第27話 相部屋

 お昼を少し過ぎた頃、バスが目的地の駐車場に到着した。ゾロゾロ生徒達がアスファルトの地面を踏み、山々に囲まれた風景の中で白い雲が浮かんだ綺麗な青空を見上げた。


 この施設には大規模な宿泊施設が離れた場所に二つある。全校生徒が泊まる部屋を一箇所では賄いきれないので、半分の生徒はもう片方の宿泊施設の近くの駐車場に向かった。


「あー、やっとついたー」

「山の空気おいしー」

「お腹すいたー」


 生徒が半分になったものの、生徒は何百人もいて、管理が大変なのは変わらない。思い思いの言葉で到着の感想を言う生徒たちを先生たちがまとめてゆく。


「はい皆さん、これから宿泊場所に向かうのでもう少し頑張って」


 長い移動と空腹で文句が漏れる中、先生が疲れた生徒達を鼓舞する。たくさんの生徒達が先導する先生について行き、駐車場から伸びる長い階段をのぼっていく。


「ヒメ、荷物持ってあげる」

「これくらい平気」

「つれないなぁ。プリンスにエスコートさせてよヒメ様」

「うるさいバカ王子」


 バスの中で散々からかって野崎さんの不興を買ってしまった朔は、なんとか機嫌を直してもらおうと色々話しかけているが、逆効果にしか見えない。素なのかわざとなのか、言い回しが野崎さんの神経を逆なでしてしまっている。


「なんか微笑ましいなぁあの二人」

「少女漫画みたいな関係だよね」

「部のエースとマネージャーって王道だよね」


 林間学校前なのにケンカしてる二人をハラハラ見守る私の後ろで、葵ちゃんと相神さんが少女漫画トークをしていた。ここ1週間で相神さんと葵ちゃんはある程度話すようになったみたいで、意外と気が合うみたいだ。


 そして到着したのは山奥にあるのにふさわしい年季を感じる和風の旅館だった。中に入ると、おかみさんを真ん中にして従業員さん達が横に並んで出迎えてくれた。旅館の内装は歴史を感じながらも、古臭さも不潔さは感じない良い雰囲気を醸し出していた。ぱっと見の外装で不安に思っていた中等部の1年生もホッと胸をなでおろしている。


「それでは、西館にご案内します。ついてきてください」


 この旅館は食事処やアクティビティルームなどがある本館から左右に分かれて東館と西館がある。若い仲居さんについていき、それぞれのグループが部屋に通されていく。


 私たちのグループが泊まるのは西館の銀杏の間。扉を開けると6人で使ってもかなり余裕がありそうな和室が広がっていた。


「ザ・旅館ってかんじね」

「おぉ、景色がきれいだ」


 部屋に入ってすぐに葵ちゃんが感想を言い、いの一番に部屋に上がった朔は窓を開けて景色を眺めている。この部屋からは山の景色が一望でき、普段は見られないような大自然が広がっていた。


「三十分後に本館でお昼ご飯だから、それまで休憩よ」

「やっと一息つける」


 葵ちゃんがこの後の予定を言うと、天金さんは部屋の端に座ってカバンから取り出したお茶を一口飲んでから畳に寝転がった。


「ヒメ、自販機でジュース買ってくるけど何かいる?」

「……ミルクティー」


 荷物をわざとらしく朔から離しておいた野崎さんに、朔は平気で話しかけた。あまりにも堂々としてるせいで無視することもできず、野崎さんはそっぽを向いたまま注文だけ言った。


「分かった。じゃあお金ちょうだい」

「……えぇ?」


 朔はかがんで手を出し、野崎さんにお金を要求した。


「ん? どうしたの。ヒメの分のジュース代もらわないと買えないよ」

「いや、おごってもらえるものかと思って。流れ的に」

「だめだよ。お金の切れ目は縁の切れ目だって母さんが言ってた。ヒメとの縁は切りたくない」


 真っ直ぐそんなことを言って見せるものだから、野崎さんは目を丸くして、彼女の不機嫌な顔は姿を消してしまった。


「……なんか、怒るのも馬鹿らしくなってきた。私も一緒に自販機いくわ。ミルクティーがないかもしれないし」

「来るとき確認したけどミルクティーはちゃんとあったよ」

「空気読みなさいよバカ王子」


 包み隠すことなく何でも言ってしまう朔に、野崎さんは呆れたり怒ったりしながらも、不機嫌なさっきまでとは違ってどこか楽しそうだ。いつものような仲のいい二人に戻って、問題なく過ごせそうで安心した。


「ねぇ、なんかのんきにしてるけど大丈夫なの?」

「え、なにが?」


 座布団に座って休んでいたら、小さな声で葵ちゃんが耳打ちしてきた。なにも理解できていない私を、葵ちゃんは呆れ半分心配半分といった目で見ていた。


「相神さんと相部屋なのよ」

「うん。うれしいことだね」

「……一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったり、寝起きの相神さんが見れたりしちゃうのよ。南は耐えられるの?」


 葵ちゃんに指摘されたことは、とんでもないメンバーがそろったせいで私の頭の中から消え去っていた懸念だった。


 そうだ、相神さんと相部屋ってことは普段は見られない相神さんを見ることができるってことだ。もしかしたら隣り合って寝るかもしれないし、明日の朝には寝起きの相神さんという、相神さんの写真集でも見られない御姿を見られるかもしれない。そしてお風呂では相神さんの、は、裸を見てしまうかもしれない。


 そんなの私は耐えられるのだろうか、いや、耐えられない。特にお風呂で相神さんを直視してしまったら漫画みたいに鼻血を出してしまうかもしれない。


「えぁ、あ、そ、そっか……え、ちょっとむり」

「やっぱり忘れてたみたいね。で、どうするの? 緊張するだろうけど、南にとってもチャンスになるわよ」

「うぅ……そうだよね……」


 色んなことがあったとはいえ、私にとって相神さんは憧れの人であり高嶺の花のような存在というのは変わらない。


 相部屋はともかく、一緒にお風呂はかなりハードルが高い。でも見てみたいという欲望も……いやいや、なんて邪な事を考えてるんだ私は!


「どうかしたの百瀬さん」

「ひゃい!」


 葵ちゃんの話を聞いてモジモジしていたら、まさかのご本人がひょこっと登場してきた。


「な、なにかですか」

「私の方じっと見てたから、何か用事があるのかなって」


 え、私そんなに相神さんのこと見てたの? もしかして相神さんの話をしてたから無意識の内に相神さんを見つめてしまっていたのか。


「えっと、相神さんと相部屋なんだーって思いまして……」

「やっぱり私と一緒だと緊張しちゃう?」

「えぇあぁいやそれは」

「冗談よ。それじゃあ改めまして、これから三日間よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 相神さんが綺麗な笑顔で差し伸べた手をとって、緊張の中で不恰好な笑顔を返す。


「これは先が思いやられるわね」


 相神さんと三日間一緒という事実を前にガチガチになる私を見て、葵ちゃんは呆れたように、だけど楽しそうに笑った。

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