屋根の下で二人編
第11話 おうちにご招待?!
今でも夢みたいだ。大好きな人と一緒にお出かけできるなんて。お風呂と夕食を終えて自由になった私はベッドの上で今日のことを回想していた。満員電車で息が詰まりそうだったところを守ってくれたイケメンっぷりはすごかった。田中さんの着せ替え人形にされたときも可愛いって言ってくれて、普段買わないような服を買ってしまった。
グレーのフリル付きブラウスに黒色のリボン、膝ぐらいまでの黒いスカート。まだタグが付いているそれは、自分の意思だけでなく、相神さんの意思がなければ買うはずがないもの。つまりは相神さんの色に染められる、みたいな。
いやいや、何を考えてるんだ私は。こんな風に考えてるって相神さんに知られたらドン引きされてしまう。一旦この昂ぶりを抑えなければ。一時間後に配信をするのだから。つい変なことを言ってファンが減ってしまったら大変だ。
「次に会うときはこれ着るのかぁ……ふふっ、なんかいいなぁ」
とはいえ、初めてのお出かけであんな刺激を受けたら正気を保てるはずがない。浮ついた気持ちは一向に降りてくる気配はなく、あの服を見る度にニヤついてしまう。そうやってベットの上で悶えていたら、突然枕元に置いていたスマホから着信音が鳴り響いた。
「きゃっ! び、びっくりしたぁ。こんな時間に誰だろ。葵ちゃんかな、今日のお出かけはどうだったかみたいな……って、ええぇ!?」
何の気なしに取ったスマホの画面に映っていたのは、相神さんの名前だった。驚きのあまりスマホが手から跳ねて、とすんとベッドの上に落ちた。ブルブルと震えるスマホを今一度手に取って確認すると、やはり相神さんからの電話だった。
「あうあ、わわわ」
手が震えてまたスマホを落としてしまいそうになる。相神さんからの突然の電話はこれで二回目だ。こんな時間に何の用だろうか。
『綾音を助けてあげて』
天金さんから伝えられた願い。この言葉と私の勘を信じるなら、今の相神さんは弱っている。そもそもそんな選択肢はないけど、この電話を無視するわけにはいかない。一度深呼吸をして、意を決して私は電話に出た。
『もしもし、こんな時間にどうしたの?』
『ちょっと話したいことがあってね。これくらいの時間なら暇になってるかなって。どう?』
『うん、大丈夫だよ』
どうやらこの時間に電話をかけてくれたのは気を遣ってのようだ。一時間後に配信があるけど、そこまで長話にはならないと思う。私の口下手なところを考えたら、話が弾むっていうのは考えにくいし。
『よかった。それなら単刀直入に聞くけど、明日私の家に遊びに来ない?』
『………へ?』
鳩が豆鉄砲食った顔というのは、今の私の顔のことを言うのだろう。情報が処理できないまま虚空に視線を向け、間抜けな声まででた。
『ん? もしもーし』
『あ、はい、聞こえてます!』
私が返事をしなかったせいで聞こえてないと思ったのか、相神さんが呼びかけてきた。とりあえず聞こえてないかったわけではないと伝えて、自分の中で現状を整理する。
今、私は相神さんの家に招待されている。
うん、意味わかんない。今日遊んだうえで明日は家で一緒だなんて、私と相神さんはまだ出会ったばかりでそんなに仲良しさんではない。いや、相神さんと接近できるのは嬉しいことなんだけど、何か企んでるのではと疑ってしまうのだ。
『よかった。それでお返事は?』
『えっと……』
突然のことばかりで冷静になれないのに、相神さんは構わず話を進めていく。
『その、他に誰か呼んでるの?』
私がここまで混乱しているのは情報が少ないからだ。私がこのお誘いを受けた場合にどうなるかを分析すれば、少し落ち着くことができるかもしれない。
『ううん。百瀬さんだけだよ』
まさかの相神さんのお家で二人きり。佐藤さん達だけじゃなく、天金さんでさえも呼んでいない。いったい何を考えて私だけを誘っているのか意味がわからない。
相神さんと話すだけで緊張するのに、二人きりだなんて。口下手な私だと会話で場を繋げることなんてできない。二人きりっていうのは魅力的だけど、相神さんを退屈させてしまうのは間違いない。それで相神さんに愛想を尽かされたりしたら。
なんてマイナス思考の中で、天金さんの言葉を思い出した。
『悔しいけど、私じゃ綾音を癒す言葉をかけられない。でも、百瀬ならそれができる。全部を拒絶してた綾音が唯一受け入れようとした百瀬なら』
相神さんが全てを拒絶してることも、その中で私だけを受け入れようとしていることも、その言葉の意味を私は理解できていない。私にとっての相神さんは、ほんの少し疲労感が見えるけど、誰もが憧れる完璧な人だ。
でも、その言葉をそのまま受け取るならば、私だけを呼んでいるという今の相神さんの行動は、きっと彼女が発したSOSだ。だったら私のやることは一つ。
『そっか。大丈夫だよ』
『来てくれるの?』
『うん。明日は何持っていけばいいかな』
『特に何も。大体のものは私の家にあるから』
『わかった』
今の相神さんは、私が知る相神さんのままだ。何か異変が起きているなんて考えられない。でも、私は天金さんの言葉も嘘だなんて思えない。
だから私は、友達として相神さんにできることしよう。相神さんが求めてくれてるなら、それに応じよう。相神さんが助けてって言ってるなら、手を差し伸べよう。
それに、相神さんのことを知るいい機会だ。天金さんの言葉の意味だって分かるかもしれない。
『それじゃあ明日のお昼ね。家の場所は後で送るから』
『うん。また明日、おやすみなさい』
『……うん、おやすみ』
テロン、と電話が切れる。電話を終えてみれば、始まる前よりも冷静になれていた。それはきっと、やるべきことが決まったから。
「相神さんのこと、もっと知らないと」
最初は声をかけてもらっただけで舞い上がっていた。でも今は、相神さんのことを知りたいと思っている。相神さんに信頼してもらいたいって思っている。
私は相神さんが好きだ。でもその恋心よりも、友達として彼女を助けるということを優先しよう。それがきっと、私のためにも相神さんのためにもなるから。
「そうと決まれば色々準備しないと……あっ、配信もやらないと」
立ち上がって色々な決意をしたわけだけど、配信が30分前まで迫っていた。配信の準備はほとんど終わっているけど、余裕を持った方がいいと思い、私は配信の時に使う黒いテーブルに向かった。
○○○
『明日、友達の家に遊びに行くんですよね。最近仲良くなった人で、楽しみなんですけど、ちょっと緊張してます』
配信でプレイしてるゲームでのレベル上げ作業中、ヤヨちゃんがそんなことを言った。ヤヨちゃんと遊べるなんて、そんな羨ましい奴がこの世に存在しているなんて恨めしい。
『私も一緒に遊びたい』
勢い余って、ついついそんなスパチャを送ってしまった。
『ふふっ、私はいつも人の子たちに愛を伝えています。共に遊ばなくとも、人の子たちと愛で繋がっていますよ』
なるほど、確かに。ヤヨちゃんと私は配信を通して既に愛で繋がっているのだ。それを忘れるなんて、私もまだまだ信心が足りないな。
まぁ、ヤヨちゃんとヤヨちゃんの友達が遊んでいる間、私は百瀬さんという擬似ヤヨちゃんと遊べるのだ。他の人の子たちと比べれば恵まれている。
そう考えることで溜飲を下げることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます