第22話 嘘
今日の仕事は午前中で終わりで、午後から学校に途中参加した。昼休みに千夏から午前中の授業のノートのコピーを貰う。昼ごはんは仕事先でもらったお弁当を食べて来たから、みんなが集まってご飯を食べる中で課題を進めていた。
午前中に仕事があるときはだいたいこんな感じだ。課題は千夏の答えを写させてもらえるけど、自分でちゃんと解かないと勉強にならない。特に数学は解き方のパターンを頭に叩き込まないとダメだから、実際に自分で解かないと全く身につかないのだ。
そして午後の授業も終えて、現在は放課後に至る。他のクラスメイトは部活に行っているけど、私と千夏と佐藤のグループ4人は教室に残って適当に駄弁っていた。
「それで最近練習してるダンスが難しくてさ」
「どんなやつ?」
「これこれ」
「うわっ、どんな足の動かし方してんの」
リーダー格の子が着せ替え好きな子にスマホで動画を見せる。スマホから楽しげな音楽が聞こえてきて、曲の激しいリズムだけでダンスの難しさが何となく理解できた。
「これができなくてさ。昨日は投稿できそうな動画が撮れないまま解散しちゃった」
「へー。仮の動画はあるの?」
「あるけど」
「見たい見たい!」
「えー、ぎこちない動きしてるから見せたくないんだけど」
「ダンスしてる春美はカッコいいよ。それにサイトに投稿しない動画を見れるのって、友達特権みたいでイイ感じじゃん」
「……しょうがないわね、特別に見せてあげる」
「わーいやったー」
友達に詰め寄られて彼女はスマホで所望された動画を見せた。照れ臭かったのか、キラキラとした目で動画を見ている友達からは少し目を逸らしている。
「これもカッコいいのにダメなの?」
「芽衣は適当だからそう見えるのよ。ちゃんとした人にはダメダメに見えるんだから」
「そっかー」
彼女からすれば恥ずかしい動画を見せさせられたわけだが、楽しそうな友達を見て怒るわけにもいかなかったのか小さくため息をついた。
こうやって振り回されるリーダー格の子を見るのは気分がいい、なんて考えてたら性格悪いかな。
「ねぇ綾音、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なにかしら」
これ以上ダンスについて掘り下げられたくなかったのか、逃げるように私に話題を振ってきた。
「昨日は楽しかった?」
スマホをいじる手が止まる。まるで彼女が昨日のことを知っているかのような口ぶりだ。
「……何のこと」
「昨日百瀬とばったり会ってね。綾音の家に呼ばれたって聞いたんだけど、もしかして違った?」
彼女の言葉を聞いて、ひとまず詳しいことは知らないことに安心した。百瀬さんがバラしたのかと不安になったけど、彼女はそんなことする人ではないか。
「昨日家で一緒に遊んだのは本当だけど、百瀬さんとはどこで会ったの」
「バスの中。気合入れて可愛い格好してたわ」
百瀬さんの格好を言及したから、彼女が嘘をついている可能性は消えた。そういえば遊びに行くことを秘密にしてとは言ってなかったっけ。だったら特に問題はなさそうだ。
「可愛い格好って、どんな?」
「土曜日に買ってたやつ」
「おろしたてじゃん。めっちゃ似合ってたし、間近で見れたの羨ましいなー」
着せ替え好きな子が自分が選んだ服を着た百瀬さんを想像し、リーダー格の背後でニヤついている。
「で、なんで百瀬だけ家に呼んだの?」
「……えっと」
このまま百瀬さんの話が続くと思って油断していたら、私にとってあまりにも不都合な質問がリーダー格の子から飛んできた。私が百瀬さんを家に呼んだのは、予定がなくて一日中暇だったけど、疲れて外には出たくないと思っていたからだ。
それにノイズがない中で百瀬さんの声を楽しみたかったし、ヤヨちゃんのファンになってからなぜか購入したウィッグを使ってみたかったのもあった。
でも、そんなことをはっきり言うことはできない。声が似てるからといって百瀬さんと友達になるくらいVtuberにのめり込んでいるやばい奴だと思われてしまうし、仕事で疲労しているなんて弱みを見せるわけにもいかない。
どう誤魔化したものかと考えていたら、先に口を開いたのは佐藤だった。
「もしかしてさ、綾音って百瀬の事好きなん?」
「……は?」
まさかの話題の飛ばし方に思わず威圧的な声が出る。でも彼女は一切ひるまず、むしろどこかワクワクしたような表情を向けてきている。女子高生は恋バナが好きだけど、まさかその対象に選ばれるとは。
百瀬さんのことが好きかといわれたら、嫌いではないという答えにしかならない。ヤヨちゃんと声が似ているのはもとより、今時珍しいくらい初心な子で、リアクションがヤヨちゃんそのままで可愛い。それに昨日のことで、人と真っすぐ向き合う優しさを持っていることを知ることができた。
……今思えば、百瀬さんと出会って数日なのにいろいろ変わったな。退屈で疲れるだけの日々が変わりつつある。もしかしたら私も心から笑えるように、なんて期待を抱き始めた。
