大切だと思う人の中に百瀬さんは入っているんだ。
「相神さん、できたよー」
「あ、うん」
考え事をしていてそっぽを向いていたけど、百瀬さんの声に呼び戻された。彼女の方を向いた瞬間、目の前の景色がキラリと輝いたように見えた。有名ブランドのアロハシャツ、黄色の下地に綺麗にバランスよく配置された花は芸術的でありながら、アロハシャツのラフな印象を決して崩さない。そんな服の性能はよく分かっていた。しかし、そのアロハシャツを着た百瀬さんの破壊力は想像以上だった。
普段大人しい恰好の彼女からは想像できない開放的な姿。あどけない顔と対照的に無防備な首元は煽情的で、薄いアロハシャツでくっきりと分かる華奢な体つきは庇護欲を掻き立てられる。惜し気もなく曝された脚は刺激的で、見てはいけないものを見ているような感覚になり目を覆いそうになった。
「相神さん?」
「え、あっ、うん! すっごく似合ってるよ!」
思わず見惚れてしまってリアクションが遅れる。少し不安そうにしていた百瀬さんに素直な賞賛を浴びせると、パッと花が咲いたような可愛らしい笑顔になった。
「よかった。こういうの着るの初めてだから似合うか不安で。相神さんのお墨付きなら安心だね。じゃあこれにしよっと」
「あ、ちょっと待って」
百瀬さんは私の反応ですぐに決めたらしく、着替えるためにカーテンを閉めようとしたのを止める。
「ちょっと写真撮らせて欲しいな」
「え、写真を?」
「ダメかな」
「別にいいけど、ここで撮らなくても明日着てくるよ? あぁ、明日も時間が取れるか分からないのか」
「いや、多分明日も会えるけど……そっか、ここで急がなくてもいいんだ」
ここで百瀬さんと会えたのはたまたま懸賞が当たったから。そのせいで変に急いでしまった。自分らしくない行動の理由はすぐに思い当たった。家族、幼馴染、私の大切な人は長い間私の傍にいてくれて、きっとこれから先も私のことを考えてくれる人だ。でも、百瀬さんは違う。高校で出会ったただの友達。そんなか細いつながりなのに、百瀬さんは大切な人だから長く続くものにしたいのだ。
そのためにはどうすればいいか私は知らない。そのせいでつい焦ってしまったのだ。
「変なこと言ってごめんね。それじゃあ先に外出てるから」
「うん。ちょっと待っててね」
百瀬さんを置いて先にお店から出る。吹き抜けから空を見上げれば空は橙色に染まっていて、そろそろ帰る時間だと告げている。夜遅くまで遊んでいたらマネージャーにもいらない心配をさせてしまう。
「……そういえば役を見つめなおすの、全然できてない」
気分転換すれば何か思いつくと思っていたけど、全くそんなことはなかった。百瀬さんと遊んだのは楽しかったけど、その中で演技のヒントを見つけるなんて都合のいいことは起こらなかった。まだしばらく悩むことになりそうだなと思っていたら、紙袋を持った百瀬さんが店から出てきた。
「お待たせ。次はどうしようか」
「もう暗くなってきたからお開きにしましょ。百瀬さんの親御さんも心配するだろうし、私もマネージャーに心配かけたくないから」
「そっか。それじゃあ私はホテルに戻るけど、相神さんってどこに泊まってるの?」
「私はここよ」
「あ、結構近いね。少しバスに乗れば行けそう」
私が泊まっているホテルの場所を地図アプリで見せると、百瀬さんはその近くにあるホテルを指さしながらそう言った。思ったより近くに居て、その気になればすぐに会えそうなことに両手を上げて喜びそうになる。そんな自分を抑えて冷静に彼女の言葉にうなずいた。
「ここにバスが来る時間帯は……良いのがあるわね。今からバス停に行けば乗れそうよ」
あらかじめ調べておいたバスの時刻表を確認し、私たちはちょうどいい時間に来るバスに乗ることにした。
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