第15話 こんにちは新生活。さよなら男子制服。

 ひなたは勿論も事、聖も乙羽も生まれてこのかた日天国から外へ出た事は無い。そもそも日天国自体が長らく続けていた鎖国を解いて国際社会の一員となって積極的に外交を始めてからまだ百年も経ってないのだから、それもまた当然と言えた。西方地域の国々から近代化の為に技術者や外交官をようやく受け入れて始めたのが五十年前、一般層の留学が始まったのは最近の事である。

 

「ほほう! すごいな、これは!」


 ラストリク大陸に到着し、港に降り立った聖は驚嘆の声を上げた。 周囲を見渡すと、様々な国からやって来た無数の船が船着き場を埋め尽くしている。


「全て学園関係者の船なんでしょうか?」

「ええ、恐らくは。それにしてもすごい数ですね」

「港の広さも帝都港の数倍はあるぞ! 圧巻だ!」


 三人で周囲を見回しながら学園への道を歩く。とにかく環境が過酷だと知られているラストリク大陸だが、学園を含めた居住区域はしっかりと整備されているらしい。港から通じる道もしっかりと舗装されているので非常に歩きやすい。

 港からしばらく歩くいて市街地区域に入る。この区域も正確な広さはわからないがとにかく大きい。

 その間も様々な人間と行違う。肌の白い西方人や、日天国人とよく似た見かけの東方人。初めて見る黒い肌の人種。さらに驚くべきなのは明らかに人間ではない種族までもが当たり前の様にここで暮らしている事であった。

 基本的にどれも二足で立って歩いているのは同じだが、顔が狼だったり、もしくは豚そくっりだったり。中には蜥蜴とかげのような顔をして全身が鱗で覆われた者まで居た。


「あのような者達を亜人種と呼ぶらしいな」

「亜人種、ですか?」

「うむ。私も知識しては知っていたが、本物を見るのは初めてだ」


 目を白黒させているひなたと違って、聖の表情は実に楽し気だ。


「人は似て非なる者達、ともいうべきか。確かに我々人間とは一風変わった外見をしているが、かといってばけものの様に話が全く通じないというわけではなく、人間と交流を持って商売をしたり、中には一緒に暮らしたりする者も珍しくはないという話だそうだ」

「日天国では聞いた事ありませんね」

「うむ。日天国だけではなく東方地域の国々ではその様な話は殆ど無い様だ。もっぱら西方地域の国々に集中している。不思議な話だな」


 日天国にもある程度人の言葉を解したり話す妖は居る。が、人と交流を持ったり一緒に暮らすなどまずあり得ない事だ。大抵は獲物と定めた人間に対して油断させる為に人語を利用しているに過ぎない。


「以前お話しした、遥か昔に天楼院家と交わったとされるエルフという種族ですが、あれも立派な亜人種の一つですわ」


 二人のやり取りを見ていた乙羽補足する様に言う。と、なれば乙羽には亜人種の血が混じっているという事になる。そもそも人と亜人種の間で子を為せるという事自体が驚きであった。


「世界って広いんですね」

「何を言うか。まだまだ序の口であろうに」


 聖の言うとおりである。色んな物を見せられるのはこれからでありその中には「見ない方が幸せだった物」も多分に含まれるであろう事はひなたにもわかっていた。



 だだっ広い市街地区域を抜けると、ようやくエルヴェスト学園の門へと到着する。


「・・・・・・」


 門をくぐった先の光景を見て三人は息を飲んだ。


「ここが、学び舎・・・・・・?」


 そこから広がっていたのは学園と言うよりも巨大な城下町を思わせる物であった。巨大な壁によって周囲が囲まれ、中心部には校舎らしき城のような建造物があり、その周辺にさまざまな大きさの建物が無数に並び建っている。


「ふはは!、噂には聞いていたがやはり狂っているな、ここは!」


 聖がゲラゲラと笑う。

 確かにここまで圧巻だと「凄い!」とか「素晴らしい!」などというありふれた誉め言葉よりも「狂っている」という表現の方がしっくり来る。


「一体どうなってるんですか、ここは。一体どんな風に狂えばこんな場所を作れるんですか?」

「ひなたさんもご存じのように、ここはあらゆる分野で世界最高峰の人材を育てると同時に、世界に仇名す災厄を打ち払う為に作られた場所です。その趣旨に賛同した様々な国家が資金を提供して成り立っているのがこの学園だそうで」


 乙羽はこう言った後に「とはいえ、私も流石にここまで凄い場所とは思いませんでしたけれども」と、はにかんだ笑顔で付け加えた。

 つまり、世界の国々が後援者なわけである。でなければこんなイカれた場所は作りたくても作れないだろう。

 

「何を呆けておるか、ひなたよ。さっさと校舎へ行って手続きを済ますぞ!」


 一人でずんずんと先へ進んでいく主をひなたは慌てて追った。



 どう見ても西方地域の大国にあるような城にしか見えない校舎に辿り着くと、受付で入校の手続きを済ます。その際に通りかかった様々な人種の在校生達から奇異の目で見られたが、それはもうどこの学び舎でも起こる通過儀礼のような物だろう。

