第15話 ファッションショー

 私にファッション知識はほとんどない。ファッション誌は買っているけど、それはかっこよかったり、可愛かったりする相神さんを見るためであって、最近のトレンドを知るためではない。


 そういうわけで、私が今から着るコーディネートは全部相神さんの指定したものだ。別に私の趣味ではないし、可愛く見られたいと思って狙ったものじゃないってことは先に言っておきたい。


「おぉ、可愛いじゃん」

「あ、ありがとう、ございます」


 相神さんの部屋で始まったファッションショーは、開始から1時間以上が経過していた。あのクローゼットにはいったい何着の服が収納されているのだろうか。


 そして相神さんは、自分が指定した服を着ている私の周りをぐるぐると歩きながら眺めている。


「ちょっと派手なのもイケるね」

「も、もういいですか……?」

「ダーメ。私が満足するまで」


 恥ずかしすぎて限界な私を、相神さんは容赦なく笑顔で引き留める。


 今私が着ているのは空色の肩出しワンピース。惜しげもなく晒された肩も膝下の脚もスースーして恥ずかしい。普段こんなに肌を晒すこともないのに、それを相神さんにジロジロ見られるなんて。


 これだけでなく、腹出しのストリート系ファッション、メイド服、メルヘンなドレス、シンプルながら可愛いガーリーファッションなどなど、色んな服を着せられた。


 その度に相神さんが満足そうな顔をして可愛いって言ってくれるのは嬉しいのだけど、時間が経つにつれて褒められる興奮より、こんな姿をまじまじと見られる恥ずかしさが勝るようになってきた。


 今はもうゆでだこくらい赤くなってしまっているんじゃと思うぐらい自分の顔が熱い。というか、肌を出す服を結構選んでくる。ピンクのウィッグを渡してきたりしたし、相神さんは人の普段見れない姿を見たいのかな。


「えっと、もういいかな?」

「……ちょん」

「きゃひっ」


 相神さんは突然私の肩をつついてきた。彼女の細くてきれいな指はさらされた私の肌にぷにっと沈み、こそばゆい刺激が嬌声を誘発した。


「……えっと」

「声も可愛いんだね」

「あ、相神さんのヘンタイ!」


 好きな人相手とは言え、ここまでのセクハラは我慢できない。腰を曲げて私の顔を下からのぞき込むような体勢の相神さんを両手で突き放す。力が弱い私ではそこまで距離を取ることができず、体勢を立て直した相神さんは私を見て妖しく笑った。


「そんな可愛い反応されると、もっといじめたくなっちゃうなぁ」

「こ、これ以上やったらケーサツ呼ぶよ!」

「ははっ、ごめんごめん。冗談だって」


 両手を合わせて謝る相神さんからは妖しい雰囲気はすっかり消えていて、明朗な笑顔を見せてくれた。相神さんがこんな冗談を言うなんて、クールで大人な印象があったけど、意外とおちゃめな一面もあるんだな。


 というか、ファッションショーが始まってからずっと楽しそうだ。昨日出かけた時はあんまりこんな笑顔見せなかったのに。


「本当に恥ずかしかったんだからね」

「うーん……なら、何かお詫びしたら許してくれる?」

「え……お、お詫びって何してくれるの?」

「百瀬さんが決めていいよ。せっかく来てくれたんだし、楽しんで帰ってほしいから」


 今日の相神さんは異様に気分がいいみたいだ。ニコニコ笑って何でもしていいって、普段のクールな相神さんからは考えられない発言だ。それなら全力で乗っかるのが友達というものだ。


「なら、今度は相神さんがファッションショーして。私もカッコよくて可愛い相神さんが見たい」

「そんなことでいいんだ。先に言っとくけど、人に見られるのは慣れてるから百瀬さんみたいなかわいい反応は期待しないでよ」

「そんな邪な考えしてないよ。相神さんじゃないんだから」

「アッハハハ! なかなか言うじゃん。へそ曲げちゃってかーわいい」


 相神さんの揶揄いに口を尖らせると、それすら可愛いと言われてしまった。こんなにも明るく笑って私の全部を褒めてくれるなんて、綺麗な金髪なのも相まってまるで漫画のギャルみたいに見える。


