第7話 噛み合わないパズルのピース

 駅から出ているバスに乗って、目的地のショッピングモールに到着した。バスを降りたら相神さんから一旦距離を取って呼吸を落ち着かせる。


 電車の中でずっと好きな人の顔が目と鼻の先にあった時は、少女漫画の頭がフットーしそうという感覚が理解しそうになった。相神さんはどちらかといえばクール寄りだと思ってたから、まさかあんな感じで揶揄ってくるなんて思わなかった。私から離れた相神さんは天金さんと楽し気に話している。その顔はいつものより柔らかくて、意外と相神さんはフレンドリーな性格なのかもしれない。


「百瀬さん、大丈夫?」

「う、うん。なんでもないよ」


 一人離れた場所で呼吸を整えていたら、それを心配して白銀しろがねノノさんが話しかけてきた。彼女は相神さんのグループの一人で、千夏さんがナンパを追い払った後に立ち眩みをした私を支えてくれた優しい子だ。


 白銀さんは私より少し小柄で、図書館で本を読んでいるのが似合いそうなくらい大人しい性格をしている。こんな子が陽キャな雰囲気の相神さんと同じグループにいるのは少し意外だったけど、波長の合う子がいてくれて良かったとも思った。


「ノノ、百瀬さん、早くしないと置いてかれるよ」


 相神さん達から少し遅れている私たちを見かねて、木村きむらりんさんが声をかけてくれた。派手な青色に髪を染めている彼女は先を歩いている相神さんたちに目をやりながら待ってくれている。


「後で追いつくから心配しないで。百瀬さん、まだ立ち眩みするなら支えるよ?」

「あぁうん、それはもう大丈夫。心配かけてごめんね」


 相神さんから受けた刺激も治まったから、二人に心配かけないように一人で歩全員そろってショッピングモールに入ると、そこからファッションめぐりが始まった。


 かなり規模の大きいショッピングモールだから、私たちの高校以外からもたくさん高校生が訪れていてにぎわっている。特にファッション関連は当たり前だけど同い年の子が多く、この人混みはインドアな私には少しきつかった。


「春美、こんなのはどうかな」

「うーん……なーんかしっくりこないんだよね」

「そっか、違うの持ってくるね」

「私に似合うのお願いねー」


 そんな感じで服を選んでいるのは佐藤さとう春美はるみさんと田中たなか芽衣めいさん。佐藤さんがリーダー格で、田中さんや木村さんに服を選んでもらっている。


 このグループで一緒に出掛けて気付いたことだけど、このメンバーは相神さんのグループというより、相神さんと天金さんの二人に佐藤さんのグループがくっついているという印象が強い。今だって佐藤さん達は服を見ているけど、相神さんと天金さんは外で壁に寄りかかって談笑している。


 あ、今の笑った相神さん可愛い。なんて相神さんを観察していたら、隣の白銀さんも相神さん達のほうを見ているのに気が付いた。


「白銀さん」

「え、あぁなにかな?」

「白銀さんは服見なくていいの?」


 私と白銀さんは服を選んでいる佐藤さん達から少し離れた場所にいる。私は今日のために服を買ったばかりだから問題ないのだけど、白銀さんは何も買わなくていいのかと気になった。それに、もともと白銀さんは佐藤さんのグループみたいだから、私に構わずあの三人と一緒に居た方が楽しいと思う。


「私はいいよ。ファッションはあんまり分かんないし、呼ばれた時だけ行けばいいから」


 白銀さんはあれこれ服を選んでいる佐藤さんたちを見ながらそう言った。その口調はどこか冷ややかで、とても友人達に向けるものではなかった。


 グループの中で唯一雰囲気が違って、こうやって私と居ても佐藤さん達からなんとも思われていない。嫌な想像が頭をよぎったけど、踏み込むのは少しためらわれた。


「そっか……ついでに聞くんだけど、さっき相神さん達を見てたのはなんで?」

「え、いや、そのー……相神さんって美人だからついつい見ちゃうよね、うん」


 白銀さんは手を慌ただしく動かしながら、さっき相神さん達の方を向いていた理由を説明した。それが言い訳だというのは簡単に理解できた。


 もしかして、白銀さんも相神さんのことが好きなのかな。だとしたら、さっきの私の嫌な想像は勘違いで、相神さんが見たいから佐藤さん達から離れているのか。


 それで納得できた反面、恋のライバルがこんな所に居たことに動揺してしまう。確かに相神さんはカッコいいし可愛いから、男女関係なくすごくモテる。こんな事も普通に起こり得るのか。


