第16話 始まりは羞恥心と共に

 あらゆる分野の最高峰の人材を育てるという主旨で設立されたエルヴェスト学園。今年も世界中から新しい生徒達が門を潜りに来る季節となった。

 どれも厳しい入学試験を突破した選りすぐりの逸材達だ。

 誰も彼もがここの生徒になれるという幸運に感謝し、幸福を噛みしめていた。


 そう、たった一人を除いては。



「・・・・・・」


 高名な建築家によって設計された美しい校舎内。その廊下を死んだ目をして歩く銀髪紅眼の少女が一人。

 いや、一人ではない。その横にはその顔を愉快そうに眺める栗色の髪をした美少女が一人。

 様々な人種、種族が集まるこの学園だが、美醜の価値観にそれ程の差はない。この二人とすれ違った学園の関係者は悉く振り返る。それ程の美しさがこの二人にはあった。


(ふふふ、愉快よのう。 なぁ、ひなた?)


 栗色の髪の美少女・・・・・・紅連聖は愛用の鉄扇で口元を隠しながら満足そうに小声で囁いた。

 隣で相変わらず死んだ目ををしている少女・・・・・・否、女子制服を着用してもはや少女にしか見えなくなった使用人、桜風ひなたは沈黙したままである。

 周囲からかすかに聞こえて来る会話の内容の殆どは、二人の容姿に対する反応である。 その殆どが好意的な物、あるいは賞賛なのだが、だからこそ

 余計にひなたの男としての尊厳を容赦なく破壊しに来るのであった。


(・・・・・・母様、今も僕の事を天から見守ってくれていますか? 僕は留学先で女装して過ごす羽目になっています・・・・・・)


 今の自分の姿を亡き母が見たらどんな反応をするだろうかとひなたは思った。 悲しむだろうか、呆れるだろうか?

 いや、死期を悟った時期の律はむしろはっちゃけて聖と共にノリノリで自分に女装を強いて来たので、むしろ一緒になってはしゃぐ姿が容易に想像出来た。


「聖さん、ひなたさん」

「おお、乙羽殿」


 後ろからかけられた声に振り向くと、そこには二人同様エズヴェルト学園の制服に身を包んだ天楼院乙羽の姿があった。


「ふふっ。よくお似合いですよ、ひなたさん」

「うう・・・・・・」


 乙羽が悪戯っぽい笑顔を浮かべながらひなたの顔を覗き込むと、先程まで真っ青だった顔色が赤色に染まっていく。実は女装する際にひなたの髪形をより女性っぽく整えたのは何を隠そうこの乙羽であった。また、髪だけではなく顔に薄く化粧まで施す徹底ぶりである。無論ひなたは丁重にお断りしようとしたのだが、案の定乗り気になった聖によって体を拘束され、半ば強引にされるがままになっていた。その際も二人で「ひなたさんの肌、白くてすべすべで玉の様ですわ」とか「こ奴は男子の癖に頭以外に毛が殆ど無いぞ! もしかして下の方もツルツルか!?」などど大いに盛り上がっていた。


「我々三人、寮だけでなく割り当てられた教室も同じだな」

「ええ、聖さん達も【討災科とうさいか】でいらしたのですね」


 討災科とは、文字通り災厄を討つ術を学ぶ科の事である。この学園にはあらゆる分野を学ぶ為の科が設けられているが、この討災科こそ学園の本来の主旨に沿った物だと言える。無論、ただ戦う術だけではなく本来学生に必要とされる分野の基礎的な学問もきっちり学ぶのだが。


「乙羽殿も討災科というのは少々意外であるな。こう言っては何だが、荒事には不向きに見えるのだが」

「ええ、自分でも似合わないと思います」

「では、何故?」

「これも四雄家の者の務め、とでも申しましょうか」

 

 そう言って乙羽は寂し気に微笑む。

 乙羽は持っている霊力自体は強力である事に疑いは無い物の、体の方は弱くどう考えても戦闘に向いてはいない。それでも苛烈な戦いに晒されるであろう討災科にやって来たのは、四雄家の者に課せられる義務の為なのであろう。つまり、彼女の意思に決定権は無かったのだ。

 四雄家の義務の為にと言えば聖もまた同じなのだが、彼女の場合は今回の件を非常に前向きに捉えて寧ろ楽しんでいる節すらある。例えどんな危険が伴おうと「自分が知らない事を知る事」自体が楽しくて仕方が無いという、まるで学者の様な側面も彼女は持っている事をひなたは知っている。


「ならばちょうど良い。我らは三人は一蓮托生だな! 遠慮なく頼るといい!」

「ええ、頼りにさせて頂きますね。 さぁ、教室に参りましょう」

「うむ! では行くぞ、ひなたよ」


 そう言って二人はひなたを挟むようにして歩き出す。本来ならば美少女二人に挟まれてまさに両手に花、男冥利に尽きるはずだが現在のひなたにそんな余裕ある筈も無い。

 彼にとって真の恐怖はこれからである。



 「全く、今年もこんなに馬鹿な奴らが集まって来たか」

 

 エルヴェスト学園の教師であるエルガ・プライズは自分が担当する教室の生徒名簿を見ながらぼやいた。今日から新学期が始まり、今は教室に向かって廊下を歩いている途中である。


「うー、頭いてぇな。昨晩はやっぱ飲み過ぎたか・・・・・・」


 二日酔いのせいでまるで鉛のように重くなっている頭をボリボリと掻きむしる。今朝は寝癖すらまともに直さなかったのか、髪はまるで爆発でもしたかのようにボサボサのままだ。

