初めてのお出かけ編
第3話 お出かけの約束
登校中にスマホのメモで予定を確認すると、しばらくは週に三回程度の仕事量だった。モデルの仕事が休日にもあることは珍しくなく、ここ2か月は休みの日が無くてそろそろ休みたいと思っていたのでちょうど良かった。
「千夏! 久しぶりに遊べそうだよ!」
「うわ、びっくりした。急に大きな声出さないでよ」
久しぶりに休めることがうれしくて、ついボリューム調整をミスってしまった。隣を歩いていた彼女は周囲を見渡して誰もいないこと確認すると、安心したようにため息をついた。
「朝っぱらから大声はやめなよ」
「はぁ、せっかく幼馴染がブラック企業から解放されたのに反応薄すぎじゃない?」
「別に。というか、せっかくの休みならちゃんと休みなよ」
千夏は遊ぼうという提案を切り捨てて、私の休みを優先しようとした。相変わらず正しいことを言う子だ。そのせいで彼女はつまらない性格と思われがちだが、俯瞰的に物事を見て自分を曲げずに正しさを説ける彼女の強さは私の目には魅力的に映る。
「正論パンチやめて。華の女子高生なんだから、時間ができたなら遊ぶでしょ」
「……あの子たちとも?」
「それは、そうなっちゃうね」
千夏の言うあの子たちとは、千夏以外の私の取り巻きのことだ。はっきり言うと私は彼女らのことがあまり好きではない。彼女らは私がモデルとして有名になってから突然湧いてきた。もうこの時点で私が嫌いな、群れなきゃいけない弱い奴らなんだけど、そういうのに限って無駄にクラス内の地位が高い。だから下手に邪険にしてクラスで孤立しないためにも、ほどほどに友達をやっている。
「まぁ、休みだって伝えたらどうせ誘われるし」
「嫌なら断ればいい」
「相変わらず千夏は正しいね」
明らかに染めている明るい茶髪と鋭い目、そしてダウナーな態度でためらいなく正論を言ってくる千夏は、私の取り巻き含めて周りから怖がられている。でも私は彼女の真っ直ぐすぎる優しさを知っている。幼馴染だからという以外にも、千夏が優しい性格だから私も心を許しているのだ。
「忙しいのは最初だけだよ。しばらくしたらゆっくりできるでしょ」
「楽観的だね。まぁ、綾音が選んだんなら止めないよ」
千夏はいつも正しい。そういえば私がモデルを始めた時も、親がろくに帰ってこれない環境だといずれガタが来ると忠告されたっけ。言われた通りになって来たかも。昨日なんかハッキリと心の澱みを感じた。
「そういえば、昨日仕事に行く前に百瀬と話してたけど何だったの?」
「……あ、百瀬さんのことどうしよ」
千夏に言われて彼女の存在を思い出す。昨日彼女に見せてしまった私の弱み。頼っていいなんて言ってたから思う存分利用してやろうなんて考えてたけど、冷静になってみると彼女によって下手をすれば私の地位が脅かされるかもしれない。
好きでもない人間と友達になってまで守っている完璧な私を守るためにも、何か手を打たなければならない。
「どうしよって、なに?」
「あぁいや……千夏には話していいか」
私は百瀬さんの声が私の推しである愛神ヤヨの声と酷似していること、そしてそれを私の癒しとして活用し始めたことを伝えた。
「……まぁ、よく考えて付き合いなよ」
千夏は肩までかかる茶髪をいじりながら苦笑した。それ以上のことは何も言わなかったが、他にも何か言いたげな顔をしている。利用するために友達になったというのは、正しさを持つ千夏にとって本来は糾弾の対象になるはずだ。しかし、私の事情を知っているから情状酌量をくれたのだろう。
「あ」
この瞬間、行きたくもないお出かけと百瀬さんが結び付き、一つの妙案が浮かんできた。
「それで一つ提案なんだけど、百瀬さんも誘っていいかな」
私の取り巻きはおそらく百瀬さんが苦手なタイプだけど、この際それはどうでもいい。
「私は止めないけど、百瀬が嫌って言ったら諦めなよ」
「はいはい、わかってるって」
大した交流もない百瀬さんにも千夏は平等に優しい。そんな彼女の忠告を受けながらも、私は百瀬さんを取り逃す気なんて無かった。
