第46話 百瀬南のとある夜

「人の子たちよ、こんはーと。愛神ヤヨです。今日も配信を見に来てくれてありがとー」


 夜、夕食を食べ終えた私は配信を始めた。林間学校で少しの間お休みしていたから、「久しぶり」「おかえりー」などといった類のコメントが流れていた。


 今日の配信は最近話題のプラットフォームゲーム。キャラクターを操作して障害物を飛び越えてゴールを目指す類のゲームだ。このゲームが話題になった理由は、独特な操作性と絵面の強さだ。


 ゴミ箱に下半身を突っ込んでいる半裸のマッチョを操作してゴールを目指すのだ。みんな大好きなマッチョがこんな面白い姿をしていたら話題になるのも当然だ。


「や、ヤバい人だ……」


 しかもこの男、当然の権利のようにゴミ箱で器用にぴょんぴょんと飛んで移動するのだ。


「いや、無理でしょその動き」


 少し操作は難しいし独特だけど、この男は某赤い帽子の配管工よりもアグレッシブに動く。ステージを進めてゴミ箱にジェット機構が備わったらもうカオス。ジェットゴミ箱マッチョは誰にも止められなくなる。なんだジェットゴミ箱マッチョって。


「凄い無敵感。もう負ける気しないんだけど」


 正直自分でもゲームオーバーの気配がしなくなった時、そんな発言が飛び出した。すると視聴しているみんなは「フラグか?」「これは大事なとこで盛大に死ぬやつ」と反応した。


「ば、バカにするな人の子たちよ! 愛の神である私が負けるわけないわ!」


 その反応がまずかったのか「おいおい、死ぬわヤヨちゃん」「自分からフラグを増やしていくスタイル」「セリフが即落ち二コマの一コマ目」とさらに面白がるコメントが増えた。こんなに煽られたら、大人しく引き下がるわけにはいかない。


「意地でもノーコンティニューでクリアするから! 覚悟しときなさい人の子たちよ!」


 そうやって啖呵を切った私は順調にステージをクリアしていき、ラスボスまで到達した。ラスボスは画面を埋め尽くすほどの巨大なマッチョ。


 どうやらラスボスマッチョは世界中のマッチョをゴミ箱に押し込めた黒幕らしい。そうすることで世界のマッチョ濃度を下げ、バランスをとるためにあふれたマッチョを己に取り込み、ここまで巨大化したらしい。


「いや、何言ってんの?」


 今までのボスも変なこと言ってたけど、このラスボスは意味不明度の格が違う。とりあえずこのボスを倒せば世界中のマッチョは解放されるということで、ラスボス戦が始まった。


 流石ラスボスといったところで攻撃の密度が厚い。しかし、ここまで苦楽を共にした私とマッチョの敵ではない。順調にダメージを与えていき、そろそろ倒せそうな雰囲気なったその時だった。


『マーッチョメーン!』


 ラスボスが両腕をあげて叫んだと同時に、全方向にビームを射出した。


「なになになに?!」


 突然のビームに困惑しながらも咄嗟に避ける。初見殺しのギミックだったのだろうけど、うまいこと避けることができた。ラスボスのビームが止んで攻撃が再開できると思い接近すると、今度はセリフなしでより範囲が広いビーム攻撃飛んできた。


「第二波!?」


 もうだめかと思ったが、なんかいい感じに操作したら避けれた。自分でも何で避けれたのか分からないけど、それはいったん置いといてラスボスを攻撃すると、バババという破裂音と共にラスボスは倒れた。


「く、クリアー! どうだ人の子よ! 宣言通りノーコンティニューでクリアしたぞ!」


 散々フラグだとバカにした視聴者のみんなにドヤ顔をすると、想像とは違った反応が返ってきていた。「あの初見殺し避ける配信者初めて見た」「あの時のマッチョの動きキモ過ぎて笑う」「TASさんみたいな挙動してた」「いや、すごいけどあの動きはキモいが勝つわ」「きっしょ、何で避けれるんだよ」と、賞賛というよりドン引きという反応だった。


