第28話 調理開始
林間学校初日はあわただしい。昼食を食べ終えるとすぐに夕食のカレーを作る準備を始める。火が扱える広場に集合し、それぞれのグループで作業を開始した。
「さて、役割分担しようか」
生徒会長が私たちに向かってそう言った。こういう時にまとめ役を引き受けてくれるのが、さすが生徒会長ってかんじだ。
「火を起こす係、材料を切る係、ご飯を炊く係に分けるよ。必要な道具は各々で調達してね」
「それぞれ二人ずつですか?」
「そうなるね」
「なら私、百瀬先輩とお米炊きたいです」
「え、私と一緒にやろうよ」
「体力バカは火起こししてなさい。適任でしょ」
「えー」
野崎さんが隣にいた百瀬さんの腕を掴んで自分の希望を伝えると、妹ちゃんがそれに対して不平を言った。妹ちゃんは野崎さんにぞんざいな扱いをされているけど、逆にそれを楽しんでいるようだった。
「南は野崎さんと一緒でいい?」
「うん」
「ならお米係は南と野崎さんね」
「じゃあ私と一緒に火起こししてくれる先輩は誰ですかー」
「私達は先に準備しとくね。行こっか、野崎さん」
「はい、先輩」
妹ちゃんが相方を募集し始めると同時に、役割が決まった百瀬さんと野崎さんは道具を取りに行った。
火起こし担当か。疲れて面倒だけど、この中で一番体力があるのは多分私だ。それに包丁を扱うなんて数年間やっていない。そうなると私が手を挙げるべきか。
「なら私が火起こしするわ」
「おぉ、相神先輩。もしかして体力に自信あるかんじですか?」
「まぁね」
「なら明日バスケで対決しましょう」
「遠慮しておくわ」
なんで突然バスケ勝負を挑んできたのこの子。最初に会った時もそうだったけど、妹ちゃんがまず気にするのはバスケが強いかどうかみたい。本当に王道スポーツ漫画の主人公みたいな思考回路だ。
百瀬さんみたいな姉がいて、何をどうしたらこんな考え無しな子になるのだろうか。似てない姉妹っていうのはたまに居るけど、ここまで類似点が見られないと少し不気味にさえ思えてくる。
「なら私たちが材料を切る係ね」
「じゃあ早速作業にとりかかるか。綾音、火起こし頑張ってね」
「朔くんのことしっかり見ておくのよ。何しでかすか分かったものじゃないから」
会長と千夏は役割が決まるとすぐに道具と材料を取りに離れていった。さて、私も後輩を任されたことだし、先輩として妹ちゃんをリードしてあげよう。
「妹ちゃん、火起こしの道具はあっちの倉庫にあるらしいから行くわよ」
「はーい」
多分道を分かっていない妹ちゃんを先導して、火起こし道具が保管されている倉庫に向かう。妹ちゃんは体力があるから私も少しは楽できるかも知れない。
そんな呑気なことを考えていたこの時の私は知らなかった。この子のバカさ加減が私の想像を遥かに超えていることを。
○○○
「火、起こせてますかね」
「相神さんが居るから流石の朔でも大丈夫だよ。……多分、おそらく」
「自信ないんですね……分かります」
普段の朔を知っている二人だからこそ通じる心配。研いだ米が入った飯盒を持って、二人は相神と朔が火を起こしている石材でできた建物に向かっていた。
煙が上がっている建物に近づくと、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「いででで! やめてください先輩!」
「は・ん・せ・い・しなさい!」
朔の大声を意に介さず、相神はハンドロックをかましていた。カリスマモデルの世にも珍しいハンドロックと、学園のプリンスの醜態を前に、周囲は唖然として立ち尽くしていた。
「……あんな相神さんも素敵だよね」
「現実逃避しないでください。あのバカ、人を怒らせる天才かもしれないわ」
飯盒を持った二人は乱心する相神に急いで駆け寄った。近付く百瀬達に気が付くと、相神は朔を解放して百瀬達と向き合った。
「お帰り百瀬さん、野崎さん。火は起こせたから使っても大丈夫よ」
「えっと、さっきのは……?」
「この放火魔に仕置きをしてただけよ」
「あぁうん、何をやらかしたかはなんとなく分かった」
明らかな作り笑いな相神を前に、百瀬は彼女のキレ具合を完全に理解した。怒っている相神を見た百瀬は、怖いというより珍しくていいなぁと恋する乙女な思考回路をしていた。
「ぬぅぉぉぉ……」
「なんというか……悪気はないんだろうけど、ちゃんと反省しようね」
うずくまる朔の腕を撫でながら、百瀬は妹に反省を促した。クールなプリンスの醜態で周囲は失望するかと思った百瀬が周囲を見渡すと、周囲の生徒達は逆に目を輝かせて朔を見ていた。
「見て見て! プリンスのアレよ!」
「カッコいいのにおバカで天然なの、ギャップ萌えよねー!」
「……よくよく考えたらそうだよね。野崎さんがバカバカって言ってるんだから周りも知ってるよね」
黄色い声を上げる朔のファン達を見て、朔の頭の悪さが周囲にバレていることをようやく理解した。にしても顔の良さというのはすごい力を持つものだ。バカでも天然でも、それを逆に強みにしてしまうのだから。
「百瀬先輩、このバカは放っておいて行きましょう。お米が炊けてないとカレー食べられないんですから」
「う、うん。怪我してるなら医務室に行ってね」
「だ、大丈夫だよお姉ちゃん。私は丈夫だから」
飯盒を火に持っていく二人を、朔は肩を抑えながら見送った。立ち上がった朔の首根っこをつかみ、相神は深くため息をついた。
「元気なのはいいことだけど、危ないから二度とあんなことはしないでね」
「はーい」
「それじゃあ元の場所に戻って火の様子を見守ってましょう。妹ちゃんは何かあったら自分で何かするんじゃなくて、私かほかのメンバーに報告するだけにしてね」
「はーい」
朔の扱い方を身をもって知った相神は、この子に一人で何かさせてはならないと学んだ。相神は今度こそ朔から目を離すことなく火を起こした場所に戻っていた。
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