第8話 着せ替え人形

「きゃー! めっちゃかわいいー!」


 田中さんの声が響き渡り、近くにいた人たちの視線が集まる。二つ並ぶ試着室の中で、私と白銀さんは田中さんの着せ替え人形になっていた。


「いやぁ、いいなぁ。こういうフリフリの服好きなんだけど、私には似合わなくてさ」


 田中さんは私と白銀さんを頭のてっぺんから爪先まで舐めるように見て、興奮した様子でスマホで写真を撮っている。


 その後ろでは佐藤さんと木村さんが、次に私たちが着るであろうピンクのワンピースを手に持っていた。


「芽衣、遊ぶのもほどほどにしなさい。どうせ買わないんだからお店に迷惑よ」

「えー、そうかな。ノノも百瀬さんも気に入ったら買ってもいいんだよ。すっごく可愛いから買ってもいいんじゃない?」

「た、田中さん、私はこういう服いっぱい持ってるから。主に田中さんのせいで」

「あ、そうだった♪」


 田中さんはこつんと自分の頭を叩いて、ぺろりと舌を出した。その様子に佐藤さんはため息をつき、木村さんと白銀さんは苦笑いした。


「田中さんは人の着せ替えが好きなの。ほとんど自分の趣味の押し付けだけど、センスあるから私もたまにはいいかもって買っちゃうんだ」

「なんか、うん、楽しそうだね」


 白銀さんの説明を受けて、なんて返すのが正解かわからないまま返答する。ルンルン気分な田中さんを見ていると否定する気にもならないし、別に害もないからただ黙って受け入れることにした。


 私が着せられているのは、所謂地雷系ファッションというものだ。グレーのフリル付きブラウスに黒色のリボン、膝ぐらいまでの黒いスカート、確かに可愛いけど少し狙いすぎな感じはする。


 田中さんは可愛いって言ってるけどあんな感じだからあてにならないし、私には荷が重いから買うつもりはない。


「百瀬さんはこれ買いたい?」


 田中さんが目を輝かせて私を見つめる。趣味半分、好意半分でやってくれているのだろうけど、無下にはしたくない。でもこの服を買ったとして着る機会はないだろうから、なんとかややんわり断る方法はないだろうか。そう思った時だった。


「まだ決まんないの」


 相神さんが天金さんを連れて合流してきた。待たされすぎて不機嫌になったのか、いつもの相神さんからは想像できないしかめっ面だ。


「芽衣の発作中よ」

「そう。あとどれくらい?」

「さぁ……」

「まったく、勝手なんだから」


 相神さんは田中さんをちらりと見ると、やれやれと首を横に振って近くの椅子に座った。今の相神さんなら強引にでも田中さんを引きはがしそうに見えるけど。暴走状態の田中さんはだれにも止められないみたいだ。


「あれ、百瀬さんも着せ替えさせられてるんだ」

「そう! 百瀬さんはかなりの逸材だよ。ノノとはまた違った可愛さがあって……あ! 千夏はこれ着てみて!」


 相神さんに私を着せ替えしてる理由を説明しようとした田中さんは、近くで適当に服を眺めていた天金さんにストリート系の服を渡した。天金さんは服を受け取ってじっとそれを見つめた後、諦めたように言われるがまま少し離れた場所にある試着室に向かった。


 天金さんに田中さんがついて行って、それに木村さんと佐藤さんがついて行ったから、ここに残ったのは白銀さんと相神さんと私。好きな人と恋のライバルかも知れない人と一緒というのは、何かが置きそうでドキドキしてしまう。普段着ないようなあざとい服を着てるけど、相神さんはどう思っているのかな。


「百瀬さん、私はあっちに行ってるね」

「え?」


 いつの間にか着替えていた白銀さんは、それだけ言って試着していた服を抱えながら天金さん達のほうに向かった。好きな人を目の前に恥ずかしくなった……って感じではなかった。むしろワクワクした顔であっちに行ったような。