「……あの相神さんも素敵だなぁ」


 相神さんが着替えるために部屋を出て行った後、途中から持って来てくれたクッキーを齧りながらそんな感想をぼやいた。


 相神さんが普段と違う面を見たがるのもわかる気がしてきた。というか、家にいる時に見せる姿ってことは、明るくてよく笑う姿が相神さんの素の状態なのかな。


 そうだとしたら天金さんが相神さんを気にかけるのも分かる。自分の友達があまり仲良くない人に囲まれて、クールな自分を取り繕ってるのを見たら心配になるだろう。


 何もかもを拒絶してた中、私だけを受け入れた……やっぱり、そういうことなのかな。


「お待たせー。バッチリ決めてきたよ」


 普段とは違う相神さんについて考えていたら、着替えた相神さんが帰ってきた。扉を開けて姿を現した彼女は、セクシーなノースリーブの赤いドレスを身に纏っていて、まるでパーティーに参加する良家のお嬢様みたいだった。


 少し透けて見える生地を使っていて、私が着た肩出しワンピースとはまた違ったセクシーさがある。


「どう?」

「すごく大人っぽい」

「ふふっ、そうでしょ。このドレス、貰ったはいいけどパーティーに行く機会なんてないからなかなか着れなくてね。綺麗で気に入ってたからまた着れてよかったわ」


 相神さんはそう言うと、私の目の前でくるりと回って見せた。ふわりとドレスが波打って、彼女の軌跡を輝く金髪が描く。


 本来は存在しないはずなのに、キラキラした欠片が彼女の周りで輝いているように見えた。私の恋が見せた幻覚に見惚れてしまって、私が今彼女にどんな目を向けているか気をつけることなんてできなかった。


「百瀬さんには刺激が強すぎたかな?」

「え、あ、いや」

「そんなに熱い視線を向けられるとねー。純粋に見えて意外とムッツリなんだ」

「あうあぁ……」


 やってしまった。でも、無理だよ。好きな人がセクシーな格好してるのに平然としてるなんて。


「どうする? 実はもっと派手な服があるんだけど、見たい? ムッツリさん」

「うぅ、あんまりいじめないでぇ……」


 手遅れながら目を逸らした私に、相神さんはゆっくりと詰め寄って、わざとらしく愉しそうに囁いた。


「ふふっ、ごめんごめん。百瀬さんってからかい甲斐があるから、つい」

「……相神さんのいじわる。昨日みんなとお出かけした時は優しかったのに」

「みんなに純粋な子をいじめるヤバい女だと思われたくないからね」


 真っ赤になった顔を隠しながら相神さんの非道を訴えると、彼女は私の頭を撫でながら弁解した。頭を撫でられたのが嬉しくて、それだけで許してしまいそうになったけどなんとか踏みとどまる。


「それと、百瀬さんといっぱいお話ができて嬉しいっていうのもあるかな」

「え?」

「実はね、百瀬さんは初めて私から声をかけて友達になった子なんだ」


 相神さんが明かした衝撃的すぎる事実に、照れとか緊張とかが全部吹き飛んだ。まだ若干赤い顔を彼女に向けて、彼女の言葉に耳を傾ける。


「親が有名人だからさ、昔から私の周りには誰かが居たの。私がモデルとして有名になってからはもっと増えてね。だから自分から友達になって欲しいって言わなくてよかったの」


 相神さんの親……詳しくは知らないけど、たしか有名な女優さんとバンドマンなんだっけ。今の友達の佐藤さんたちはカリスマモデルの相神さんと仲良くなりたくて近づいてきたらしいし、彼女が言っていることは本当だろう。


「前まではそれで良かったんだけどね。でも、それだと疲れるばっかりだって気付いたの」

「……やっぱり、佐藤さんたちとの付き合いは本当に望んだものじゃないんだ」

「まぁ……ね。千夏にも心配されちゃってるし。だから、変わらないとって思った」

「それで、私を選んだのはどうして?」


 さっきまでの雰囲気から一転、シリアスなムードになった中で彼女の心を知ろうとした。私だけを受け入れてくれた理由、それを知ったらもっと相神さんのことが理解できるはず。


