第12話 道中

 小さなピンクのバッグを肩にかけ、昨日買った服を身に纏う。母さんに手伝ってもらって化粧もして、準備はバッチリ。確認のためにスタンドミラーの前に立つと、それに映っている少女が自分だとは思えなかった。


「……メンヘラ?」


 グレーのフリル付きブラウスに黒色のリボン、膝ぐらいまでの黒いスカート、そして母さんがこれが合うと言って渡してきたハートのヘアピン。さらにこのファッションに合うようにメイクしてもらったから、完全に地雷系な見た目になっている。


 漫画で登場するメンヘラキャラって大体こんな見た目だったっけ。いくらなんでも変わりすぎている自分が怖くなってきた。


「お、そんなにめかしこんでどうしたんだ?」


 玄関のスタンドミラーで見た目を確認していたら、2階から降りてきた父さんが話しかけてきた。ボサボサの髪を手櫛でほぐしながら、眠たげな目を擦っている。もう昼なのにこんな時間に起きてくるなんて。


「友達の家に遊びに行くんだ」

「おぉ、そっか。こんなに可愛い南と遊べる友達は幸せ者だなぁ」

「いや、そんな……」

「でしょー? 今のみなちゃんすっごく可愛いわぁ。私が一緒にお出かけしたいくらい」


 父さんの言葉に反応して、リビングから母さんが顔を出した。いつも朗らかな母さんだけど、今日は普段より増してニコニコしている。


「もう、揶揄わないでよ」

「えぇ、私たちは本気で言ってるわよ。ね?」

「あぁ。南はすごく可愛い」


 私の両親はいつもこんな感じだ。私には妹がいるけど、同じように可愛がられている。いい両親なのは間違いないけど、この歳になってこんな形で可愛がられるのは恥ずかしい。


「……はぁ、もう行くからね」

「はーい、いってらっしゃい」

「怪我には気をつけろよー」

「うん。いってきます」


 両親に見送られて、玄関から外に出る。目指すは5分くらい歩いた場所にあるバス停。昼の熱い時間帯に出てきたせいで、少しずつ汗をかいてきた。ようやくバス停に到着し、バス停の屋根の影に入って一息つく。汗を拭いて待っていたらすぐにバスが来た。


 バスに乗り込むと涼しい風が出迎えた。時間帯のおかげでかなり空いていて、広々と席を使えそうだった。ここから十分くらいで相神さんの家の最寄りのバス停に到着する。


 少しの待ち時間だけど、歌枠のレパートリーを増やすために最近流行っているアニメソングを聞こうとワイヤレスイヤホンをバッグから取り出した時だった。


「あれ、もしかして百瀬か?」


 隣の席から私の名前が呼ばれた。声がした方を向くと、ヘッドフォンを首にかけている佐藤さんが座っていた。まさか佐藤さんと同じバスに乗っていたなんて。もしかして、佐藤さんも相神さんに呼ばれているのだろうか。


「昨日ぶりだね」

「マジで百瀬か。そんな格好してどこ行くの。もしかしてパパ活か?」

「ち、違うよ!」


 揶揄う様子もない普通の顔のまま失礼なことを言ってきた。確かに昨日と全然格好が違うし、そういうことを疑いたくなるのはわかるけど。そんな堂々と聞いてくるかなふつう。


「相神さんの家に呼ばれたんだ。佐藤さんこそどこに行くの?」


 すぐに弁解して、今度は私から質問を投げかけた。


 佐藤さんの今の服装は白いヘッドフォンにパーカー、デニムのショートパンツ。堂々と晒された生足はモデルみたいに綺麗で、相神さんばかりに注目してた昨日は気付かなかったけど、佐藤さんもかなりスタイルがいい。


 そんな彼女が一人でバスに乗ってどこを目指しているのだろうか。私が相神さんの家に行くって言った時にそれほど反応しなかったから、私と同じ目的ではないみたいだけど。


「ダンスしに行くの。趣味と実益を兼ねてね」


 佐藤さんはそう言ってスマホの画面を見せてきた。スマホには佐藤さんと二人の女の子が踊っている動画が流れていて、真ん中にいる佐藤さんの動きはかなりキレがあった。素人の私でも見入ってしまうくらいに。


「昔からダンス教室に通っててね。この二人はそこの友達。ダンスは楽しいし、スタイル維持にも役立つし、動画を上げれば色んな人に褒めてもらえるし。いいことずくめな訳よ」


 そうやって動画を見せる佐藤さんは楽しそうで、本当にダンスが好きなんだな。再生回数も多くて、動画投稿にやりがいを感じているみたいで、その感覚私もわかるなぁと心の中で共感した。


「まぁ私の話は置いといて、そっちは綾音から誘われたの?」

「うん。昨日の夜に連絡してもらったの」

「へー……綾音から誘うなんて珍しい」


 佐藤さんは足を組み直して、軽く握った拳に頬を置いた。


「そうなの?」

「うん。遊ぶ時は基本的に私から誘うの。それに、綾音の家に行ったことないんだよね」

「え?」


 口がポカンと開いて間抜けな声が出た。確かに高校生になるとお互いの家に遊びに行く機会は減るかも知れない。でも、友達になって数日の私が家に誘われているのに佐藤さん達が誘われたことないなんて。


 白銀さんが言っていた通り、本当に佐藤さん達と相神さんは微妙な関係みたいだ。


「まぁ、別に行きたいわけじゃないけど。それで、天金は来るの?」

「いや、私だけって言ってたよ」

「そうなの。へぇ……」


 何が意味ありげな含み笑いをすると、組んでいた足を解いて私の方を向いて立ち上がった。


「その服、昨日買ってたやつだよね」

「そうだけど……」

「ばっちりメイクまでしちゃって。もしかして綾音にホの字?」

「な、あ、いや……」


 いきなり核心をつく問いを投げられて、思いっきりファンブルしてしまった。そのミスで疑念が確信に変わったのか、佐藤さんは私に顔を近づけて悪戯っ子みたいに笑った。


「あららぁ、こんな純情な子を引っ掛けちゃって。綾音も罪な女ね」

「い、いや、全然そんな……相神さんはかっこいいと思うけど、好きだとかそんな……」

「隠さなくていいよ。他の子にバラすつもりもないし」


 まさかこんなに簡単にバレてしまうなんて。でも、それもそうか。昨日買ったばかりの服を着て、バッチリメイクもして相神さんの家に向かっている。こんなの見たら疑うに決まってる。


「まぁ頑張りなよ。綾音相手じゃ苦労するだろうけど」

「あ、え……」


 佐藤さんはそう言って立ち上がると、バスが停車した。どうやら佐藤さんの目的地に到着したようだ。


「が、頑張ってね」

「はいはーい。そっちもね」


 佐藤さんは背を向けたまま手を振ってバスを降りていった。一人取り残された私は、秘密がバレてしまってどうなるのかという不安に襲われる。


 私の佐藤さんへの印象はそんなに良くない。相神さんと仲が悪かったり、白銀さんから話を聞いたりしての印象だから。


 でも、今日話した印象はそんなに悪くない。少し揶揄われたけど、女の子が好きなことについて何も言わなかったし、彼女の言葉を信じるならそのことをバラすつもりもないみたい。


 でも、裏で佐藤さんが何を考えているかは分からない。さっき佐藤さんが言ったことが本心であることをただただ祈る。


 今後どうなってしまうのかという不安を抱えながら、私はバスで目的地まで運ばれていった。

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