ハワイと夏休み、そして本当の想い編
第58話 ハワイの地を踏む
夏休みに入り少しした8月4日、私はハワイの地を踏んだ。夏休み期間というのもあって人が多く、人混みをかき分けながらスタッフさん達と一緒に外に出る。
待たせてあった何台ものロケバスに乗り込み、ひとまず寝泊まりするホテルへ向かった。しばらくは広い道路を埋め尽くす外国車ばかりでハワイに夢見るいい景色とは言えなかったが、ホテルの近くまで来たら海辺に出た。吸い込まれてしまいそうな呆れるほど青い空、地平線を埋め尽くす雄大なエメラルドグリーンの海。今まで見たことがないほどの解放感と清涼感を持つ景色に目を奪われる。
「いい景色でしょ」
窓から景色を眺めていたら、隣に座っている先輩に話しかけられた。同じ映画に出演するから同じ飛行機に乗ったし、集合した時に少し話したけど、いまだにこの人が目の前にいるということに現実感がない。
日本が世界に誇る若き大女優にして、映画界の自由人。こだわりが強いお母さんが「天才」だと手放しに賞賛した技術力。周囲を巻き込み更なる高みへ連れていく稀有なキャラクター。あらゆる面で関係者から賞賛される女優の中の女優。
「テレビでよく取り上げられますけど、実際に見ると全然感動が違いますね」
「うんうん、ハワイはいいよー。景色が綺麗だし、リゾート地として超一流でめちゃくちゃ楽しいし。新婚旅行の思い出の地でもあるし。ねー、
「わっ、ちょっと海香。ちゃんと座ってないと危ないよ」
海香さんは甘えるような声色で隣に座っている女性の名前を呼ぶと、勢い良く抱き着いて体を密着させた。揺れる車内でシートベルトをせずに体を密着させる彼女は、先輩としての威厳は完全に消え失せて愛しい人に甘え切っていた。
「噂は本当だったんですね」
「ははは……こうしないと海香のやる気が出ないから」
「卯月だって私と離れたら寂しいでしょ」
「それはそうだけどさ」
さっきから海香さんが甘えている女性の名前は
「暇ができたら海行こうよ」
「いいね。今年の海香の水着楽しみだなー」
「そっくりそのまま返すよ。そのたわわなお胸を活かしたエッチな水着を所望します!」
「ちょっと、そういうのはみんなの前で言わないで」
二人きりの時はいいんだ。そんなツッコミを飲みこむ。自由人な海香さんに振り回されているように見えて、卯月さんもパートナーの巨大な愛を簡単に受け止めているところから同じくらい愛しているのだろう。窓から差し込むハワイの日差しを反射して、キラリと輝く左手薬指の指輪がそれを証明していた。
○○○
関係者が泊まるホテルは当たり前だが南国仕様で、周りの人も日本にいた時は考えられなかったくらい国際色豊かだ。いろんな国から旅行に来ているのだろう。
今日は移動と撮影の前準備や機材の整備で終わるので、出演者は自由ということになった。出演者同士で交流みたいなのが多少あると思ったが、意外と思い思いの行動を取るみたいだ。
私も別にやることはないから旅の疲れをホテルで癒してもいいのだけど、初めてのハワイでそれは少し勿体無い気がした。でもどこに行けばいいのか分からなくて、ロビーでスマホを使って周りを調べていた。
「やっぱり海は見ておくべきかな……」
「ふっふっふ、迷っているなハワイビギナーよ」
「あ、海香さん」
いろいろ調べて迷っていたところに、海香さんが声をかけてきた。彼女の隣には当たり前だけど卯月さんが立っている。
「そんな後輩のためにここは私達がひと肌脱いであげよう」
「えっ、いいんですか。お二人のお邪魔をしてしまうと思うんですけど」
「いいのいいの。ここは先輩の厚意を素直に受け取りなさいな」
海香さんはそう言って私の手を取ると、出入り口から外に連れ出した。
先んじて呼んでいたらしいタクシーに乗り込む。タクシーは長い間街中を走り、途中で飲食店の駐車場に止まる。少し待っていてと海香さんと卯月さんが降りて少ししてから軽食のホットドッグとトロピカルジュースを買ってきた。私の分も買ってきてくれたみたいで、お金を払おうとしたら「先輩の顔を立てて欲しい」と言って止められた。
そこからまたしばらく街を走って海沿いに出た。またしばらく走ると小高い丘のような場所が見えてきた。
「あそこが私たちの目的地だよ」
「へぇ、どんな場所なんですか」
「ふふふ、それはついてから説明するね。卯月が」
「ちょっと、後輩の世話を私に投げないでよ」
「だって私は歴史とかそういうのよくわかんないんだもん」
自由人な海香さんと真面目な卯月さん、会って間もないけど二人の性格は分かりやすく足りないところを補っていて、お似合いな二人だと思った。
そこからしばらくすると目的地の目の前に着いて、丘を登るのかと思ったら丘にトンネルがついていてそれを通る。どういうことかと思ったが、その疑問はすぐに解消された。
「わぁ……!」
トンネルを抜けると平地が広がっていて、さっきまで丘だと思い込んでいたものが壁のようになって平地を取り囲んでいる。
駐車場に到着してタクシーから降りる。気持ちの良い風が吹き抜けて、ようやく本当の意味で海外の地を踏んだような気がした。
「やっぱり海外を感じてもらうなら自然を味わおうってね」
「いい場所ですね。連れて来てくれてありがとうございます」
「ふっふっふ、喜ぶのはまだまだはやいよ。案内するからしっかりついて来てね」
初めての海外。そんな私に気を遣ってくれているのか、海香さんと卯月さんは親切に案内してくれている。そんか二人の優しさに応えるために、ここは思い切り楽しもう。そう思って私は二人の後をついて行った。
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