第17話 魔性の女(♂)

「おーい、ひなたよ。いい加減に機嫌を直さんか」

「・・・・・・ぐすん」


 入学初日から男としての尊厳を破壊されたひなたは、寮の自室の隅で膝を抱えてうずくまっていた。


「良いでは無いか。担任の教師・・・・・・そうそうエルガ氏だったか。も、認めてくれたではないか」

「だからこそ余計に絶望してるんですか!? あそこは『ちゃんと男子制服に着替えなさい!』と叱る所では!?」


 教師に注意される事によりこの状況を脱する事に最後の希望を抱いていたひなただったが、その希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。


「ふむ。しかし、確かに校則を確認すると『生徒は男女共に通学の際は当校指定の制服を着用する事』とは書かれているが、別に『男子は女子制服を着用してはいけない』などとは書かれていないからな」

「そりゃ普通書きませんよ! まさか女子制服着て登校してくる男子生徒が居るなんて想像もしませんし!」

「我々は知らない内に校則の抜け穴まで突いていたというわけか! これは痛快だ!」

「僕は全然痛快じゃありません・・・・・・」

「まぁ、そうしょげるな。周囲からも好評だったではないか。特に男から」

「だからこそ余計に辛いんですが!? 鳥肌が止まらないんですが!?」


 いくら見た目が女性っぽいとはいえひなたの内面は真っ当な男性である。女性はともかく、男子からそういう目で見られるのは恐怖以外の何物でもない。むしろ変態と罵られた方がまだマシですらある。

 その時、ひなたの部屋の扉を誰かがノックする音が聞こえた。


「ひなたさん、いらっしゃいますか?」

「乙羽殿か? うむ、入られよ」


 扉を開けて乙羽が中に入って来る。


「失礼しますね。ご気分はいかがですか?」

「天楼院様・・・・・・。体調は問題ないですが、気分は色んな意味で最悪と言った所でしょうか」


 昨日から今日にかけて、聖が目論んだひなたの女装計画に喜んで協力した乙羽だったが、羞恥心の限界を迎えたひなたが教室で倒れた際は流石に慌てたようで真っ先に駆け付けて介抱していた。


「申し訳ありません。私も悪ふざけが過ぎました」

「て、天楼院様! どうか顔をお上げ下さい!」


 心底申し訳なさそうな表情を浮かべて自分に向かって頭を下げる乙羽にひなたは慌てる。紅連家の使用人に過ぎない自分に四雄家の娘である乙羽が頭を下げるなど本来あってはならない事である。


「うむ、乙羽殿が気にする事は無いぞ! 全てはひなたに変な気分を抱いた他の男どもの責任故にな」

「お嬢様! そもそもお嬢様が僕に女装なんてさせなければ済んだ話なのでは?」

「それは無理だ」

「何故!?」

「まぁ、落ち着け。私とて鬼ではない。頑張ったお前にちゃんと褒美も用意してある」

「褒美?」


 よく見ると聖の右手には一つの包みが下げられており、それを床に置いて解き始める。


「ふはは! 見ろ、ひなた!」


 包みから現れたのは青い矢絣模様やがすりもようの着物と袴だ。控えめで華々しさは無いが使われている生地は見るからに高価で、一般人には手が届かない物だとわかる。

 だが、一つ問題点があった。


「お嬢様、それ女性用の女袴ですよね?」

「そうだが?」

「そうだが? じゃないですよ!? まさか授業が終わっても女装してなきゃいけないんですか!?」

「当然よ! こちらの着物は制服とはまた違った趣がある故、絶対に受けるぞ!」

「受けなくていいので、せめて授業時間外は僕の男としての尊厳を守らせて頂けませんか?」

「大丈夫だ。制服も着物もすぐ慣れる」

「慣れたら慣れたでそれこそ男として色々と終了だと思うのですが!」

「さぁ、試着だ! 着付けの仕方はちゃんと教えてやるので安心するがいい」

「お願いですから話を聞いて下さい・・・・・・」


 ひなたは聖に手を引かれ、部屋の隅で強引に着替えさせられるのであった・・・・・・。



「ふはは! いいぞ! 良く似合っておる! 私の見立てに間違いはなかった」

「うう・・・・・・」

 勝ち誇ったような表情でカラカラと笑う聖。

 それを尻目に再び顔が真っ赤にし、涙目でぷるぷる震えるひなた。残念な事に女子制服同様、こちらの着物も不可解な程に似合ってしまっている。

 その光景を乙羽は口元に手を当てながら眺めていた。

 

