第26話 妹の愚痴を姉に言うマネージャーの話
とうとう林間学校の日がやってきた。全校生徒が参加するイベントということで、かなり大規模な施設を桃源学園の貸し切りで利用することになる。
期間は二泊三日。私はこれで五回目の参加なのだけど、今年は施設がリニューアルされたらしくかなり楽しみだ。
「皆さん! グループで固まって速やかに行動してください!」
「決められたバスの決められた席に座って静かに待っていてください!」
先生達が何百人もいる生徒達に声かけをしている。こんなにたくさんの子供の面倒を見なきゃいけない先生は大変だろうなと思い、少しでも負担が軽くなる事を願って速やかに相神さん達と席についた。
「とうとうこの日がやって来た。わくわくするね」
「朔くん、席を立たないの」
ワクワクしてジッとしていられないのか、ソワソワしている朔を葵ちゃんが注意する。その様子を見て私の隣の野崎さんがため息をついた。
「本当にバカなんだから……。すみません、朔が迷惑かけてしまって」
「気にしないで。私も野崎さんと話してみたかったから」
二人掛けの席にはそれぞれ、私と野崎さん、葵ちゃんと朔、相神さんと天金さんがペアになって座っている。最初は葵ちゃんと隣になるつもりだったけど、朔が葵ちゃんの隣に座りたいと言ったのだ。
せっかくなら先輩と隣になりたいとのことだ。それで私は可愛い妹のために席を譲り、野崎さんと隣になった。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……全員いるね。あと少しで出発するからシートベルトしてね」
若い女性の先生が私たちに声掛けをして、運転席のすぐ後ろの席に座った。あまり見ない顔だから、多分中等部の先生だろう。そして先生の言った通り、少ししたらバスが発進した。少し間は空けるものの、何台ものバスが学園から出ていく様は壮観であった。
「ここから休憩込みで三時間くらいで施設につくから、しおりを読んで予定に目を通しておくこと。楽しむのはいいけど、あくまで学校行事ということを忘れないように」
『はーい』
先生の言葉に返事すると、みんなすぐにおしゃべりを始めた。しおりで予定を見てはいるけど、それは施設のどこが楽しそうだとか、どのイベントが楽しみかを話しているだけで、施設利用の注意点のような先生が見てほしいページを見ている人は極少数だった。
「野崎さんは何か楽しみなことある?」
「やっぱり二日目の自由散策ですかね。去年は無かった新しいアクティビティがありますから楽しみです」
「そっか。私はみんなでご飯を作るのが楽しみだな。学校行事だからこその雰囲気があって好きなんだよね」
初日は荷物整理が終わった後に自分たちでカレーを作る。自分たちで火を起こしたり、野菜を切ったりして一生懸命作ったカレーは、外ご飯というのも相まってすごくおいしい。聞いた話によると、この日に備えてスパイスを持ってくるガチ勢もいるらしい。
「あー、あれですか。思い出すなぁ、あのバカの馬鹿さ加減をわかってなかった最初の年を」
「うちの妹がご迷惑を……」
朔が料理で何かやらかすのは想像に難くない。小学生の頃にレンジを爆発させたり、コンロを使って火事を起こしかけたりしたせいで、子供に甘い我が家でも、どうしてもという理由がない限り朔はキッチンに入ることを固く禁じられている。
「ちょっとお姉ちゃん。妹がバカって言われてるのに庇わないのはどうなの」
「流石に庇いきれないよ……今までのこと考えたら……」
「ふん、確かに。でも安心してお姉ちゃん。これから私は賢くなるから」
後ろの席から覗いてきた朔が、あっさりと自分の学力の不足を認めた。自分を客観視できるところとか、上手くいかなくても諦めない姿勢はすごいし、それでバスケが上手くなったのだけど、勉強が絡むとボケているようにしか見えない。
「これでモテるから不思議ですよね」
「ギャップ萌えらしいよ」
「第三者だからこそ言えることですね」
学校で朔の身の回りの世話をしてくれている野崎さんは、何も知らずにキャーキャー言うファンの子たちに呆れたように言った。
「……少し失礼なこと言って良いですか?」
「え、まぁ、いいけど……」
私をジッと見つめてそんな事を言ったから少し身構えた。躊躇いながら首を縦に振ると、野崎さんは一つ息を吐いてこう言った。
「百瀬先輩って、朔のお姉さんって感じしませんよね」
「……えっと?」
「見た目も性格も全然似てないじゃないですか。朔がお姉ちゃんと一緒になりたいって言った時は、どんなモンスターが現れるか頭が痛かったですけど、実際に会ってみたら優しくて気遣いできて落ち着いた人でしたからビックリしましたよ」
前振りの割にはものすごく褒められたんだけど。まぁ確かに私と朔は全然似ていない。私は文化系な小柄で、朔は体育会系でかなり高身長。そして控えめな私と対照的に朔は何事もハッキリ言うタイプだ。
初対面の人に私が朔の姉だと言ってもほとんど信じてもらえないだろう。
「親曰く、顔は私がお母さん似で、朔がお父さん似なんだって。性格の方は……なんでなんだろうね」
「朔は本当に周りを振り回すんですよ。本人に悪気はないから怒りにくいですし。それに……」
そんな感じでバスの移動中に野崎さんはずっと朔の事を私に話したり、昔の朔の事を色々聞いて来たりした。私も部活での朔のことが知れて良かったんだけど、それにしたって朔のことを聞かれすぎて何かを勘繰ってしまう。
いろいろ愚痴ったり、かなり頻繁に朔をバカって言ったりしているのだけど、朔のことを本当によく見てくれているんだと感じたし。もしかして野崎さんは朔のことが……いや、これは私が恋愛脳すぎるだけかな。
「ヒメ、私のことがすごく好きなのは分かったから、そろそろお姉ちゃんに他の話題振ってあげたら?」
「はぁ!!??」
サービスエリアでの休憩中、朔が突然ぶっ込んできた。私は飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになり、野崎さんは大声でバスを揺らした。
私たち以外の人がバスの外に居て良かった。危うく余計な注目を集めるところだった。
「ちゃんと話聞いてた? 朔の愚痴ばっかりだったでしょ。なんでそれで私がアンタのこと好きだって事になるのよ」
「そう言っててもいつもお世話してくれるじゃん。私知ってるよ。ツンデレってやつでしょ」
「モテるからって調子乗らないでくれる? アンタなんかキライよ」
「私はヒメのこと好きだよ。私のこと支えてくれるし、何よりカワイイし」
「かわ……!? あ、アンタねぇ!」
朔、なんて恐ろしい子。なんでもないように人に好きとか可愛いって言えるなんて。こういう所も朔がモテてる所以なんだろうか。
すっかり朔のペースに乗せられてしまった野崎さんは、顔を真っ赤にしながら朔を怒鳴っているが全てかわされてしまっている。彼女の紅潮の理由は、照れてるからか、怒ってるからか、それともその両方か。
バスがサービスエリアを出発してからは、可愛い妹と後輩の愛らしい席越しのケンカを、葵ちゃんと一緒に見守っていた。
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