第14話 新天地

サハギンの群れの襲撃からさらに数日、船は何のトラブルもなく航海を続けていた。船員も軽傷を負った者は居たものの、命に関わるような重傷を負った者や死亡者は出なかったのは不幸中の幸いである。おかげで船の運航には何の支障も出なかったのだ。


「うむ! 安心したぞ、乙羽殿」


 船室ですっかり顔色が元通りになった乙羽を見た聖が微笑む。

 

「ありがとうございます。船員の方々が色々と気を使って下さいましたから」


 サハギンの群れを撃退した後、船員達がひなたや聖の元に押し掛けて来て丁寧に礼を述べた。三人が来なかったら間違いなく群れに押しつぶされて船員達は皆殺しにされていただろう、と。

 そこでボスサハギンにトドメを刺した乙羽が倒れた事を話すと、船員の一人がすっ飛んで行って船医を呼んで来てくれた。船医からはとにかく休むように勧められ、船員達も粥を煮て持って来てくれたりと気を使ってくれた。おかげで乙羽の体調はすっかり元通りになったのだ。


「むぅ、しかし惜しいな」

「何がですか?」

「サハギンの事だ。あ奴らの外見はどう見ても二本足の魚であったろう? 刺身にすれば食えたのではないか? さぞかし珍味であったろうにな」

「何をおっしゃいますか! あんな物口にしたら絶対に病気になりますよ!」

「むぅ。 ならば塩焼きではどうだ? 火を通せば大丈夫だろう?」

「調理法の問題じゃありませんってば!?」


 元々食欲も人並み外れているのが聖であったが、流石にあんな物まで食べたら体調を崩すに決まっている。いや、逆に聖ならば精々腹痛程度で済むかもしれないが、使用人という立場上ひなたは止めざるを得ない。


「それにしても驚きました。お二人ともお強いのですね」

「何を言う! サハギンの頭目に止めを刺したのは乙羽殿では無いか。こっちこそ驚いたわ!」

「いえ、私が居なくてもお二人ならば何とかしたでしょうし・・・・・・ひょっとしたら出過ぎた真似をしたのではないかと」

「そんな事ありません。天楼院様が来てくださったおかげで助かりました」


 聖にあれだけ顔面を殴られても生きていた程頑丈だったボスサハギンである。もしも長期戦になって海に逃げた群れが再びボスサハギンを助ける為に戻って来たりすれば、さらに面倒な事になっていたに違いない。


「我ながら情けない限りです、一度の召喚で倒れてしまうなんて。以前はこうでは無かったのですが・・・・・・」

「そうなのか?」

「はい。実を言うと私は、お二人よりも一つ上で今年十七歳になります。一年程病で臥せっていましたので」


 元々体は丈夫な方ではないのだろう。乙羽の清楚な佇まいには、同時にいつ消えてしまうか分からないような儚さを感じていた。常に動き回り、どんなに見た目が怪しい物での平気で食らい、生まれてこの方病気も怪我も何一つしてない様な聖とは悉く正反対だ。

「例え世界が滅んでも、聖は一人で生きていけるんじゃないかなぁ?」とは、実の父親である海斗の評である。


「・・・・・・その影響なのか、体の方が術の負荷に耐えられなくなってしまっているようなのです」

「そんな状態なのにあそこまでして助けてくださったのですか」

「これは大きな借りが出来たな! 乙羽殿、今後何か困った事があったなら遠慮なく我らに相談するといい。紅連家は助けてくれた恩は忘れん故!」

 

 聖が自分の胸を誇らしげにドンと叩く。ひなたも同じ気持ちだった。下手をすれば乙羽は命を落とす可能性すらあったのだ。その恩に報いねばならない。ひなたが当初抱いていた乙羽への疑念はこの時には完全に吹き飛んでいた。


「ふふっ、ありがとうございます。それはそうと気になっていたのですが・・・・・・」

「?」


 乙羽がひなたの顔をしげしげと見つめる。


「ひなたさん、珍しい髪の色と瞳をしていらっしゃるのですね。今更ですけども」

「え。 そ、そうですか?」

「ははは! 珍しいだろう! 生まれつきだそうだ。乙羽殿にエルフの血が混じっているように、ひなたの先祖にも何らかの異人や異種族の血が混じっているのかもしれんな」


 ひなたは呪子だ。そして乙羽も四雄家の出身ならば恐らくは呪子という存在を多少なりとも知っている筈である。もしくは過去に天楼院家にも呪子が生まれている可能性は十分にあり得た。乙羽が悪意の無い人間だという事は十分承知している。しかし、それでもやはりひなたが呪子である事を知られるのは避けたかった。四雄家関係者は勿論の事、まともな日天国人ならば妖神の化身であると言われる人間に良い印象など抱くはずがない。聖や開斗を含めた紅連家の関係者が例外なのだ。だからこそあの聖ですらこの場はああ言ってごまかしたのだろう。


「・・・・・・とても綺麗な色ですね。見惚れてしまいそうです」

「あ、ありがとうございます」


 幸い乙羽には気づかれていないようである。安心すると同時に、まるで乙羽を騙しているような気がして胸がチクリと痛んだ。隠し事とは遅かれ早かれいつかはバレるのが世の常だ。そして後に知られる程、他者に与える失望感も大きい物だ。


(いっその事、機会を見てこちらから天楼院様に打ち明けた方がいいかもしれない。最悪、不信感を持たれるのは僕だけでいい。聖様とさえ仲良くして頂ければ・・・・・・)


 ひなたがそんな事を考え込んでいると、唐突に聖に尻を蹴られた。


「あ痛ッ! お、お嬢様?」

「おい、ひなた! 何を小難しい顔をしておる? もうすぐ到着だぞ。辛気臭い表情は良さぬか」

「・・・・・・そんな顔をしていましたか?」

「ええ、眉間に皺が寄っておられました。何か悩み事でも?」

「い、いえ」


 乙羽にまで指摘されてしまった。どうもひなたは考えている事が表情に出やすいらしくその事は師匠である六助にも散々指摘されていたが、どれだけ気を付けているつもりでもこればかりはどうにもならなかった。日頃から聖の奇行に巻き込まれ否応なくツッコミを入れざるを得なくなった事の弊害では無いかと最近思い始めている。

 そんな風に三人でじゃれあう日々が続き時間はあっという間に流れて行く。

 

 そして帝都港を出てから一月が過ぎた頃、いつものように三人で雑談に興じていると、船内放送が入る。


『お客様に申し上げます。本船は間も無くラストリク大陸に到着致します』

「おお、いよいよか!」


 聖を先頭に三人は甲板へと向かう。


「あちらを見てください!」


 風に吹かれながら乙羽が指差した先には広大に広がる陸地が見えた。


(あれがラストリク大陸・・・・・・)


 これからひなた達が過ごすであろう新天地では、一体どんな出来事が待っているのか。希望なのか、絶望なのか。それはまだわからない。

 だが、確実に一つだけ言える事がひなたにはあった。


(女子制服なんて着たくないよぉぉぉぉぉ!)


 それは決して声には出せぬ、心の叫びであった。

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