第25話 ネームバリュー

 相神さんたちとグループを組んでから数日は、いろんな人たちから話を聞かれた。そのせいで私の名前は学校中に広まり、朔のファンクラブの人たちからお姉様と慕われるようになった。


「もうすっかり有名人だね」

「心労が増えるばっかりだよ……私自身が人気なわけでもないし」


 噂好きな子たちや朔や相神さんのファンクラブの人たちから逃れるため、放課後の部活をサボって、白銀さんと一緒に学校から少し離れた場所にある河川敷に来ていた。


「ここまで追いかけてはこないと思うから、安心してくつろいでいいよ」

「あー、やっと解放されたー。学校から抜け出すの手伝ってくれて本当にありがとね」


 野次馬根性で話を聞きにくる人たちとか、相神さんや朔や葵ちゃんに対してガチな人たちとかから逃げるのは簡単なことではない。そんな時、人目につかないルートを知っていた白銀さんが手を貸してくれたのだ。おかげで久々に自由な放課後を過ごせている。


「ぷはー、おいしい」


 自販機で買ったリンゴジュースのキャップをひねり、一気にのどに流し込んで疲れを吹っ飛ばす。大人が仕事終わりに飲む一杯はこんな爽快感があるのだろうか。


「それにしてもすごいグループになったね。カリスマモデルの相神さん、生徒会長の椎名さん、バスケ部エースの朔さん。みんなの憧れの人がひとまとまりだもん」

「……それがね、その三人だけじゃないみたいなの」

「へ?」

「野崎さんは全国でベスト8のバスケ部のマネージャーってことで有名人らしくて、しかも小さくてかわいいって人気なんだって」


 野崎さんは女の子の中でも小柄な方で、その小ささが朔の隣にいるとさらに際立つ。そのうえで可愛いから、中等部の男子から高い人気を得ているらしい。ここ最近のあれこれで自然と情報を得るようになってから知った。


「まぁ確かに、そう考えると野崎さんが人気でもおかしくないよね」

「それに天金さんも人気らしいんだよね」

「えぇ!?」


 さっきより全然食いつきいいじゃん。それもそっか、白銀さんは天金さんが好きなんだもんね。好きな人が他の人からも人気だって知ったら不安になるのも当然だ。ここはひとつ、今日助けてくれた白銀さんにお礼として天金さんの情報を教えてあげよう。


「天金さんって基本的に相神さんの隣にいるじゃん」

「そうだね」

「それで自然と人の目に留まるわけ」

「うん」

「そこで相神さん目的に来た人が天金さんを好きになっちゃうらしいの。天金さんって顔立ち整ってるし、相神さんともタイプが違うから天金さんの方が好みってなる人も多いから」

「そ、そうなんだ」


 ジッと私を見つめて頻繁に相槌を打っていて、白銀さんは私の愚痴よりも真剣に天金さんの話を聞いている。ここまで露骨だと他の人にすぐバレちゃうような気がする。


 ……もしかして私が相神さんの話をする時ってこんな感じだったのかな。だとしたら葵ちゃんにすぐにバレてしまったのも納得だ。


 いや納得してる場合かなこれ。もしかしたら相神さん本人にも……いや、これを今考えても仕方ないか。


「それに」

「まだあるの!?」


 次の理由を言おうとしたら、白銀さんはグッと私に詰め寄ってきた。ちょっとびっくりして、ペットボトルのリンゴジュースがぐらりと揺れた。


「うん。天金さんに助けてもらったって人も多いみたいなの。荷物を半分持ってくれたとか、転びそうになったのを支えてくれたとか、いじめられてたのを助けてくれたとか」


 天金さんは相神さんがいない日の半分くらいはすぐに帰っちゃうけど、残りの半分の日は軽音部に行ったり、校内を適当に散歩したりしてるらしい。


 軽音部には所属してないけど、ドラムがすごく上手いから手本として自由に叩いてもらってるみたい。基本的に人前に出ないからその姿を見るのは軽音部だけだけど、凄く様になってるらしい。


 それで、天金さんに助けてもらって好きになった人は適当に散歩してる日に天金さんに出会ってるみたいだ。


「そうなんだ……うん、天金さんはすごく優しいよね。いつも忙しい相神さんのフォローしてるし、私の事も気にかけてくれるし」

「怖い顔してるから最初は苦手だったけど、実際に話すと優しくて賢い人だって分かるんだよね」


 適当に散歩してる日に基本的に人助けをしてるっていうのは、なんというか天金さんらしいなって思った。誰かの事を大切にできる優しさも、困ってる人に迷わず手を差し伸べる正しさも、私の天金さんへの印象と一致していたから。


「で、こうなると地味なのは私しかいないことになるの」

「じ、地味って、そんなことないよ。百瀬さんも可愛いと思うよ」

「フォローありがとう。でも、これは単純に見た目の話じゃないの。ただの写真部の私には何のネームバリューもないっていうのが問題なの」


 私にもチャンネル登録者八万人越えのVtuberっていうのがあるけど、バラすわけにもいかないし、学校での私はただの地味な写真部なのだ。


「はぁー……どうしようかなぁ」


 こんなの荷が重すぎる。今のところ色んな人に追いかけられるだけだけど、実害が出るなんてことも考えられる。私がもし逆の立場だったら、相神さんが仲良くしてる人に嫉妬してしまうだろうから。


「百瀬さんもすごい人になればいいんじゃないかな?」

「え? どういうこと?」


 私が相神さん達と並べるくらいすごい人になる。それができれば苦労はしない。でも、白銀さんが考え無しにこんな事を言うはずがない。


「百瀬さんのグループはすごい人が多いけど、百瀬さんが居なかったら成立してないんだよ」

「そうかな……?」

「相神さんが居るのは、相神さんから百瀬さんを誘ったから。会長も自分から百瀬さんのグループに入りたがってたし、朔さんもお姉さんと一緒のグループになりたがったから。こうやって考えると、このグループの中心は百瀬さんなんだよ」


 色んな人に追いかけられて気付かなかったけど、確かに改めて考えるとグループ結成の中心は私だ。


 葵ちゃんも朔も相神さんを誘わないだろうし、その逆も然り。間に私が入る事で初めてこのグループが成立するのだ。


「そう考えると確かに私すごいかも……!」

「でしょ? だから百瀬さんは臆せずに相神さん達と関わっていって、みんなに相神さん達と一緒に居ても見劣りしない人って認めさせればいいんだよ」


 白銀さんはギュッと両拳を握って、私に勇気を与えるようにニコリと笑った。


 そうか、私は結構すごいのか。有名人の繋ぎ役って考えると確かにかっこいい。それに、学校では周りがすごいだけに見えるだろうけど、私はチャンネル登録者数八万人のVtuberなんだ。


 何を臆する必要があるのか。私は堂々と相神さん達の隣に立っていればいいのだ。そうなれば自然と周りも私を認めてくれる。


「ありがとう。私、頑張ってみるよ」

「うん。応援してるね」


 重圧に押しつぶされそうになってたけど、白銀さんのおかげで前を向けた。的確にアドバイスをくれたことに感謝しつつ、どこか気が合う彼女と出会えてよかったと改めて思った。


 再びリンゴジュースをあおり、橙色に染まり始めた空を見上げた。


 林間学校まであと数日。もう相神さん達と釣り合わないなんて思わせない。堂々と胸を張って相神さん達と一緒に居るんだと決心した。

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