 彼は今年で二十八歳になりいい加減浮いた話の一つや二つあっても当然なのだが、如何せんこのだらしのない性格が災いしてか結婚はおろか恋人すらいない。


「何でこんなに死にたがる奴らが多いのかねぇ」


 討災科は謂わば軍隊であり、兵隊を育てる場所である。それも普通の兵隊ではない。相手は災厄という怪物達なのだ。当然の事だが入学した全員が誰一人欠けずに卒業を迎える事などまずあり得ない。早くから両親を亡くし、食っていく為に已む無く軍隊に入隊して気が付いたら災厄と戦う羽目になっていたエルガの様な人間からすればそんな場所に自分の意思で入って来るのは狂気の沙汰としか思えなかった。大嫌いな軍隊からはとうに除隊はしているものの戦う以外に生きる術は知らなかったので、結局はこうして若者に戦う術を教えて生きている。自身が何よりも嫌っていた上官の様な真似をして金を得ているのが何とも皮肉に思えた。


(・・・・・・どんだけぼやいても俺に出来る事は、生き抜く手段を教えて後は精々居るかどうかも怪しい神様とやらに祈る事位だがね)


 気づけば自分の受け持つ教室の前に立っていた。扉に手をかけて開く。


「うーっす」


 やる気のない挨拶をしながら中に入り、これからうんざりする程顔を合わせる事になるだろう生徒達の顔を見回す。エルガの予想通り人種、種族もバラバラな実に国際色の豊かな面々だ。

 この学園に入学出来ている時点で優秀なのは当たり前なのだが、それでもこの中で生き残れるのは何割いるだろうか。


「よう、新入生共。俺はエルガ、エルガ・プライズ。お前達のクラスを受け持つ担任だ。しっかり覚えとけ。他にも色々と説明する事は山積みだが、まずは出席を取る。ちゃんと返事して俺にお前達の顔を覚えさせろ。でないと、お前らが死んだ時に報告できんからな」


 場を和ます軽いジョークのつもりだったのだが殆どの生徒の表情が凍り付いているのを見て、エルガは内心ではやっちまったなと思いつつも頭をポリポリと掻いて誤魔化す。

 気を取り直して名簿を開いて順番に名を呼んでいくと、生徒からはしっかりとした返事が返ってくる。


「桜風ひなた!」


 だが、ここで返事が途絶えた。


「ん? 居ないのか? 桜風ひなた」

「・・・・・・ハイ」


 二回目でようやく蚊の鳴くような返事が返ってくる。視線を向ければ銀色に紅い瞳をした女子生徒が若干俯きながらおずおずと手を上げていた。


「なんだ、居るじゃないか・・・・・・ん?」


 その姿にエルガは違和感を覚えた。手元の名簿を二度見し、名前の下にある性別蘭を確認する。


「なぁ、ちょっといいか?」

「・・・・・・はい」

「お前、男子生徒なのに何で女子制服着てるんだ?」


 周囲がざわつく。


「え? あの子、男だったの?」

「ウソだろ? どう見たって女だろ?」

「あれで股間にぶら下がってるとか詐欺では?」


 ひなたの顔は羞恥心の為に真っ赤になり、まるで雨に打たれた後のように冷や汗でずぶ濡れになっていた。全身も微かに震えている。となりに座っている聖は鉄扇で口元を隠しながら笑っていた。

 その様子を見たエルガはひなたが自分の意思で女子制服を着ているのではない事を見抜いた。さらに名簿の備考欄にて彼が聖の使用人である事を確認する。


(あー、そういう事か)


 エルガは二人がそれぞれ浮かべている表情から大体の事情は察した。この学園には各国の富裕層や支配層出身の生徒が多く中には使用人を伴って来るのも珍しくないが、あくまでただの使用人扱いで主人の傍に控えるが学園の授業を受ける資格は持っていない場合と、使用人も試験を突破して主人と共に学業に励む場合がある。前者の場合が殆どで、後者はかなり珍しい。大抵の場合は使用人はどこまで行っても使用人としての扱いであり、主人同様の高等教育を受けているのは稀であるからだ。そこまでされる使用人は雇い主から相当な信頼が無いとまずはあり得ない。

 彼の主人である紅連聖の備考欄を確認するとそこに書かれているのは「能力は甚だ優秀だが、性格に甚だ難あり」とある。


(主人の方は良くも悪くも突出した奴らしい。つまり、ありゃ本人じゃなくて主人の方の趣味か)


 心の中でエルガはひなたに向かって同情した。


「何て言うか、程々にな」

「おや、先生。男子制服に着替えろとは言わぬのですか?」


 意外そうな顔をした聖がエルガに訊ねる。


「ん-、色々と思う事はあるが、別に校則で禁止されてる訳ではないからな。俺もそこまで強制は出来ん」

「成程! 思いのほか自由な校風な訳ですな。 良かったな、ひなた!」


 カラカラと笑う聖の横で、ひなたの顔はますます赤くなる。まるで熱した鉄の様で、そのまま溶け出すんじゃないかと心配してしまう。

 再び周囲がざわつく。


「あの二人どんな関係だよ・・・・・・」

「そういうプレイか何かかしら?」

「ひょっとして変態・・・・・・?」

「でも、男だとしてもあれなら全然アリじゃない?」

「いかん。新たな世界に目覚めそうだ」


 教室全体が異様な熱気に包まれる。


「・・・・・・きゅう」

 

 色々と限界を迎えたひなたは目を回して倒れた。


「・・・・・・大丈夫か、今年の新入生は?」


 幸先不安過ぎるスタートを切った事に頭を抱えるエルガであった。

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