 そしたら大好きな人にもっと近づけるし、天金さんに頼まれた心の支えにもなれる。


「……笑顔が可愛かったからかな」


 照れくさかったのか、相神さんは目を逸らしながらそんな事を言ってのけた。


 え、いや、まって、なんて言えばいいのか分からない。笑顔が可愛いって、そんな、面と向かってそんな事を言われるなんてラブコメでしか見たことないよ。


「あぁ、この子は悪い子じゃないなって。そう確信できたから友達になろうって思ったんだ」

「その、私はお眼鏡にかなったかな……?」

「今の私を見れば分かるでしょ。百瀬さんと一緒にいるのは楽しいよ」

「あ、ありがとうございます!!」


 初めて自分から友達になろうと思った。笑顔が可愛い。一緒にいると楽しい。相神さんから贈られる嬉しすぎる言葉に感極まって、今までにないくらい大きな声で感謝の声が溢れ出した。


「お礼を言いたいのは私の方なんだけどな。ふふっ、やっぱり百瀬さんは面白いね」


 突然大きな声を出した私に若干引きながらも、またすぐに楽しそうに笑ってくれた。相神さんを癒せている。相神さんの本当の友達になれている。


 相神さんと二人きりで遊べた以上に、この確信を得られたことが今日の1番の収穫だ。


 ○○○


 ファッションショーの後、一緒におやつを食べたり、可愛い動物の動画を見たり、勉強でわからないところを教えてもらったりして、二人きりの時間を楽しんだ。


 そして時間はあっという間に過ぎて午後六時。そろそろ暗くなってきたから帰ることにした。


「今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがとね」

「こっちも、こんなに笑ったのは久々かも」


 今日のことを振り返りながら、相神さんの部屋を出て階段を降りていく。薄暗いリビングに到着すると、あることが少し気になった。


「相神さんは今日のご飯どうするの?」


 相神さんの親は忙しいのだろうけど、日曜日なのにこの時間まで帰ってこないのは少し違和感があった。


 そう思って質問しながら振り返ると、相神さんから笑顔が消えていた。


「べつに、いつも通り一人で食べるよ」


 今まで知っていたクールな相神さんとも、今日初めて見た明るい相神さんとも違う。


 冷たい。相神さんに対してそんな印象を抱いたのは初めてだった。天金さんが言っていた全てを拒絶する相神さんは、きっとこれだ。


「……いつも一人で食べてるの?」

「うん。二人はいつも忙しいから」


 言葉は平静そのものだった。平静すぎて、違和感を抱くほど。そこから、長い時間が彼女に植えつけた諦観を察するのは簡単だった。


「えっと、ちょっと提案なんだけど」

「なに?」


 目から光が消えた相神さんが無理矢理笑顔を作る。私はこのまま帰っちゃだめだ。相神さんを癒して天金さんとの約束を果たすためには、こんな相神さんを放置するわけにはいかない。


「今日は一緒にご飯食べない?」


 友達になって数日なのに踏み込み過ぎかもしれない。でも、きっと私にしかできないことだから。


「え……いや、私はいいけど百瀬さんは大丈夫なの?」

「バスは夜にも走ってるから大丈夫だよ」

「でも、そんなに気を遣わなくても」

「気を遣ってなんてないよ。私がもう少し相神さんと一緒に居たいだけ」


 流石の相神さんも遠慮している。でも、迷惑ってわけじゃなさそうだ。だったらこのまま前に進むだけだ。


 何かを変えたいなら、勇気を持って一歩踏み出すしかない。それはきっと誰かを助けたい時も同じはずだ。


「なら、いいよ」

「よかった。じゃあ何食べよっか」


 相神さんの手を取って、光を失った目を見つめる。すると、彼女の冷たい目は少しずつ色を取り戻していった。


 良かった。私の言葉は相神さんに届く。私は拒絶しないでいてくれる。だったら、私が相神さんの抱えているものを取り払ってみせる。


 辛い思いをしている相神さんのためにも、相神さんを心配している天金さんのためにも、そして相神さんが好きな私のためにも。

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