「えっと……これが愛の力です!」


 とりあえず愛の力ということにした。お値段がワンコインの短いゲームだったけど、かなり満足度が高かったし配信の反応も良かったからやって良かったなと思った。そこから軽い感想会みたいなことをして配信を終えた。


 後日、このシーンの切り抜きが百万再生されて話題になったおかげでチャンネル登録者数が結構増えた。


「ふぅ、つかれたー」


 配信を終えた私はパソコンを閉じてベッドに飛び込んだ。ごろりと体を翻し、意味もなく天井を眺める。それから数秒後、枕元に置いたスマホから着信音が響き渡った。疲労感が溜まった体をもぞもぞと動かしてスマホを手に取ると、相手は案の定葵ちゃんだった。


「もしもし」

『配信お疲れさま。今日も可愛かったよ』


 起き上がって彼女の声に耳を傾けると、いつも通りの文言が聞こえてきた。何度も言われた言葉だけど、やっぱり褒められるのはうれしい。


「ありがとう。いやー、今日の配信すごかったでしょ」

『ゲーム凄く上手だったね。特にラスボス戦はびっくりしちゃった』

「あはは、もう一度やれって言われたらできないなぁ、あれは」


 咄嗟に出たスーパープレイだから再現性は全くない。


『南って純粋にゲーム上手くなってるよね』

「あー、確かにそうかも」

『初期のころは酷かったもんね。その下手さも可愛かったけど』


 今でこそ並以上のゲームの腕前になったけど、始めたばかりのころはゲーム慣れしてなかったせいもあってそれは酷いものだった。その頃の下手さが好きだった人もいるみたいだから黒歴史ではないけど、ゲームが下手な分クリアに時間がかかるから流行りにおいて行かれることも多々あったから今くらいが丁度いいけど。


「それじゃあ、また明日ね」

『うん。また明日』


 通話を切ってまたベッドに倒れこむ。少し休憩したら明日の準備をして寝ようかなと思っていたら、また着信音が聞こえてきた。こんな時間にかけてくる人間を私は二人しか知らない。一人は葵ちゃん。


「もしもし」

『も、もしもし』


 そしてもう一人は相神さん。初めての通話も配信の後だったな。


『今日の配信、すごかったわね』

「ありがとう。相神さんも見てくれてたんだ」

『えっと……この時間は暇だし、百瀬さんが頑張ってるのを見たら元気が出るから』


 相神さんはどこか照れ臭そうに褒めてくれた。私の配信を見て元気が出る、か。誰かの希望になれるようにと心がけて活動してる私にとって、冥利に尽きる言葉だ。


「そっか。相神さんの力になれてよかった」

『うん、本当に百瀬さんには助けられてるよ』


 初めて通話した時とはまるで別人みたいだ。絶対的な存在感も、圧倒されるような威圧感もない柔らかな口調。そしてうっすらと感じていた危うさがかなり増したような雰囲気があった。でも、彼女は間違いなく相神綾音で、私の大切な友達だ。


『それで、えっと、今度の休み会えないかな』

「いいよ。他に誰か来るの?」

『ううん。百瀬さんだけ。……話したいことがあるから』


 昔の私ならこのお誘いに飛んで喜んだだろうな。でも、本当の相神さんを知ってからの私は彼女への心配ばかりが強くなって、恋心ではしゃぐなんてことはなくなった。相神さんが私に助けを求めているのに、それで舞い上がるなんて最低な行為だと思うし。


「わかった。予定空けとくね」

『うん、場所と時間は後で連絡するから。……わざわざごめんね』

「謝らないで。困った時は遠慮なく頼ってって言ったのは私なんだから」

『……相変わらず百瀬さんは優しいね。ありがとう。じゃあね』

「またね、おやすみなさい」

『……おやすみなさい』


 おやすみなさい、そう言うときの相神さんはどこか嬉しそうだった。最近は気分が沈んでいるように見えることが多い相神さんだから、私の配信で元気が出たり、私の言葉で嬉しいと思ってくれたりするのは純粋に嬉しかった。


 また今度相神さんと会うときのために英気を養おう。そう思って私は早く寝るための準備を始めた。

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