第11話 天楼院家の娘

 翌日、帝都の西方式旅館(ホテルと呼ぶ)で一泊した聖とひなたの主従は、早朝から帝都港ていとこうに向かった。

 埠頭には既にラストリク大陸行への蒸気船が到着しており、入り口でエスヴェルト学園の入学許可証を提示して船内に入る。

 ラストリク大陸は未だに謎の多い特殊な土地だ。基本的に一般人の立ち入りは禁止され、世界中から現地に派遣されている観測隊、もしくは二人の様なエスヴェルト学園の関係者のみが上陸を許される。この船には人以外にも大陸へと運ぶ様々な物資が大量に積まれていた。

 周囲を見回すと、ひなた達と同年代の若者の姿が何名か見受けられた。


「彼らもエスヴェルト学園の新入生でしょうか」

「うむ、恐らくはな」


 エスヴェルト学園は開斗が語っていた様に現代では世界最高峰の学園である。「災厄に対抗出来る人間を育てる」というのが趣旨であるものの、決してそれだけではない。様々な分野の最高峰の人材を発掘し、育成する場所でもあるのだ。

 基本的に集まって来るのは「高等な教育を当たり前の様に受けており、難解な入学試験を突破できる頭脳を持つ全世界の上流階級の人間」が中心になるのだが、ごく一部例外に「下流層もしくは中流層出身だが、何かしらの分野で世界を引っ張りうる才能を秘めた人材」と学園に認められて生徒になった者もいるという。極端に言ってしまえば何かしらの才能がある、もしくは才能を秘めている可能性があると判断された者ならば、何人であろうと受け入れる場所であった。無論、その壁は恐ろしく高いのだが。


「いよいよだな、ひなたよ。私も流石に国外に行くのは初めてだ。心が躍るぞ!」

「僕もです、お嬢様」


 船内を移動中の事である。廊下でひなたが腰に差した太刀の鞘が、すれ違った乗客に接触してしまった。

 

「失礼致しました」

「いえ、お気になさらず。こちらこそ失礼致しました」


 振り返り、頭を下げたひなたに返ってきたのは優しい返事。

 目の前に立っていたのは、長さが腰ほどまである美しい黒髪に青い宝石の様な瞳をした少女だった。女性にしては背丈が高めで、細い体つきには不釣り合いと思える程の豊かな膨らみが胸にある。さらに特長的なのは、耳が常人に比べて尖った様な形をしている事だ。ひなたの隣に居た聖もそれに気づいたようで興味深そうに眺めていた。


「失礼ですが······貴方がたもエスヴェルト学園の新入生の方でしょうか」

「うむ! 私は紅連聖、こちらは使用人の桜風ひなたである!」


 改めてひなたは頭を下げた。少女は少し驚いたような表情を浮かべている。


「ひょっとして、紅連家の御息女様でいらっしゃいますか?」

「おや、私の事を知っているのか? 失礼だが、どこかでお会いしたか?」

「いえいえ。紅連家の御息女様と言えば有名な方ですから」

「ふむ。聞いたか、ひなたよ? 私も有名になった物だな!」


 腰に手を当ててカラカラと笑う聖であったが、その横でひなたは苦笑を浮かべていた。有名なのは間違い無いが、恐らくそれは日頃の奇行のせいである事はほぼ間違いない。無論、それをわざわざ口に出すような真似はしなかったが。


「申し遅れました。私は天楼院乙羽と申します。以後お見知り置きを」


 天楼院という聞き覚えのある言葉を聞いて、聖とひなたは顔を見合わせる。


「ひょっとして、四雄家の一つである天楼院家の方でしょうか?」

「はい。その天楼院です」


 天楼院家は式神しきがみや精霊などを使役する【召喚師しょうかんし】の家系で、かつて四雄家の中では政治に対して最も大きな影響力を誇っていたが、時代が変化して行くにつれて衰退が進み、今では四家の中ではもっとも弱体化した勢力になってしまったと、ひなた以前に律や開斗に聞いていた。


「では、貴女が天楼院家の中で最も強い霊力を持っているという乙羽殿だったのか!」

「いえ、そんな・・・・・・」

「謙遜は無用! 会えて光栄だ!」


 嬉しそうな聖の側で、ひなたは乙羽を観察する。


(もしも彼女が刺客であったならば・・・・・・)


