第4話 ワクワクなお誘い
「南、そこ間違ってるよ」
対面に座っている葵ちゃんが、私の計算ミスを指摘する。そこを確認すると、余弦定理で2をかけるのを忘れていた。
「あー! この図形問題全部解き直しだー!」
「最初に出した値を二倍するだけでしょ。リカバリーは簡単よ。でも、本番でそれやったら順位かなり落とすわよ」
「は、はい……」
「まったく、これで5回目よ。全然集中できてないじゃない」
葵ちゃんは凡ミスをする私に呆れていた。対面で問題を解いている葵ちゃんにすら気付かれる凡ミス以外にも、いつもならできる問題に躓いたり、代入する値を間違えたりとミスを連発していた。
ため息をつきながら問題を直していたら、葵ちゃんがノートを閉じた。どうやら今日の部分が終わったらしい。私はまだ半分も終わってないのに。今日は私がミスばっかりだったとはいえ、やっぱり葵ちゃんは頭がいいなぁ。
「全然終わってないじゃん。今日は同時に終わると思ってたのに」
「文系科目ならそうかもしれないけど、理系科目は無理だよ。葵ちゃんの計算スピードって異常だもん」
葵ちゃんは生徒会の活動でしばらく離れていたから、私の方が課題を早めに始めていた。30分くらいのリードがあったから、葵ちゃんは同時に終わるくらいに考えていたみたいだ。
正直、私の凡ミス連発がなくても七割程度しかできなかったと思う。葵ちゃんは理系の神とクラスメイトから呼ばれていて、理系科目はテストで満点を流したことがないのだ。それ以外にも、日本数学オリンピックで本選まで進んでかなりいい成績を取ったこともある。
「それにしたって今日は酷いわよ。もしかして私がいない間に何かあったの?」
「え、ど、どうなんだろーな……」
全然集中できていない理由は何となく察している。でも、これを言ったら葵ちゃんに色々言われそうだから隠すことにしている。
「隠し事が本当に下手ね」
「エー、カクシゴトナンテナイヨー」
我ながら完璧な棒読みだ。目がマグロの如く止まることなく泳ぎ続けているのもわかる。分かっているのだけど、止めることはできない。
「言いなさい。別に怒ってるわけじゃないの。そんなので中間テストで赤点取らないか心配だから言ってるの」
「うぅ、生徒に人気が出ない先生みたいなこと言ってくるぅ」
「その先生のおかげで成績が伸びたのよ」
「おっしゃる通りです……」
もし葵ちゃんが居なければ、今頃私はテストの度に補習に呼ばれていたことだろう。私の親はVtuberになることをすんなり許してくれたり、点数が悪かった頃でも「ひとには得手不得手があるからねー」と怒らなかったりとかなり甘いから、親よりも葵ちゃんに多く説教される。
それ以外の面でもいろいろお世話になってるから、私は葵ちゃんに頭が上がらない。
「あ、相神さんに遊びに誘われたの」
観念して私の集中力を乱している原因を葵ちゃんに伝えた。すると葵ちゃんは一瞬だけ目を大きく見開いた。だけど直ぐにいつもの冷静か表情に戻って、にこやかに笑ってくれた。
「よかったじゃない。知り合ってすぐに誘われるなんて、気に入られてるのね」
「そうだったら嬉しいな」
昨日は相神さんを警戒してたから苦言を呈されると思ったけど、意外と歓迎ムードみたいだ。これなら土曜日の相談をしても問題ないだろう。
「楽しみなんだけど、不安な事もあるんだ」
「グループが全然違うから?」
「それは別にいいの」
「いいんだ……」
私は会話は下手だけど、別に人が苦手なわけじゃない。Vtuber活動でのコラボ企画のおかげもあって、初めて会う人と関わる事そのものへの耐性はかなり強いと自負している。共通の話題があれば自然と会話もできるだろうし。
「私、天金さんがちょっと苦手なの」
「天金さんか。なんで?」
「その……こういうのは失礼なんだけど、天金さんって見た目がヤンキーじゃん」
「それは金髪の相神さんも一緒でしょ」
「相神さんのは地毛だよ」
私たちが通う高校は服装などの校則があまり厳しくない。そのせいで染めている子も珍しくないけど、相神さんの綺麗な金髪は地毛なのだ。母親がイギリス人と日本人のハーフで、そこから遺伝したのだということを雑誌のインタビューで言っていた。
「それに見た目だけじゃなくて、性格もなんだかその……難しそうじゃん。何か気に障ることしたら殴られそう……」
天金さんはいつも相神さんの隣に立っているけど、周りの子たちと違って楽しく談笑している様子はない。声をかけられれば答えるけど、そっけない返事しか返さない。怖い目つきで遠くを眺めていることもあるし、急にどこかに消えることも珍しくない。
「そうかな。私は好きだよ、天金さん」
「えぇ、なんで?」
「一番賢そう」
「そうかなぁ……課題とかサボってそうだけど」
葵ちゃんは偶に分からないことを言う。髪を染めてピアスまでしていて、なんなら裏でタバコなんか吸ってそうな天金さんから賢いという印象は受けないと思うのだけど。
「……なーんか南にしては攻撃的だね」
「私は聖人君子じゃないもん。苦手な人だっているよ」
「そっか。ふふっ」
「なんで今笑うのー?」
今の葵ちゃんは分からないモードだ。その上で何もかも見透かしているような目をしているから、正直言って怖い。
「天金さんは心配しなくていいよ。私が保証する。それより着ていく服を気にした方がいいと思う」
「それも不安だなぁ。相神さんがオシャレだからオシャレの平均値高そう」
相神さんはモデルだから、その周りの話も自然とファッションのことになる。そのグループでのお出かけだから、下手な服は着ていけない。相神さんもセンスある人が好きだろうし。
「Vtuber活動で稼いでるし、趣味で浪費もしてないからお金はあるでしょ? 明日の放課後に一緒に選びに行こうか」
「本当! どんな服着ればいいか迷ってたから助かるよ」
「一人だったら迷走しそうだしね。今の南は特に」
「返す言葉もございません……」
簡単な計算ミスをするのが今の私だ。服を選ぼうとしても、迷いに迷って変な場所に着地する未来しか見えない。いつも冷静で賢い葵ちゃんがいてくれればその心配はなくなる。
「それじゃあ楽しみなことを思いっきり楽しめるように、勉強はしっかりしようね」
葵ちゃんはそう言うと席を立ち、私の背後に回った。そして私の両肩を掴んでにっこりと笑いかけてきた。その笑顔の裏には成績が上がってから見なくなった、鬼教官のが見えた。
「恋愛にかまけて成績を落とすのは許さないから」
「……わかりました、先生」
ワクワクなお誘いで浮ついていた心は、生徒からの相談が終わって本気になった教官の手によって鎮められてしまった。
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