「だね。それにしても今日の相神さんってよく笑うよね。学校だとクールな感じだからちょっと意外だったかも」


 電車の事といい、天金と楽しそうに談笑している今といい、今日は相神さんの笑顔をよく見る。もちろん学校で笑わないわけじゃないけど、大半はクールな顔をしている。


 そのギャップがたまらないというのは少し置いといて、今日笑顔が頻発している理由が知りたかった。もしかしたら相神さんの笑顔をたくさん見られるようになるかも知れないし、この前みたいに疲れている相神さんを癒す時に役に立つかも知れない。


「多分、天金さんと一緒だからだよ」

「天金さんが?」


 確かに天金さんは相神さんの幼馴染らしいし、一緒にいることも多いけど、それだったら学校でももっと笑顔が見られるはずだ。今と学校で何が違うのだろうか。


「えっと……今から話す事、佐藤さん達には秘密にしてて欲しいんだけど、いいかな」

「ん? 別にいいけど」


 さっきまで天金さんの話をしてたのになんで佐藤さんの名前が出てくるのだろうか。それは気になったけど、変に話の腰を折るわけにはいかないから、素直に聞くことにした。


「相神さんは佐藤さん達のことあんまり好きじゃなくて、佐藤さんは天金さんのこと苦手みたいなんだよね」

「……え、なにそれ」


 学校での仲良しグループの歪な構造を知らされて、私はただ空気が抜けたような声で驚きの声を漏らすしかできなかった。白銀さんは一度佐藤さん達の方を向いて、まだ服に関心が向いていることを確認して私に視線を戻した。


「佐藤さんはその、クラスカースト上位に居たいタイプというか、自分が上じゃないと気が済まないみたいな性格だから。それで人気モデルの相神さんに近づいたの」

「そ、そうだったんだ」


 確かに佐藤さんはクラスの一軍みたいな立ち位置の人だ。男子にモテて、女子の仲間も多い。もし佐藤さんが白銀さんが言うような人なら、人気モデルの相神さんとお近づきになりたいだろう。


 なんというか、そういうクラスの中の派閥とかは関心がなかったけど、思ったよりも複雑でドロドロしたものがあるみたいだ。生徒会長でクラス委員長の葵ちゃんは把握してるのかな。


「そんな、利用するために仲良くなった人と本当の意味で仲良くできるわけなくてさ。なんというか、一見仲良く話してても空気の巡りは悪いみたいな、嫌な感じが漂ってるんだよね」

「利用するために友達に……」


 相神さんに誘われて、浮かれた気持ちで参加したけど、みんなの抱えている物を知って少し尻込みしてしまいそうになる。


 利用するために無理やり結んだ友情なんて、無理矢理はめ込んだパズルのピースみたいに、歪な形になっていずれ取り返しのつかないことになってしまう。


 そんな嫌な予感がして、どうにかしたいと思ってしまうのは傲慢なんだろうか。


「なんとか仲良くなれないかな」

「相神さんも佐藤さんも、互いのこと見てないから難しいよ」

「そっか……」


 人を見ること。それは簡単なようで難しい。少なくともその気にならないと、上っ面しか見ることはできないと思う。


「いきなり変な話してごめんね。その、友達になるなら知らせないとって思って」

「うん、気にしないで。みんなのこと知れて良かった」


 この関係を知らなかったら、相神さんや佐藤さんの機嫌を損ねてもっとギクシャクして可能性があった。


 白銀さんも、このグループのぎこちない関係を俯瞰して見れてるあたり相当苦労したんだろうな。


「こういうの照れ臭いけど、私たちは仲良くしようね」

「うん。仲良くしよ」


 なんだか気が合いそうな白銀さんと友情の握手を交わす。その時の彼女の顔は少しホッとしたようで、彼女の気苦労を少しで軽減できたらなと思った。


「ちょっとノノ、それと百瀬さん! こっち来てー!」


 突然佐藤さん達の方から声がして顔を上げると、田中さんが大きく手を振って私たちを呼んでいた。


「はは、またアレかぁ……」

「え? アレって?」

「まぁ、少しだけ耐えてね」


 白銀さんは苦笑いをしながら、佐藤さん達の方に近づいて行く。何が何だか分からないまま、私は言われるがままに白銀さんについて行った。

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