でも、恋愛的な意味で好きだとは言えない。そもそも恋なんてしたことないから好きという感覚が分からないのだけど。
「なんでそう思うの」
「結構露骨だったよー。まず百瀬を連れてきたのも綾音でしょ? それに百瀬を一緒に出掛けようって誘ったのも綾音だし、出かけた日も結構気にかけてたし、その次の日には家で一緒の遊ぼうって誘ってるんだよ? こんなの好きに決まってんじゃん」
「た、確かに!」
着せ替え好きな子が彼女の推理に感心して、大げさな身振りでリアクションをした。確かに私の行動を振り返ればそう思われても仕方ない。でもわざわざみんながいるところで話さなくても、いや、女子高生の恋バナってこんなものか。
それとも、恋仲ではないが仲がいい二人を冗談めかしてオシドリ夫婦だというのと同じように、百瀬を異様に気に掛ける私をからかってるのか。いずれにしても、私にとっては気分がいい話ではない。
「別に百瀬さんが好きなわけじゃないわ」
「えー、じゃあなんで私たちを差し置いて綾音の家に招待してるのよ」
こいつらには家の敷居をまたいでほしくない。招待しない理由はたったこれだけだ。百瀬さんは私の好感度がプラス寄りの人間だが、彼女らは明確にマイナスなのだ。でも、これも誤魔化さないと面倒なことになる。
「家にあんまりたくさん人を入れたくないのよ。落ち着かないから。あなたたちを誘ったら4人で来るでしょ」
「はぁ、そんな事情があったのね。てっきり嫌われてるのかと」
「そんなわけないでしょ」
変なところで勘がいいな。その鋭い勘を活かしてもっと周りを気遣えばいいのに。
「じゃあさ、なんでいきなり百瀬を私らのグループに入れたの?」
さっきよりも言い訳を考えるのが難しい質問をされてしまった。百瀬さんと友達になりたいという、説得力があって後々面倒なことにならない理由……そんなものはなかなか思いつけるものじゃない。
「百瀬さんの声が綺麗だから」
変に黙り込んで詮索される前に答えを出さなければと頭をフル回転させて思いついたのは、そんな一言だった。声が綺麗だからって、高校生が友達になりたい理由ランキングを作ったら、どんなに良くても中位が関の山という理由。流石の佐藤も目を丸くして私を見ている。
嘘はついていない。声の綺麗さの指針としてヤヨちゃんを考えたことを隠しているだけだ。
「声が綺麗って……たしかに可愛い声してるけどさ、それで友達になりたいなんて思うものなの?」
「……べつに友達になりたかったわけじゃないわ」
「え?」
「私を癒すために綺麗な声を聞かせてくれれば何でもよかったの」
これも嘘ではない。だって、最初は本当にそう思っていたから。
「どういうことなの」
「ヒーリングミュージックってあるでしょ? 音楽とか環境音を聞いて心と体を癒すってやつ。私にとって百瀬さんはそのためのスピーカーみたいなものよ」
これは半分嘘で半分本当。きっと、昨日の出来事がなかったら全部本当だったでしょうね。最初の私は声以外に百瀬さんに価値を見出していなかったから。でも、昨日の出来事で百瀬さんは私の現状を変えられる存在かもしれないと思い始めている。
依然として百瀬さんにヤヨちゃんを重ねてはいるけど。
「だから私が百瀬さんに何をしようが大した理由はないわ。全部スピーカーの手入れだとでも思って」
「はぁ、なるほど……綾音も悪いことするわね」
「百瀬さんも楽しんでるみたいだし別にいいでしょ」
「……だからこそだと思うけど。後で痛い目見ても慰めてあげないからね」
「はいはい」
佐藤はこの話が終わると、今度は最近話題のドラマについて着せ替え好きな子と話し始めた。面倒な局面を切り抜けてため息をつくと、ずっと無言で後ろに立っていた千夏が教室の扉に向かって歩き始めた。
「どうしたの」
「今日の日誌、先生にもっていこうと思って」
「今日の担当って千夏だっけ」
「会長の机の上にあった。こんな時間まで取りに来ないとなると多分忘れてるだろうから、代わりに持って行ってあげるの」
「ついて行こうか」
「わざわざ二人で行く必要はない」
「まぁ、そうだね」
それだけ言って千夏は教室から出て行ってしまった。いつもなら同行を許してくれるのに。もしかしたら昨日甘えすぎたからその分厳しくされてるのかな。千夏が人に与える優しさの総量は決まってる、みたいな。
まぁすぐに帰ってくるだろうし、気にすることでもないか。
○○○
「廊下で走るなって、小学校で習わなかった?」
夕暮れが照らす廊下で、天金は走る彼女の肩を掴んで止めた。放課後の廊下には彼女ら二人しかおらず、静寂の中で捕まった彼女はゆっくりと振り返った。
「触らないで、クズ」
振り返った少女、椎名葵は怒りで歪んだ顔を天金に向けた。
「会長のそんな顔初めて見た」
「こんな顔させてるのはアンタらでしょうが」
相神の幼馴染の天金と百瀬の親友の椎名、この二人が抱える感情が、今まさにぶつかり合おうとしていた。
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