林間学校編

第24話 林間学校グループ結成

 中間テストも無事に終了し、梅雨入り目前となった今日この頃。テストの結果で一喜一憂し終わった学生たちの話題は、来週の林間学校で持ちきりだった。桃源学園では六月初めに、学生同士の交流と自然の中での学びを目的としてこの行事が行われる。


 今年もその例にもれず開催となったわけで、今年もグループ結成で大いに盛り上がりを見せている。誰とグループを組むかは自由だが、その構成には二つの条件がある。


 一つ目は、グループは6人であること。二つ目は高等部と中等部の混合であることだ。混合グループにするのは、普段は違う校舎で過ごしているが同じ学園の仲間である高等部と中等部の交流を促進するためらしい。基本的には部活動の先輩後輩で組むことになるのだけど、そういった交友関係がない人はグループ作りにかなり苦労するらしい。


 さて、今年で私も5回目となるわけだから慣れてはいるのだけど、今回はいつもとかなり事情が異なる。何故なら、相神さんの方から私を誘ってくれたからだ。


 全校集会で林間学校についての説明会が終わって、放課後にグループ作りが始まった時だった。とりあえず葵ちゃんを誘おうと思って席を立ったら、直後に相神さんに声をかけられた。もちろん相神さんの隣には天金さんがいた。


「百瀬さん、今年は私達と組まない?」


 私に手を差し伸べながら、まるで断られるはずがないと確信しているように堂々と勧誘された。まぁその通りで断るつもりなんてないのだけど。でも、一つだけ問題があったのだ。


「あ、あの子、相神さんから誘われてるわよ」

「うそだろ。俺は集会の帰りに誘って断られたぞ」

「そりゃお前に魅力がねぇからだ自意識過剰野郎」

「誰だっけ。知ってる?」

「百瀬南って名前だった気がする。ほら、会長と仲いい人」

「あぁ……でもあの子って相神さんと仲良かったっけ?」


 めちゃくちゃ悪目立ちしているのだ。それもそのはず。相神さんはクラスどころか学校のみんなが憧れる存在。その人がクラスで目立たない人間を誘っているのだから、いろんな憶測だってしたくなる。


「う、うん。わかった」


 そんな空間はとても居心地がいいとは言えないけど、断るという選択肢はない。後でいろんな人から話を聞かれることを覚悟して、彼女の誘いに乗った。


「私もご一緒していいかしら?」

「あ、葵ちゃん」


 まだ回りがざわついているときに葵ちゃんが合流して、周囲のどよめきが更にうるさくなる。


「いいわよ。会長と百瀬さんはいつも同じグループだったってことは知ってるから」

「それじゃあこれで四人ね。あとの二人は中等部の子を誘いましょ」


 話がトントン拍子で進んでいく。いや、葵ちゃんも相神さんも天金さんも私の友達だからグループを組むのに違和感はないのだけど、周りからしたらなんでこのメンバーの中に私が混じっているのか疑問しかないだろう。


「会長と相神さんが同じグループ!? やばすぎない!?」

「校内でもトップクラスに人気と人望がある二人が……」

「夢みたいなグループだなおい」

「百瀬さんってもしかしてすごい人なの?」


 ほらもう噂が立ってる。葵ちゃんだけの時はこんなことなかったのに、相乗効果ってすごい。そして、このメンバーに入ってくれる中等部の子っているのかな。前までは部活の子を誘ってたけど、相神さんがいるとなれば遠慮しちゃいそうだし。


 いや、当てがないわけではないんだけど、もしそれが実現したらこのグループはとんでもないことに……


「おねーちゃーん。いるー?」


 ざわつく教室を切り裂いたその声の主に自然と視線が集まる。そして、騒ぎはさらに大規模のものとなった。なんで今年に限って。当事者である私は頭を抱えるしかなかった。


「さ、さく……」

「あ、いた」


 朔は私を見つけると、隣にいる小柄な少女と共に私の机に向かって駆け寄ってきた。さて、なんで妹の登場で私は頭を抱えているのかというと、朔も例にもれず学校の有名人だからだ。


「ちょ、ちょっと! プリンスまで来たわよ!」

「しかもお姉ちゃんって言わなかったか……?」

「なるほど、あの子はプリンスのお姉さまだったのね」

「ふっ、知らなかったの? ファンクラブではそんなの常識よ」

「しらねぇよそんな異文化の常識」


 私の妹、百瀬朔はバスケ部のエースで、去年の全国大会で桃源学園バスケ部を歴史上初のベスト8に導いた。その実力だけでなく、整った中性的なルックスとクール(に見える)性格から、プリンスと呼ばれて人気を博している。ファンクラブもあるみたいで、試合の時は朔がボールを持つたびにファンの子たちの黄色い声援が飛ぶのだ。


「中等部の枠ってまだある?」

「あるよ……ちょうど二人」

「じゃあグループに入れて」


 そう、朔こそが私が考えていた中等部の当てだったのだ。しかし、朔も私もいつもは部活の友達と組んでいたから同じグループになったことはない。今年もそうなるだろうし、そもそもこのグループにさらに有名人を追加したら面倒な噂が立ってしまいそうだから同じグループになるつもりはなかった。


