第14話 お茶会

 改めて感じるのは清潔感。相神さんの部屋だけでなく、この家の全てが綺麗に掃除されている。こんな豪邸なのによく掃除できるなぁと感心していたら、扉がノックされた。


「ごめーん。両手塞がってるから開けてー」

「わかったー」


 立ち上がって扉を開けると、その向こうからお盆を持った相神さんが現れた。家に来れたという興奮で注目できていなかったけど、今日は相神さんの部屋着を見られるのだ。


 相神さんの部屋着は緩めのピンクのパーカーにショートパンツ。相神さんの綺麗な御御足が惜しげもなく晒されていて、吸い込まれるように見てしまう。


 さらに角度によってはパーカーの余った部分がショートパンツを完全に隠してしまい、何も履いていないように見える相神さんにドキリする。


 何か見てはいけないものを見ているような、でも思わず見てしまう。部屋着の相神さんにすっかり夢中になってしまっている。


「はい、どうぞ」

「これって、ハーブティー?」


 相神さんは持ってきたお盆をローテーブルに置くと、アンティーク調のティーカップにお茶を注いだ。透き通った小麦色のお茶からは心が落ち着く香りがして、部屋に広がっていく。


「今どきは通販で楽に取り寄せられるからね。美容と健康には気をつけてるの」

「へぇ、やっぱりこういうのって美容にいいんだ」

「成分そのもの以外にも、この香りがストレス軽減になったりもするのよ」


 そう言って相神さんが一口飲んだから、それに倣って私も一口飲んでみる。香りとは裏腹に味は結構渋い。コーヒーや紅茶には砂糖を入れる私には少しキツかった。


「砂糖入れる?」

「あ、えっと……顔に出てました?」

「そうね。渋いーって、目をキュッとしてた」

「そ、それはお恥ずかしいところを」


 せっかく出してもらったものが口に合わなかったって言うのは失礼だと思って我慢してたけど、全部顔に出てたなんて。


 半分目を逸らしながら、相神さんが差し出してくれたシュガースティックを受け取る。砂糖を入れて飲んでみると、渋味がなくなって飲みやすくなった。


「美味しいでしょ」

「うん。でもこれお砂糖の味が入ってるからどうなんだろう……」

「いいんじゃない? 私も味より香りを楽しんでるし。人それぞれよ」


 相神さんは言葉通りにティーカップに花を近づけて、目を瞑って優雅な表情で香りを嗅いでみせた。


 大きめのパーカーというラフな格好なのに、まるで花園でお茶を嗜むお嬢様みたいな気品を感じる。流石相神さんだ、一つ一つの動きに威厳がある。


「ひとまず落ち着いたわね。さて、どうしようかしら」


 相神さんは中身が半分ほどになったティーカップをテーブルに置いて、私と目を合わせた。まさか何をするかは私が決めるの? 相神さんの家に呼ばれたことで頭がいっぱいだったから何も考えていない。


「あっと、えっと」

「冗談よ。私が呼んだんだから、そのあたりはちゃんと考えてるわ」


 相神さんは困ってる私を見て揶揄うように笑うと、立ち上がってクローゼットを開けた。その中には服屋さん顔負けなほど、いろんな種類の服が収納されていた。


「それって……?」

「私が昔着てた服よ。こういう仕事してるから服を貰うことも多くてね。捨ててしまうのも勿体無いし、譲れる人も居ないからから溜まっちゃった」


 相神さんはこんなに服がある理由を解説しながら、適当に二着取り出して見せた。確かに今の相神さんが着るには一回りが二回りほど小さい。


「えっと、それをどうするの……?」

「これを百瀬さんに着てもらおうかなって」


 相神さんは両手に持っていた服を掲げながら、楽しそうに笑った。


「え?」


 反射的に困惑の声が漏れる。さっきまで相神さんと二人きりという状況にドキドキしていたのに、それも完全に吹き飛んまうほどの衝撃だった。


「着せ替えってこと?」

「そうだよ」

「……なんで?」


 カリスマファッションモデルの相神さんを前にして、私がそんなモデルの真似事をする理由がまるでわからない。しかもこれが目的でわざわざ私を家に呼んだみたいだし、相神さんは何を考えてるのか。


「なんでって、私が見たいからよ」

「見たい……? 見たいって、私を?」

「それ以外に誰がいるのよ。もしかして天然ちゃんなの?」


 何を当然みたいに進めているのだろうか。でも、この空間にいるのは相神さんと私だけ。ならばここでの常識は相神さんが決めるのだ。私が何を言っても引きそうにないし……。


「あ、うん、そうだよね。私がそれを着て見せればいいの?」

「うん。あとこれも被ってね」


 そう言って相神さんに手渡されたのはピンクのロングヘアのウィッグ。既視感があるなと思ったら、愛神ヤヨの髪型と同じだ。


 もしかして相神さんは私の正体を知っていて、なんてそんなのあり得ないか。相神さんがVtuberを見ているなんて思えないし、そうだとしても最近知り合ったばかりの私が愛神ヤヨだと分かるわけがない。


「えっと、なんでこれ被るの?」


 それはそれとして理由は気になる。


「うーん、いつもと違った百瀬さんが見てみたいなって思って」


 友達になって一週間足らずなのに、いつもと違った私が見たいって。相神さんは意外と飽きっぽいのか、それともいつも刺激を求めているのか。


 でも、憧れの相神さんに私を見てもらえるならこんなに嬉しいことはない。


「そうなんだ。うん、相神さんが見たいならやってみるね」


 疑問は全部解決したので、私は相神の提案を受け入れることにした。かなり緊張するけど、相神さんがリクエストした服を着て来たら可愛いって言ってもらえたし、もう一度可愛いって言ってもらえるかも。


 それに、可愛い服を着て可愛い私を見せれば、もしかしたら相神さんも私を好きになってくれるかも。なんて淡い期待を抱きながら、とりあえずピンクのウィッグを受け取った。

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