 授業が始まるのは明日からである。なので三人は相談の上、今日はひとまず寮に向かって割り当てられた自室で休むことにした。

 如何せんあまりに巨大で生徒数も多い学園である。その分建てられた寮の数も多いが、ひなた達三人は偶然にも同じ寮に割り当てられていた。本来ならば間違い等が起こらない様に男女は別々にするのが普通だと思うのだが、その様な校則は一切無いらしい。聖が「優秀な人間ばかり集まっているというのなら、いっその事積極的に子孫が残せるようにした方が学園側にとっても都合が良いのではないか?」などと言って来たのでひなたは若干反応に困った。乙羽は「まぁまぁ」と言いながらはにかんでいたが。


「ようやく一息つける・・・・・・」


 予め紅連家の屋敷から送って置いた荷物の荷ほどきも無事に終わり、ひなたは寝台ベッドの上に倒れ込んだ。帝都港を発ってから約ひと月、久々の陸地に一種の感激さえ覚えるひなたである。


(まさか、氷陣家から逃げ出した僕が留学をする事になるなんて・・・・・・)


 ひなたは母親である律と屋敷を飛び出し、一時期は浮浪者にまで落ちたひなたである。それがこうして国を飛び出し、世界最高と言われる学び舎に入る事になるとは。運命とはつくづくわからない。

だが感慨に耽る前に、ひなたには対処せねばならない問題がある。


(どうしよう、制服・・・・・・)


 聖に散々脅されたものの、ひなたは本来自分が着るべきである男子用の学生服をこっそり持ち込んできている。


(何とかしてこれを着る方法はないだろうか? 思い切って女子制服をの方をお嬢様にバレないように処分してしまうとか・・・・・・)


 そんな事を考えていると、ノックも無しに部屋の扉が無造作に開け放たれた。


「ふはは! ひなたよ! 準備は良いか!?」

「お邪魔します、ひなたさん」


 振り向けばそこには聖と乙羽の姿があった。


「お、お二人とも? 一体どうなされたんですか?」

「どうもこうも無い。明日に備えて予行練習をするぞ!」

「予行練習・・・・・・って、まさか!?」

「喜ぶがいい。乙羽殿も手伝ってくれるそうだぞ?」


 ニヤリと悪魔のような笑みを聖が浮かべる。となりに居る乙羽も笑っているが、その笑みは今まで見た清楚な令嬢の笑顔と違い、まるで悪戯っ子のような笑みに近い。


「ひなたさん、事情はお聞きしましたわ」

「て、天楼院様・・・・・・」

「まさかひなたさんが『定期的に女の子の服を着ないと、女の子を見境なく押し倒してたまらなくなる』病の持ち主だったなんて」

「嘘ですからね!? そんな病気この世に存在するわけないですからね!?」

「勿論冗談ですけれども♪」

「ならば何故・・・・・・!?」

「ひなたさんの女性制服姿、私も是非とも見たいのです!」


 どうやら乙羽も聖に抱き込まれたようである。性格は全く違うが、趣味は似ているのかもしれない。


「と、いうわけで明日に備えて一度女子制服に着替えるのだ、ひなたよ!」

「ほ、本当に着なきゃいけないんですか!?」

「当然だ! 約束したであろう!」

「約束というよりも脅迫ですよね!?」

「ええい、まだこんな物に未練があるのか!? 女々しいぞ!」


 そういうと聖はひなたがこっそり持ってきた男子用の制服を、上下とも手でビリビリと真っ二つに割いてしまった。


「あああああ!? 男子制服が!? 僕の最後の希望が!?」

「目を覚ませひなたよ! お前の希望はこちらの女子制服だ!」

「僕の目には絶望しか見えないんですが!?」

「いい加減覚悟せよ! この期に及んでまだごねるというならば・・・・・・!」


 聖は突如隣に立っていた乙羽に縋りつくような仕草を見せる。


「乙羽殿、聞いてくれ! 私はひなたと主従の間柄ではあるが、実は奴隷同然なのだ!」


 それに合わせるかのように乙羽も急に悲しむような表情を見せた後、目に涙を浮かべながら言う。


「・・・・・・実は私も、ひなたさんに押し倒されてあられもない姿を写真機で撮られた上に『これをばら撒かれたくなければいう事を聞け』と・・・・・・!」

「ああ、何て事だ! 私がもっとしっかりしていればこんな事には・・・・・・!」

「聖さん・・・・・・!」

「乙羽殿・・・・・・!」

 

 そう言いながら頬を涙で濡らせつつ、お互いを慰めるように抱き合う二人。美しい少女二人が抱き合うその様は、その手の趣味がある人間ならば歓喜しそうな光景である。問題は両者の演技がひたすら安っぽい事だろうか。


「・・・・・・と、いうのを今度は生徒や教員含めた学院関係者の前でやらざるを得ないが?」

「何ですか、今の三文芝居は!? 相方が出来た分悪質さは増してますが、そんな安っぽい演技では誰も信じては・・・・・・」

「ふっ! 三文芝居だろうと美女が涙を浮かべて訴えれば大抵の人間は信じてしまう物よ!」

「ぐっ! 最悪ですが事実だから反論が出来ないのが困ります!」

「大丈夫ですよ、ひなたさん。決して悪いようにはしませんから」


 見れば乙羽の手には櫛が握られており、こっちはこっちでやる気満々である。聖も両手をわきわき動かしながら迫って来る。

 ひなたは思わず後ずさるが、背後には壁しかない。逃げ場は無かった。



 その日、まるでこの世の終わりを告げるような絶望に満ちた絶叫が寮全体に響き渡るのであった。

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