 出来れば他人を疑うような真似などしたくはないのだが、ひなたは聖の使用人であり身辺の警護も大事な任務である。相手が四雄家の人間である以上は出来うる限りの警戒はする必要があった。


「おい、ひなたよ。何をじろじろ見ておる? 乙羽殿に失礼であろう!」

「あ、いえ・・・・・・」


 これも聖の為のつもりであったのだが、どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。


「乙羽殿の乳房が幾ら立派で見事な迄に揺れるからと言って、凝視するのは頂けんな!」

「見てませんよ!? むしろその言い草だとお嬢様の方がよっぽど凝視してらっしゃいませんか!?」

「許してくれ、乙羽殿。こいつは女みたいな顔をしているが中身はやはり思春期の男なのでな。たわわなおっぱいには目が無いのだ!」

「お嬢様!? お願いですから話を聞いて下さい!」

「ついでに言うと女装が趣味の変態だ!」

「あれは僕の趣味じゃなくてお嬢様の趣味ですよね!? 僕は被害者ですよね!?」

「ふふっ。お二人とも、仲がよろしいのですね」


 乙羽は聖とひなたのやりとりを見てクスクスと笑っていた。そこに演技臭さや、何かしら裏を秘めているような気配は感じられない。


(この方は信用しても大丈夫かもしれない)

 

 ひなたはひとまず警戒を緩める事にした。


「音羽殿、我らは今から割り当てられた船室に向かうが良ければ一緒に来ないか?」

「私もですか?」

「うむ、見た所音羽殿は連れも居ない様子。目的地に着くまでは一月の間は船の中だ。話し相手位は居た方が気も紛れよう!」


 それはひなたも気になっていた所であった。ただでさえ敵の多い四雄家の人間が使用人も連れずに遠出をすること自体が本来なら異常である。幼い頃から使用人を置き去りにして一人であちこち歩き回っていた聖はまさに異端児であったのだ。

 

「しかし、ご迷惑になりませんでしょうか?」

「余計な心配は無用! さぁ、行くとしよう!」


 聖は音羽の手を握って先導するように歩き出す。音羽は「本当にいいのでしょうか?」と言いたげな表情を浮かべてひなたに視線を送ってくる。


(初めて会った方に対しても、相変わらず強引だなぁ)


 その視線を受けてひなたが返事の代わりに苦笑を浮かべると、それだけで全てを察したのか、音羽は微笑んで聖と共に歩き出したのだった。



 船室に入り、聖が帝都で買い込んだ大量の菓子をつまみながら他愛も無い話をしている内に、三人はあっという間に打ち解けた。

 途中でひなたの女装姿の話題になり、ひなたのメイド服姿やナース服を着た時の写真を聖が乙羽に見せ始めたので、ひなたの顔色が青くなったり赤くなったりするのを乙羽は楽しそうに眺めていた。

 乙羽は全身の雰囲気から仕草、佇まいまでがとにかく清楚で慎ましやかである。その上で外見まで凄まじい美人なのだから本当に非の打ちどころがない。とにかく行動的で良くも悪くも遠慮が無い聖とは正反対、まるで多くの日天人の男が想像する「理想的な日天人女性」が具現化したような存在であった。


(聖お嬢様に長らく仕えてるせいで感覚が麻痺してたけど、本来お嬢様とはこういう感じなのかもしれない)


「む、ひなたよ。今何だか失礼な事を考えていなかったか?」

「いえ、何も?」

「それにしてもこのひなたさんの写真、大変可愛らしいですわ」

「て、天楼院様、どうかご勘弁の程を」

「エスヴェルト学園の女子制服も実はお似合いだったりするかもしれませんね」

「・・・・・・ゴフッ」

「ひなたさん!? どうされたのですか!?」

 忘れかけていた、これからやってくる厳しい現実を思い出し、胃が限界を迎えると同時に口から血を吐きその場で崩れ落ちるひなた 

 まさか本当に女子制服を着て過ごす事になっているとは乙羽も思うまい。倒れたひなたに駆け寄る乙羽を聖は光景をニタニタしながら眺めている。


 後に学園の名物とまで言われるようになる三人の出会いはこうして始まったのであった。


 

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