第18話 誤解が招く自称風紀委員
初日から色んな意味で凄まじい学園デビューを果たしたひなたであったが、案の定周囲の好奇の視線はさらに強い物となった。「あのイカれた討災科に女装してやってきたイカれた新入生がいる」という噂は瞬く間に学園中に広がり、野次馬根性に駆られて生徒や関係者がひなたを覗きに来るようになったのだ。
教室の中にまで入って来る輩は少なかったが、教室の入り口越しでチラチラと覗き見する者が後を絶たない。
そして入学3日目、未だにその光景は衰える気配は無い。
「見ろ、ひなた。今日もあの人だかりだぞ。まるで動物園の珍獣を見に来た群衆のようだな」
午前の授業が終わった昼休み、そんな光景を見ながら聖がぼやく。一方、まさにその珍獣であるひなたは教室の机に突っ伏していた。
「あれが噂のヤバイ奴か・・・・・・」
「顔が見えないぞ、顔が。 顔見せろよ!」
「俺、昨日見たけど普通に可愛かった」
「マジかよ! 尚更見たい!」
「やめとけ」
「何で?」
「性癖が歪むぞ」
「ヒエッ・・・・・・」
と、いう会話が聞こえて来る。会話自体は学園の公用語である「アクトール語」でなされているのだが、試験勉強の際に「アクトール語検定一級」に合格しているひなたには全て理解出来てしまう。
(いっその事理解出来ない方が幸せだった)
ここまで己の勤勉さを恨んだ事は無かった。
「ひなたさん、大人気ですね・・・・・・」
乙羽が少々心配そうに呟いた。
「うむ。さぞかしウケるだろうとは思っていたがこれ程とはな。流石に少々心配になって来るぞ。主にひなたの尻穴とか」
「恐ろしい事言わないで下さい・・・・・・」
「ふはは! 冗談だ!」
「お嬢様がおっしゃると冗談に聞こえないんです・・・・・・」
全身に鳥肌が立つひなたであった。
「おーい、何を水牛みたいに群がってやがる。もう昼休みは終わるぞ、散れ散れ!」
エルガが扉の前の野次馬を追い返しながら教室に入室し、そのままひなたの机の前に立つ。
「おう、調子はどうだ?」
「最悪です」
「だったらその恰好辞めりゃいいんじゃねぇか?」
「是非とも先生の方からお嬢様に交渉して頂ければと」
「すまんがそりゃ無理だ。校則に反していない以上は俺がやると越権行為になっちまう。それに」
「それに?」
「お前のご主人、かなり厄介だろ。俺も余計なトラブルは避けたいというのが本音だな」
エルガは早くも聖の性格を大体把握しているようである。はぁ、とため息をつくひなたに苦笑を浮かべ、手をひらひらさせながらエルガは教卓に着く。それと同時に午後の授業の始まりを告げるベルが鳴った。
討災科は災厄と戦う術を学ぶ科ではあるが、当然だがいきなり実技を学んだり実戦に放り込まれる訳ではない。入学してからしばらくは座学で災厄という存在に関する基礎を学ぶ事から始まる。
そもそも災厄自体まだまだ謎が多いのだが、数百年以上に渡り戦って来た人類は彼らがどういう存在で如何に戦うべきか? と、いう知恵や知識を数えきれない屍を犠牲にしながら少しずつ積み上げて来た。
姿、形、大きさ、知能の程度はその時現れた災厄によって差があり、山の様な大きさでひたすら人間を食う事しか考えて無い獣の様な姿をした者。または姿形が限りなく人間に近く、強大な魔力を操り大勢の配下を統率してまるで軍隊の様に侵略してくる者など様々である事。
殆どの災厄に共通しているのは「いくら兵隊の数を揃えただけではどうにもならず、殆どの場合が少数精鋭によって倒されている」事である。かつて日天国に現れた妖神も西方地域を恐怖に陥れた魔王も、最後は軍隊ではなく「四雄」や「勇者」という数人の戦士達に討たれている。何故ならば災厄はどの個体も必ずと言っていいほど広域を破壊する技や術を持っており、数を揃えた所で一掃されてしまうので、数を揃えた所で無意味なのだ。
「······戦いは数こそ正義、という考え方はあくまで相手が同じ人間だった場合の話だ。災厄相手には通用しない。『数より質』こそが重要だ。それを覚えとけよ。以上!」
そう言ってエルガは授業を締め括った。
「おい、お前!」
放課後になり、玄関へと向かっていたひなた達三人を背後から呼びかける声があった。
振り向くとそこには二人の少女が立っている。
一人はひなた達同様学園の女子制服を着ているが、ひなた達と同い年とは思えぬ程背が低い。三人の中で最も背が高いのは乙羽であるが、彼女の臍の辺り程の背丈しかない。
さらにもう一人は・・・・・・こちらは逆に背が高い。顔つきからして東方地域の出身なのはわかるが肌が日に焼けた様に黒い。さらに一目で分かる程に筋肉質だ。服装は制服では無く、使用人の様な服装をしているが、特に目を引くのが腰に差してある二丁の斧だ。普通の斧よりも二回りは大きく、並みの男でも扱うには難儀しそうな重さであるのが分かる。
「何だ、私を呼んだか?」
「お前ではない! お前の隣に居る奴じゃ!」
「僕ですか?」
小柄な少女は片手に新聞の様な物を持っており、その誌面とひなたの顔をまるで比べるかのように交互に見る。
「そうだ! お前じゃな? 今話題の変態は?」
「はっ!? へ、変態!?」
ひなたは凍り付いた。何故自分が変態扱いを受けているのか? だが、冷静に考えて見れば今の自分は男であるにも関わらず女子制服を着て学校に通っているのだ。どう考えても変態である。
「女の格好を振りして男どもの性癖を歪ませた上に、女子生徒に悪戯をしたりしているそうじゃな?」
「ひなたよ、お前・・・・・・私の知らぬ間にそんな事を・・・・・・・?」
「やってませんからんね、お嬢様!?」
前者は例え歪んだ男が居たとしてもひなたの男としての尊厳が絶対に認めない。後者に関しては全く身に覚えがない。いや、先日乙羽に抱き着かれて良い思いをしたのは事実ではあるが、あれはひなたの意思ではない。しかも後者に至っては寮のひなたの自室内で起こった事であり、外部に知られる事は無い筈だ。
では、一体どこからそんな情報が流れて来たのか?
「とぼけるな!この新聞に書いてあるではないか!」
「新聞?」
少女が手に持った新聞? をひなたに投げて寄越す。
「ああ、これは【エルヴェスト・タイムス】ですね」
「天楼院様、ご存じで?」
「ええ、確かこの学園には世間の新聞社の役割を果たす『新聞委員』なる活動が存在すると聞いております。学園で日々起こっている事や話題等を取材して記事にしているとか。それが学園新聞のエルヴェスト・タイムス・・・・・・」
ひなたは新聞を開いてざっと記事に目を通すと、とある見出しが目に入った。
『サキュバスか!? それともインキュバスか!? 魔性の新入生現る!』
「さ、サキュバス? インキュバス? って、何の事でしょうか?」
「えっと、ひなたさん・・・・・・」
困惑するひなたに対して、乙羽が気まずそうな表情をしながら小声で伝える。
「その、サキュバスもインキュバスも西方地域に伝わる魔物の一種でして・・・・・・
「し、色魔・・・・・・?」
女装した結果変態呼ばわりされるのならばまだ納得は行く。それがまさか色魔扱いされる事になるとは。茫然としているひなたの横から聖が顔を出し、新聞記事を覗き込むようにしながら内容を読み上げ始めた。
「どれ。『討災科に入学して来たS氏は男子生徒でありながら女子制服を着て通学しているが、その見た目の美少女っぷりから新たな世界に目覚める男子生徒が続出。その結果、中にはそれまで順風満帆だったカップルが彼氏の方から別れ話を切り出されて破局に至るケースまで報告されている』だと?」
「僕の知らない間にそんな大惨事が!?」
「まぁ、ひなたさん可愛いですから」
「さらに続きがあるぞ。『噂ではS氏はその外見を利用して、気に入った女子生徒に同性のフリをして近づきとっかえひっかえ楽しんでいるという噂も流れている。まさに魔性の女(♂)である。果たしてその噂はどこまで事実なのか? 次回、我々取材班は本人への突撃インタビューを行う予定です、こうご期待!』との事だ」
「どこから流れてるんですかそんな噂!?」
記事を読み終えた後、聖が頬を指先でポリポリと掻きながら小さく呟いた。
「・・・・・・昨日私に取材とやらを申し込んできた新聞委員の記者だという先輩、大分誇張して書いたな」
「お嬢様!?」
「善悪は別にして、新聞記事とはどこも大袈裟に書いた方が売れる物ですから。恐らくこの記事も出来るだけ話題になるように大袈裟に書いたのでしょうね」
こんな誤解を招くような書き方をされては、今後ひなたが学園で危険人物扱いをされる流れになるのは間違いない。いや、既になっている。
「やはりお前がこの記事に書かれた危険人物なのだな!その様な輩は捨て置けぬ!」
少女がビシっとひなたに指を突きつける。
「で、ちっこいのよ。お前は何者だ?」
「ちっこい言うな! 我が名は
「ほう。その名前、ひょっとして【信】の国出身か?」
「うむ! 察しが早いな」
信は日天国の北にある大陸国家だ。正確に言えば現在の国を治めているのが【信王朝】であり、何度も国内の戦乱による分裂から統一を繰り返している為に国号は時代によってそれぞれ違う。近隣国家という事もあり、良くも悪く日天国とは関係が深い。
そしてその立ち振る舞いに、従者を連れている様子からして彼女は信の国の中でも上流階級の出身であろう事が察せられた。
「だが、おかしいな。貴様、風紀委員を名乗っていたが・・・・・・」
「僕達、まだ入学して三日目ですよ? まだどこの委員会にも属してませんよ?」
「貴女も私達と同じ一年生ですよね? 委員会の活動に関してはこれから決めていく予定のはずですが」
三人の訝しがる視線が玉鈴に集中する。
「・・・・・・言いなおそう。我は風紀委員になる予定の蘆玉鈴である!」
「予定って、つまりただの自称じゃないですか」
「そもそも人数が限られているし、自分が希望している委員会の活動が出来るとは限らんぞ」
「風紀委員とは学園内の治安に携わる重要な活動の筈。それを自称して周囲を威圧するような真似はいかがなものかと」
「む、むぐぐぐ!」
ひなた、聖、乙羽の三人から総出で突っ込まれるが、玉鈴は反論する事も出来ずに顔を赤くして頬を膨らませるばかりである。
「ええい、やかましい! 周囲の男女を誑かす色魔が我に反論などするでないわ!」
「だからそれが誤解ですってば!」
「例え今は違くても我は絶対に風紀委員になる! だから今風紀委員を名乗っても何も問題は無いのじゃ!」
何が何でも自分は風紀委員であると押し通すつもりらしい。無茶苦茶である。
「そして! 正義を愛する風紀委員である我は周囲を誑かすお前の様な奴を捨て置けぬ! おい、
「おう、出番か」
傍に控えていた黒い肌の少女が前に出る。近くで見ると威圧感が凄まじい。完全にひなたは見下ろされている形になっていた。
「これ以上こ奴による犠牲者が出る前に叩きのめせ!」
「・・・・・・は?」
「そしてこ奴を叩きのめしたという実績を上げておけば、我も風紀委員になる事への近道となる!」
「そっちが本音ですか!?」
困惑する前にひなたを前に、李三娘と呼ばれた少女は腰に下げていた二つの大斧を抜いて両手に持つ。
「運が悪かったな、お前。 オレ個人はお前に恨みは無いんだが、お嬢様の命令だ。付き合ってもらうぜ」
「な、そんな無茶苦茶な!」
「おーい、ひなたよ。抜け。全力でやらんと多分死ぬぞ」
ひなたは女子制服を纏った状態でも、腰に白光を差している。目の前に居る相手は言葉で抑えられる相手ではない事は一目瞭然だった。
(’やるしかないのか・・・・・・)
「行くぞ!」
李三娘が斧を振りかぶると同時に、ひなたも白光を鞘から抜く。
これがひなたにとって学園に来てからの最初の戦いになるのであった。
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