ああいう子は嫌だと思っていても、少し押せば頷いてくれる。取り巻きのノイズの中に彼女の声でも混ぜれば、多少はマシになるだろう。
それに百瀬さんは私ほどでないにしろ顔が整っている。新顔にあの子たちも興味を示すだろうし、おもちゃにでもなってくれれば私の負担は軽減される。完璧な作戦だ。
「そのニヤケ面は百瀬に見せない方がいいよ」
「え、そんな顔してた?」
「私にはそう見えた」
「なら心配ないか」
私の裏まで読めるのは千夏くらいだから。
そして時は流れて放課後。ようやく仕事が落ち着いたことを伝えると、案の定どこかへ遊びに行くという話になった。
「何して遊ぶ?」
「やっぱショッピングでしょ! 最近の流行りを押さえたいし」
「映画はどう?」
「何も見るのないでしょ。ナシナシ」
「じゃあカラオケ行こうよ」
「さんせーい!」
私の取り巻きの四人がノリに任せてトントン拍子で予定を立てていく。私はそれに適当に頷きながら、まだ教室に百瀬さんがいることを確認する。彼女は今日出された数学の課題に取り組んでいる。そして千夏はトイレで離席中。遊びに行く計画も決まりそうだし、タイミングは今しかない。
「ちょっとみんないいかな。一人誘いたい子がいるんだけど」
私の言葉で四人の注目が一気に私に集まる。さっきまで計画を立てるのに夢中だったのに、キョトンとした顔で私をじっと見ている。計画が頭から抜けてしまっていそうな間抜け面だ。
私は四人の視線を浴びたまま立ち上がり、百瀬さんの机まで歩いて行った。
「百瀬さん、ちょっといい?」
「え、な、何でしょうか」
突然声をかけられて百瀬さんはぴくりと肩を震わす。なんか敬語まで使ってるし、そんなに私が怖いのかしら。ビクビクする彼女に少しイラつくけど、今はそれの方が都合がいい。
「土曜日に遊びに行く予定なんだけど、百瀬さんも一緒にどうかな」
後ろの四人からよくない感情をキャッチする。それもそうか、あの四人を私から遊びに誘ったことはない。人気モデルの友達になろうと必死になったあの四人からすれば、私から誘った百瀬さんが気に食わないのは当然だ。
まぁあの四人のことはどうでもいいだろう。気に食わなかったとしても、出かける時に私が露骨に贔屓しなければ大きな問題にはならない。
さて、一番の問題はこの子が頷くかどうかだ。もし私が彼女の立場だったら絶対に断る。有名人からの誘いとはいえ、知らないグループに一人で突っ込まれるのは嫌だ。
「いいよ」
「……え」
思考の最中に理解できない答えが返ってきた。圧をかけて無理矢理連れて行こうとしたのに、まさかこんなにすんなり了承してくれるとは。
「どうしたの?」
「何でもないわ」
百瀬さんは固まった私を不思議に思ったのか首を傾げた。彼女は座っているから自然と上目遣いになって、あどけない顔も相まって凄まじくあざとい。何だこの子は、天然でこれをやってるのならかなりの逸材だぞ。
「みんなもそれでいい?」
「まぁ、綾音がそう言うなら」
「
「反対はしないでしょ」
百瀬さんが行ってもいいって言ったのだから、千夏も文句は言わないだろう。圧をかけるつもりだったから千夏の不在を狙ったけど、実行する必要がないならそれで良い。千夏を誤魔化す手間が省けた。
「勉強の邪魔してごめんね。予定は後で連絡するから」
「分かった。楽しみにしてるね」
私の心配とは裏腹にお誘いは穏便に成功。あの笑顔を見る限り楽しみというのは本当みたいだ。もしかして意外とメンタルが強いのかな。
そして元いた場所に戻り、遊びに行く予定を決めていく。千夏が帰ってきたので百瀬さんが誘えたことを伝えると、一度百瀬さんの方を向いてから「そっか」と呟いた。
様々な関門をあっさり突破して、百瀬さんを仲間に引き入れることに成功。今度の土曜日、彼女には私のデコイ兼癒しBGMとして役に立ってもらうことにしよう。
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