「まぁ、ひなたさん・・・・・・」

「て、天楼院様。恥ずかしいのであまり見ないで下さると・・・・・・わぁっ!?」


 乙羽が突然ひなたを抱き寄せた。


「ああ、何て可愛らしいのかしら・・・・・・!」


 愛おしそうにひなたの頭を撫でながら、身体を抱きしめる腕に力が入る。


「天楼院様・・・・・・!?」


 困惑するひなたの顔に二つの柔らかい膨らみが押し当てられる。女装を強いられた時とは別の意味で顔が真っ赤になっていく。

 元々ひなたは男にしては背が低めであり、対して乙羽は女性の中では背が高い。その体格差故に抱きしめられれば自然と乙羽の豊かな胸にひなたの顔が接触する形になってしまうのだ。


(や、柔らかい・・・・・・! それにすごくいい匂いがする・・・・・・!)

 

 ひなたの心臓が早鐘を打つ。

 紅連家の使用人になって約十年、主人である聖以外の異性とはほぼ接点の無かったひなたであるが、立派な思春期の男子でありそういう事にはもちろん興味津々な年ごろだ。しかも、相手はひなたが出会って来た女性の中でも聖と並ぶ屈指の美少女である。

 出来うる限りならいつまでもこうしていたい程の幸福感に包まれていたが、非常にまずい。下半身が色々大変な事になっているのだ。


(い、いけない・・・・・・! このままだと僕は・・・・・・!)


 間違いなく下着を汚してしまうような惨事を起こしてしまう。


「あ、あの! 天楼院様! そろそろ離してくださると助かるのですが!」

「あっ、ごめんなさい。あまりに可愛らしかったのでつい・・・・・・」


 乙羽が身体から離れると同時に、ひなたは安心感と惜しい気持ちを同時に抱いた。


「申し訳ありません。ついつい調子に乗り過ぎてしまいました」

「い、いえ・・・・・・」


 ひなたの顔は相変わらず真っ赤だが、心なしか乙羽の頬もほんのりと赤く染まっている様に見える。


「何も問題はないぞ、乙羽殿。ひなたもさぞかし良い思いをしただろうからな。なぁ、ひなたよ?」

「お、お嬢様・・・・・・」


 聖が鉄扇で顔を扇ぎながらひなたをからかう。しかし、実際良い思いしたのは事実なので何も言い返せないひなたである。


「ふふふ。それでは私は部屋に戻りますね。それでは聖さん、ひなたさん、御機嫌よう」


 そう言って乙羽は部屋を出て行った。


「男も女も魅了するとはまさに魔性の女(♂)よのう」

「な、何と言われようと僕は男ですので!」

「勿論知っているとも。その様に前かがみになっていてはなぁ」

「・・・・・・」

「どうだったのだ? 柔らかかっただろう? いやはや羨ましい。 しばらくは夜のオカズに困らぬなぁ」

「ううっ・・・・・・」


 聖には全てお見通しだったらしい。ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべている。


「美味しい目にも遭ったし、女装もそう悪い事ばかりではなかろう? お前の恥ずかしがる姿や乙羽殿の楽しそうな姿も十分見れた故、今日はこの辺にしておくか」


 そう言って自室に戻ろうと扉に向かう聖であったが、部屋を出る直前にひなたの方へ振り返り、右の掌を何か握る様な形にして上下に小刻みに動かしながらこう言った。


「今夜励み過ぎて寝不足になるのではないぞ?」

「お、お嬢様!」

「ははは! 今夜はいい夢を見るが良い!」


 カラカラと笑いながら扉を閉める聖。顔が真っ赤な状態で一人残されるひなた。色んな意味で濃すぎる一日であった。



 ちなみにその晩、案の定ひなたは中々寝つけず、罪悪感を抱きながらも三回ほど自分で処理をする羽目になるのであった。

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