「あらら、二人きりになっちゃったね」

「えあ、は、はい」


 七人から二人きりになって、一気に静かになった。相神さんはじっと私を見てから立ち上がると、ゆっくり近づいてきた。そして私が着ている服のリボンを指でつまんで微笑むと、こう呟いた。


「かわいい」

「へあ」


 不意打ちで好きな人から可愛いと言われて、叫んで周りに迷惑をかけなかった私を評価してほしい。こんな完璧な顔面から繰り出される微笑みの火力たるや、まさに一撃必殺。顔がボンと熱くなって頭がクラっとなった。


「似合ってるよ。買ってみてもいいんじゃない?」

「あ、あうあ、買いましゅ!!」


 こんな事を言われて買わない人がいるだろうか。いや、いない。好きな人の顔が目の前にあって、甘い言葉を囁かれる。こんな夢のようなシチュエーションを体験できるなんて、これだけで今日ここに来た価値がある。


「ふふっ、良かった。また遊ぶときはそれ着て来て欲しいな」

「う、うん! もちろん着て来るよ!」


 まさかの服装リクエスト付きの次のお誘いを受けて、ひとしきり昂った後、ひとまず安心した。相神さんは私のことをちゃんと友達として見てくれている。それが知れて良かった。


 相神さんを癒したいというのが一番だけど、やっぱり私も恋を進めてみたい。葵ちゃんと話したときは叶わない恋だと思ったけど、もしかしたらって思うのも悪くないはずだ。


「買うなら会計しないとね。みんな、もう会計行くよ」

「え、何か買うのって、百瀬さんそれ買うの! 気に入ってくれたの!?」


 相神さんがみんなに呼びかけると、いの一番に田中さんが反応した。私に駆け寄って手を握ると、さっき以上にキラキラした目で私を見つめた。


「う、うん。相神さんが可愛いって言ってくれて……」

「なるほど、綾音に言われたんだ。相変わらず罪な女ですなぁ」

「いいから。はやく行くよ」


 田中さんが相神さんに声をかけたけど、素っ気ない返しをしてレジに向かって歩いて行った。


「百瀬さんもはやく着替えて」

「うん」


 今日着てきた服に着替えて試着室から出ると、まだ向こうの試着室に佐藤さん達がいた。私が服を買うまで楽しむつもりなのかなと見てみたら、白銀さんがなにやら楽しそうな表情をしていた。


「か、かっこいい……」

「そう。ありがと」


 白銀さんの視線の先にはクールなストリート系のファッションの天金さん。カッコイイ系の顔をしている天金さんには青いパーカーがよく似合っている。


「えと、この帽子と合わせてみたらどうかな」

「ふーん……どう?」

「す、すごい……」

「すごいって、それって服の感想?」


 天金さんが渡されたキャップを被ると、白銀さんは感激のあまり手で口元を覆って、ボキャ貧な賞賛を惜しみなく捧げた。それを見て天金さんは困惑したような口ぶりではあるけど、照れくさそうに笑った。天金さんのその顔は今日見たどの顔よりも優しくて、この二人は佐藤さんと相神さんのような微妙な関係ではないのがすぐに理解できた。


 もしかして、白銀さんがあっちに行ったのって天金さんを見たいから? それなら白銀さんが好きなのは相神さんじゃなくて天金さんだったの?


「と、とにかく、すごく似合ってます」

「やっぱり私はこういうのがいいのか。また服買う時の参考にするよ」


 そう言って天金さんが試着室のカーテンを閉めると、白銀さんは近くの椅子に座ってバタバタと悶絶し始めた。


「うぅ、やっぱりカッコいい……」


 うん。やっぱりそれっぽい。さっき話した時に相神さんの話をしたのは、天金さんを見ていたというのを誤魔化すための嘘だったみたいだ。


 恋のライバルかと思ったら、女の子に恋する同士だったみたいだ。


「うん、やっぱり仲良くなれそう」


 白銀さんとは仲良くなれる。その確信をさらに深めて、私はレジに向かった。

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