相神の変化と周りの変化編

第52話 相神の変化〜百瀬南の場合〜

『ありがとう』


 相神さんとカフェで話をした日の夜、勉強机で課題を済ませていた時に相神さんからかかってきた電話に出ると、開口一番そう言われた。彼女の問題が解決したことはそれでもう十分理解できた。生気を失っていた声は満ち足りたものになっていて、直接顔を見なくても彼女が憑き物が落ちたような顔になっていると分かる。


『どういたしまして。でも、本当にすごいのは行動した相神さんだよ』

『ううん、百瀬さんが背中を押してくれなかったらきっと私は勇気が出なかった。そもそも、私が自分の本当の想いに気が付けたのは百瀬さんのおかげなんだよ』


 スマホの向こう側にいる相神さんの声は異様に柔らかかった。カリスマモデルとして気を張っていたころとも、弱り切って危ういと感じていたころとも違う、これが本来の相神さんの声だ。


『相神さんの力になれたならよかった』

『うん。百瀬さんと会えて本当に良かった!』


 迷いが晴れた彼女の声は真っ直ぐ伸びてこっちに届く。こっちを真っ直ぐ見てくれていることも、こっちの声を聞き逃さないようにもしてくれている。電話越しでもそんな相神さんの態度が伝わるほど、彼女の声には力があった。


『私と友達になってくれてありがとう』

『……それは私もだよ』

『え?』


 さっきから恥ずかしいセリフ連発で照れ臭いけど、ありがとうと言いたいのはこっちも同じだ。衣装棚に収納していた服を一式取り出す。相神さんたちと遊びに行ったときに買い、相神さんの家に遊びに行く時に着ていった、黒色の地雷系ファッション。普段の私が絶対買わないそれを買ったのは相神さんに褒められたからだ。


『相神さんと友達になってからの日々は特別だった。あんな大人数で出かけたは初めてだったし、相神さんの家に遊びに行った時は本当に楽しかった。林間学校はいろいろあったけど、本当の意味で相神さんと友達になれたような気がした。だから、相神さんと友達になれたことは、私にとってのかけがえのない宝物なんだよ』


 相神さんのことを知って、相神さんのことを天金さんに頼まれて、大変だと思ったこともあった。でも、知らない方が良かったなんて思ったことはない。だって、相神さんとの日々は幸せだったから。


 最初の頃は大好きな人が私に興味を持ってくれたのが純粋に嬉しかった。遊びに誘ってくれたことも、家に招待してくれたことも、全部が夢みたいだった。


 相神さんの問題を知った後も、ただ友達として助けてあげたいと思った。幸せとはまた違うけど、友達の力になれることが純粋に嬉しかった。


『……じゃあ、百瀬さんとの関係は私にとっても宝物だね』

『そっか。ふふっ、嬉しいな』


 前までの相神さんも私に興味は持ってくれていたと思う。でも、それは自分本位なものだった。今の相神さんと比較してそれをようやく理解できた。その時とは変わって、今はちゃんと真っ直ぐ私を見てくれている。それがどちらか一方のためでなく、互いのための関係になれた証拠だ。


『夜遅くにごめんね。百瀬さんにはすぐにお礼を言いたくて』

『いいよ別に。私も相神さんがどうなったか心配だったから』

『そっか。うん、それじゃあまた明日』

『うん。また明日ね』


 再会の約束。でも、この時間帯ならもう一言だけ付け加えたい。その言葉を私が口にしようとした時だった。


『おやすみなさい』

『……うん、おやすみ』


 その言葉を先に言ったのは、相神さんだった。初めての通話の時は私が言わなかったら多分言ってくれなかった言葉。いつも相神さんが返す側だった言葉。おやすみ、単純だけど誰かを慈しむ言葉を相神さんから言ってくれた。


 それは相神さんが他人を思いやれる余裕ができたおかげだろう。相神さんの問題が解決して、天金さんもきっと喜ぶだろうな。


「さてと」


 通話が切れたスマホを勉強机に置いて、グッと体を伸ばす。そのまま天井を見上げて、考え事を始めた。


「やっぱり、ドキドキしなくなってる」


 林間学校二日目に相神さんの本心を知ってからの私の変化。相神さんに対してほとんどドキドキしなくなっていた。林間学校の時は色々ありすぎて疲れてただけと思っていたけど、今の私は相神さんの問題が解決して余裕がある状態だ。


 でも、さっきの相神さんとの通話で何を言われてもドキドキしなかった。私と会えてよかったとか、私との関係は宝物とか、以前の私ならそんな事を言われた瞬間にショートしていただろう。


 でも、今の私の心は全く動じていない。それが何故だか本当に分からないのだ。


「相神さんはもう大丈夫。だから、次は自分のことを考えないと」


 相神さんの事があって後回しにしていたけど、解決したのなら私自身のことを大切にしないと。自己犠牲が過ぎると自分も相手も傷つけてしまうから。それは相神さんの問題と向き合ってよく理解した。


「私は相神さんのことどう思ってるんだろう」


 相神さんが嫌いになったわけじゃない。もし嫌いな人だったら、こんなに親身になって相談に乗っていない。


 じゃあ、好きじゃなくなった? 友達としてはちゃんと好きだ。でも、恋愛的な意味での好きではない。それならちゃんと説明がつく。優しい言葉をかけられても、照れ臭いことを言われても、友達の言葉ならドキドキはしない。葵ちゃんがそうだからよく分かる。


 じゃあ、なんで急に私の恋は冷めたのか。きっかけは間違いなく林間学校での相神さんとの対話だ。でも、あの雨宿りの時の対話でなんで恋が冷めるのか分からない。あの対話は相神さんに失望するようなものじゃない。本心を知れて私も嬉しかった。それならむしろ、心の距離が近くなってもっと好きになるはずだ。


 でも、私はあの時からドキドキしなくなった。


「……やっぱり、わかんない」


 恋は必ずしも論理的ではない。でも、なんとなくで終わらせたくなかった。この恋が終わったのなら、私が納得した上で終わらせたい。


「とりあえず様子見だなぁ」


 ここ最近は変化が多い。目まぐるしい変化に私がついていけてないだけで、ひょんなことからまた相神さんにドキドキし始めるかも知れない。


 様子見という形で問題を先送りにした私は、気分を変えるために最近コラボに誘われたVtuberさんの配信を見る事にした。

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