第45話 百瀬南のとある朝

 午前六時、いつも通り起床してジャージに着替える。玄関に行くと、靴紐を結んでいる朔が待っていた。


「おはよう」

「おはよう、お姉ちゃん。今日もちゃんと起きれたね」

「もう慣れたよ」


 いつもは何も考えていない朔だけど、スポーツのことになったらストイックなイケメン女子に変身する。私は配信の次の日はよく寝坊するけど、朔は朝のランニングに寝坊したことはないし、食事の栄養バランスにもかなり気を遣っている。


「それじゃ、いつも通り行こうか」

「うん」


 ストレッチをしてからランニングを始める。朔は私に合わせて最初はペースを落としてくれている。気を遣わなくていいって言ったけど、大好きなお姉ちゃんと一緒に走りたいとあまりにも堂々と言われたものだから、それ以上は何も言えなかった。


 早朝の静かで涼しい空間を走るのは心地いい。何者にも縛られないこの場所で、私は自由だと叫んでいるようだ。タッタッタと私と朔の足音がリズムを奏でて、気分が上がる。眠気が完全に飛んで頭の中が澄み渡ったころ、河原に到着した。


「お姉ちゃんはここまでだね」

「うん。続き頑張ってね」


 もう数キロ走る朔とここで別れて私は先に家に帰る。疲れて荒れた息を整えながら帰路に着く。毎回思うのだけど、朔の三分の一程度しか走らない私がこんなに疲れてるのに、朔は帰ってきてもケロッとした顔で平気そうなのは異常なのではないだろうか。


 この分だと朔は、私が腰を曲げてトボトボあるおばあちゃんになった頃でも元気にバスケをやっていそうだ。


「ただいまー」

「おかえりなさい。ご飯できてるからシャワー浴びたら食べてね」

「はーい」


 キッチンの方から靴を脱いで上がった私に、キッチンからお母さんが声をかけてきた。私はいう通りにシャワーを浴びた後、制服に着替えてダイニングテーブルの席についた。


「あれ、お父さんは?」

「プログラムの仕事で徹夜したみたいよ。それで今は寝てるみたい」

「そっか」


 お父さんはワークスタイル的に今日みたいに家にいることも多い。でも、朝は今日みたいに会えないことがほとんどだ。


 テーブルに並べられているのはベーコンエッグとパンとコンソメスープ。今日は洋風の朝食を作ったみたい。ベーコンエッグに塩胡椒をまぶして、最初に黄身を割る。箸でうまいこと切り分けて口に運ぶ。


「美味しいよ、お母さん」

「あらあら、ありがとう。可愛い娘に喜んでもらえて、お母さん冥利に尽きるわ」


 ランニングで疲れた体にエネルギーを補給する。私が半分くらい食べた頃に朔がランニングから帰ってきてシャワーを浴び始めた。その後、朔と入れ替わるようにして食卓を離れて洗面台に向かう。


 歯磨きと洗顔をして身嗜みを整える。髪の手入れをしていたら、朝食を食べ終わった朔が歯を磨きにきた。私より遥かに背の高い朔は、私の後ろから手を伸ばして楽々と歯ブラシを取り上げた。やっぱり身長が高いのは羨ましいな。朔ほどじゃなくていいけど、葵ちゃんくらいあったら美人さんになれるのかな。


「お姉ちゃんはちっちゃくて可愛いね」

「……心読んだ?」

「私バカだからそんなことできないよ」


 私の妹は素直すぎて逆にわからない時がある。さっきの言葉には意味が含まれているのか、それとも意味なんてないのか。姉の私ですらわからないのだから、野崎さんはもっと大変だろうな。


 髪の手入れが終わったから二階の自室に戻って、昨日準備した荷物を持って一階に降りる。スマホを確認すると葵ちゃんがもうそろそろ来るとのことだ。


「朔、葵ちゃんそろそろ来るって」

「分かった。ちょっと急ぐ」


 ほんの少しの待ち時間、テレビをつけて朝のニュースをつける。最近話題のアイドルがどうとか、俳優さんが結婚を発表したとかハッピーなニュースが流れた後、今日の星座占いコーナーが始まった。私の星座は七位となんとも言えない結果。ラッキーアイテムはヘアピンだそうだ。


 こういう物の場合、男性はどうするのだろうか。身につけないと意味がないのか、それとも持っているだけでいいかでやりやすさが全然違う。


「お姉ちゃん、終わったよ」


 そんなことを考え始めた時、朔の準備が終わった。荷物を持って玄関で靴を履く。


「いってきます」

「いってきまーす」

「いってらっしゃい。気をつけて行くのよ」


 お母さんに見送られて、朔と一緒に家を出ると、家の門の前で葵ちゃんが待っていた。葵ちゃんは私達に気がつくとスマホをしまって顔を上げた。


「二人ともおはよう」

「おはよう、葵ちゃん」

「おはようございます、葵さん」


 朔は葵ちゃんに大袈裟なくらい深く頭を下げる。そんなテンションにも慣れた葵ちゃんはスルーして歩き始める。


 朔は葵ちゃんのことを結構尊敬している。朔が言うには葵ちゃんは、頭が良くて頼り甲斐があって、純粋に尊敬できる年上らしい。まぁ、それはすごくわかる。私も葵ちゃんみたいな頼れるお姉ちゃんが居たらいいなぁと思うし。


「そういえば葵さん、お姉ちゃんって可愛いですよね」

「ちょっと、急に何言ってるの!」

「南は可愛いよ」

「葵ちゃんも普通に答えないで!?」


 朔が変なことを言ったと思ったら、普通の会話をするように葵ちゃんは返答した。


「朝にお姉ちゃんに可愛いって言ったらうんって言ってくれなかったから。私がおかしいのかなって事実確認をしたんだ」

「なるほど? いや、なるほどじゃないよ?」

「でも南は可愛いよ」

「あれ? この場でおかしいのはもしかして私の方? 朝からびっくらぽんだよ」


 朔に葵ちゃんまで乗っかったからまさかのツッコミに回ることに。たまに葵ちゃんは意地悪だ。私が困ってるのを見て楽しんでる。


「も、もう、葵ちゃん……」

「なーに? 可愛い南ちゃん」

「か、揶揄わないでよ」

「揶揄ってないよ。ただ事実を言ってるだけ」

「だーかーらー、そういうところ!」

「うーん、こう見るとやっぱりお姉ちゃんはちっちゃくて可愛いね」

「朔!!」


 私を真ん中にして横に並んで歩いていたから、両サイドの二人が波状攻撃を仕掛けてくる。朔はこの様子で本気で言ってるし、葵ちゃんはそれに全力で乗っかっている。


 そんな騒がしくて恥ずかしいけど、やっぱり楽しい道中。それが私の朝だった。

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