 まさか、朔のほうから誘ってくるとは。今までこんなことなかったのに、なんでよりにもよって今年なのだ。


「あ、はじめてましての人がいる。誰ですか?」

「ちょっと朔、こういう時は後輩の私たちから挨拶するのよ。というか、相神先輩を知らないの?」

「知らない。バスケ強いの?」

「少年漫画の主人公みたいなこと言ってんじゃないわよ。このバスケ馬鹿。さっさと挨拶しなさい」

「わかった」


 隣の少女に注意され、朔は改まって相神さんのほうを向いて挨拶をした。


「中等部三年の百瀬朔です。バスケが好きで、お姉ちゃんの妹やってます」

「同じく中等部三年の野崎のざきヒメです。バスケ部のマネージャーで、このバカの世話してます」


 そう言って野崎さんは朔を小突いた。「いたいー」とのんびりした反応を見るに、こういった扱いは通常運転みたいだ。


「……あ、その子がいつも話してるマネージャー?」

「そうそう。バスケ部の敏腕マネージャー兼スパルタコーチのヒメ様だよ」


 自己紹介を聞いて朔の話を思い出した。バスケ部躍進には、ヒメ様という陰の立役者がいるって。部員の健康管理や技術的な指導、そしてチームの戦略はヒメ様が考えているらしい。あまりに凄腕過ぎて顧問の先生も全権を彼女に持たせているとか。……部活としてそれはどうなんだ。


「そっか。野崎さん、朔がいつもお世話になってます」

「いえ、朔は突き抜けてバカですけど、バカみたいに強いですからこっちも助かってます。頭は悪いですけど」

「そ、そっか」


 今何回バカって言った? いやまぁ、ずっと一緒に居るから朔の頭の悪さについては嫌というほど共感してしまうのだけど。朔は勉強ができないだけじゃなく、なんというか、行動の一つ一つが賢くないのだ。


「あ、私もそれやりたい。葵さん、お姉ちゃんがいつもお世話になってます」

「ふふっ、こっちも南には色々助けてもらってるわ」

「おー、なんかいいね。これ」


 クールでかっこいい声で言ってるから誤魔化せてる……いや誤魔化せてるのこれ? まぁ、整った顔立ちに似合わないバカっぽいことをしてるのは変わりない。


「それで朔くん、今回のテストはどうだったの?」

「英語以外は赤点だったよ。今週の練習が補習でつぶれちゃった」

「そっかぁ……次は頑張ろうね」

「うん。次こそは全教科赤点回避するので、また勉強教えてください」

「そうだね……うん、朔くんは頑張ってるわ……うん……」


 朔は勉強してないから成績が悪いんじゃない。勉強したうえで成績が悪いのだ。だから点数のわりになぜか誇らしげでも責められない。朔はアメリカでバスケをする夢を持っているから、幼いころから英会話教室に通っていて、そのおかげもあって英語だけは平均点が取れる。


 でも、それ以外の教科は葵ちゃんのマンツーマン指導をもってしても全く伸びないのだ。葵ちゃんの指導は分かりやすくて、私でも成績が伸びたのに。


「なんというか、個性的な妹ちゃんだね」

「あ、ごめん。ほったらかしちゃって」


 相神さんを放って朔と野崎さんと話し込んでしまった。失礼なことをしてしまったと不安になったけど、相神さんは朔と野崎さんに笑顔を向けていて、怒ってなさそうだと安心した。


「別にいいわよ。楽しそうな子だってよく分かったから。それじゃあ今度は私たちが自己紹介する番ね。高等部二年の相神綾音よ。あなたのお姉さんとは最近仲良くなったの」

「そうなんですか。お姉ちゃんがお世話になってます」


 朔は相神さんにぺこりと頭を下げた。普通ならよくできた妹だと感心するのだけど、たぶん何も考えずに気に入った言葉を言ってるだけなんだよね……。


「高等部二年の天金千夏。綾音の幼馴染よ」

「おー、スケバンって初めて見た」

「失礼すぎるわこのバカ。すみません先輩。悪気はないんです。こいつはバカなだけなんです」

「別にいいよ。素直なのはいいことだし」


 失礼な物言いをした朔の背中を押して、野崎さんは朔に急いで天金さんに頭を下げさせた。天金さんの器が大きかったからよかったけど、普通ならこっぴどく怒られる案件だろう。部活の先輩に同じことして、不和が生じてないか少し心配だ。


 これを見ると、本当に朔は野崎さんにお世話されてるんだなと感じた。今度会ったときはお礼にいいとこのお菓子でもあげようかな。


「さて、これで六人そろったわね。じゃあこの用紙に名前書いていって」


 葵ちゃんがメンバーを書く用紙を取り出して机に置いた。みんながそれぞれ名前を書いていくが、その中でも周囲からの視線を感じた。有名人だらけのこのグループで、私はどんなふうに見られてるのだろうか。


 とんでもない受難が降りかかるような予感がしながら、私は上から四番目の欄に丁寧に名前を書いた。

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