第13話 お出迎え

 指定された家に到着した。住宅街にあるその家は、明らかに異彩を放っていた。


「すご……」


 漫画のような豪邸ではない。しかし、黒い柵に囲まれた二階建ての家には犬が元気に駆け回れそうなほどの大きさの庭があり、二階にはベランダがあるのが見えた。もし親がいなくて相神さんと二人きりなら、空間を持て余してしまうのは間違いないだろう。


「インターフォンは……これかな」


 玄関に直通ではなく、その前には迫力のある門がある。大きな門の扉の横にちょこんと設置されたインターフォンを押す。音は何も聞こえなかったから壊れているのかと思い、もう一度押そうとしたらインターフォンから彼女の声が聞こえた。


「今開けるからちょっと待っててね」

「は、はい」


 一瞬遅かったら恥ずかしいところを見せるところだった。そして門の向こうからカチャリという音がして、扉が開いて相神さんが顔を出した。


「いらっしゃい。待ってたよ」

「ど、どうも。今日はお世話になります」

「そんなに緊張しなくていいよ」


 相神さんは柔らかい笑顔で私の手を取ると、そのまま門の内側に引き入れた。中に入るとコンと硬い地面の音がした。下を向くと白いレンガの道が玄関まで続いていて、その両脇には芝生が広がっていた。


「凄い庭だね」

「広いだけだよ。全然使わないし」


 こんなに広い庭を気に留めずに通過し、玄関の扉を開ける。玄関は何十人も招待しても靴の置き場に困らないくらい広いけど、靴はほんの数セットしかなかった。リビングまで続くだろう空間には綺麗な花が生けられた花瓶や観葉植物が置かれていて、高級ホテルのような清潔感と気品がある。


「おじゃまします」


 靴を脱いで相神さんの家への記念すべき第一歩を踏み出す。フローリングの床は艶があって滑ってしまいそうだった。相神さんに連れられて廊下を歩くと、信じられないほど豪華な空間に招待された。


 高級そうなソファがガラスのテーブルを囲うように設置されていて、その真ん前には私の家の倍くらい大きな画面のテレビがブラウンのキャビネットの上に置かれていた。


 大きな窓からは広い庭が見えて開放感があり、ただでさえ広い部屋が更に広く感じる。天井を見上げれば旅行先でしか見ないような綺麗な照明がぶら下がっている。


「わ、わぁ……」


 感嘆の声が漏れる。この人より優れた環境が、彼女が普段から漂わせている完全無欠なオーラの裏にある自信の出どころの一つなんだろう。


「感動してるとこ悪いけど、遊ぶ場所はここじゃないわよ。ここは二人じゃ広すぎるから」

「あ、そうだよね」


 こんな広い空間で二人きりになったら、会話が途切れた時の気まずさが半端ないことになる。ん? そうなると別のところに案内されるってことで、リビング以外で友達を誘うところとなれば。


「私の部屋に案内するね」


 きゅっと喉奥が絞られるような感覚に襲われる。緊張と驚愕と歓喜でどんな顔をするのが正解かわからない。まさか、相神さんに声をかけられて一週間足らずでお部屋に入ることができるなんて。


「相神さんの部屋、楽しみだな」


 満面の笑みで飛び跳ねて喜びそうになるのを抑えて、にこやかにリアクションをする。


「楽しみって、何の変哲もない普通の部屋だよ」


 部屋に案内されただけで楽しそうな私に、相神さんは困り眉を見せた。やっぱり興奮が抑えきれていなかったのかな。


 前を歩く相神さんについていき、階段を登って2階に到着する。広い廊下からはドアが五つ確認できて、相変わらずのスケールに圧倒される。


「ここだよ」


 相神さんはそう言って、階段を登ってすぐの扉を開いた。扉の向こうに見えた部屋には、彼女が言った通り特別なものは何もない。


 でも、私にとってその部屋は相神さんの部屋というだけで特別になる。ホワイトのフローリングの床に桃色のモフモフのカーペットが敷かれている。壁紙は白と青の縦縞で、端に設置された勉強机には教科書ではなくファッション誌が広げられていた。


「改めて、今日はくつろいでいってね」


 部屋に足を踏み入れると、慈愛の顔で改めて私を歓迎してくれた。家に到着してすぐなのに、私の胸の内はほとんど満たされている。このまま夕方まで過ごしてしまったら私はどうなってしまうのか。


 そんな不安に似た恋の緊張をしていたら、相神さんが私の黒いリボンに触れた。大好きな人の顔が今日一番近い距離まで寄ってきて、ブワッと顔が熱くなる。


「昨日の服、着て来てくれたんだ」


 静寂に包まれた二人きりの部屋で相神さんの囁きだけが聞こえる。彼女の手によって私の中の熱が高まるのを感じる。


「そ、そういう約束だったから……」

「そうだった。ふふっ、覚えてたんだね。律儀で可愛い」


 この服を買った時に相神さんが言った、次遊ぶときはこの服を着て来るという約束。そんな大事なものを忘れるはずがない。相神さんに褒められて口元がニヤけてしまいそうになっていたら、頭に柔らかい感触が触れた。


「よしよし、偉いね」

「あ、あわわ……」


 至近距離で相神さんに微笑まれながら頭を撫でられる。妄想でもやらないような夢のような状況に、私のあらゆる我慢は無駄になった。


 自分の耳に聞こえて来る私の心臓の鼓動、抑えきれない感激の声、そして誤魔化しの効かない朱色に染まった頬と体に籠った熱。


 佐藤さんにバレてしまったように、相神さんにも私の恋心がバレてしまうのではないか。いや、こんなによくしてもらえるなら相神さんも私が好きなのでは。それならバレてしまった方が好都合なのでは。


 そんな思考をしていたら、相神さんの手は私の頭から離れていってしまった。


「飲み物持って来るから待っててね」


 ボーッとその場に立ち尽くす私に手を振って、相神さんは部屋を出ていった。


「あ、あ……はあぁぁぁぁぁぁ……!」


 部屋の中で一人になった私は、ガチャンと扉が閉まると同時に頭を抱えてその場にへたり込んだ。私の胸の内の恋心が今にも爆発してしまいそうだ。


 もうこの場で告白してしまおうか。そんなことまで考えた。でも、暴走してしまいそうな自分をなんとか落ち着かせる。


 天金さんの言葉を理解していない私は、相神さんのこともまだ分かっていない。現に今の私はかっこいい相神さんに心を振り回されてばかりだ。


 ここで二人きりという利点を活かして相神さんのことを知る。そうすることで天金さんに頼まれた通り相神さんを癒せるヒントを得て、その上で私の恋を成就させるヒントも手にできるかも知れない。


 一旦心を整えた私は、白色のローテーブルの近くに置かれたピンクのクッションに座った。

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