第10話 帝都へ

「では父上、行って参ります!」

「うむ、体に気を付けるのだぞ! ひなた、聖の事を頼んだぞ」

「承りました」

 

 出発の朝を迎え、門の前まで見送りに出て来てくれた開斗達にひなたは頭を下げた。これからの予定として、二人はまず駅へと向かい、汽車を乗り継いで帝都に向かうのだ。

 ラストリク大陸に向かうには帝都の港から船に乗らねばならない。

 


「ああ、そうだ。あれを渡し忘れていた。六助!」

「はっ」


 六助がひなたに持ってきたのは一振りの太刀である。


「これは・・・・・・」

「律さんから預かっていた物です。氷陣家から出奔する際に武芸指南役の方から譲り受けた物だとか」


 ひなたは思い出した。 自分達が逃げ出す際に、じいじと呼んで慕っていた周防光徳すおうみつのりが託してくれた名刀白光びゃっこうの事を。


「彼女の病が発覚した後に『折を見てこれをひなたに渡して欲しい』と」

「六助の元で修練を積んだ今の君になら十分扱えるだろう。良い機会だ。持って行ってくれ」

「有難くお受け致します」


 両手を差し出して恭しく受け取ると、帯革ベルトに差す。まるで律と光徳の二人が自分の側に居てくれるような感覚がして、心無しか安心感が満ちていく気がした。


「ほう、中々様になってるではないか」


 聖が愉快そうに笑う。

 

「恐れ入ります」

「女子制服を着た状態でもさぞかし似合うであろう」

「言わないで下さい! せっかく忘れかけていたのに!」

「忘れた所で現実は逃げてはくれんぞ! ふはははは!」


 昨夜の聖がひなたに半ば脅迫までして承諾(?)させた件については紅連家の人々は誰も知らなかったのだが、今のやりとりを聞いただけで全員察したようで、六助や他の使用人達は心の底から哀れんだ目でひなたを見ていた。


「まぁ、頑張れ」

「どう頑張れば良いのでしょうか・・・・・・」


 苦笑いを浮かべながら肩をポンポンと叩いて来る開斗に、ひなたは早くも泣きそうな表情になっている。


「では、参るぞ! 皆の衆、しばしの別れだ!」

「・・・・・・行って参ります」


 紅連家の人々に見送られながら、二人は駅へ向かって歩き出した。


 日天国が国内初の鉄道建築に着手したのは今から三十年程前の事である。鉄道先進国であるアクトール王国の協力によってそれから五年後には国内初の鉄道が無事に開通し、大評判となったのである。 それを聞いた政府は本格的な国内の鉄道建設を決断する。鉄道を利用した人や物資の運搬が大規模な経済効果を生み出す事は明白だったからだ。

 紅連家の領内にも八年前にようやく鉄道が開通した。四雄家の関係者は立場上帝都に出向く機会がとにかく多い。それまでの移動手段は主に馬車か船であったが、この鉄道ならば移動時間を大幅に短縮出来る。まさに革命であった。

駅に到着すると、構内は大量の人でごった返している。ちょうど今の時期は仕事も学生も春の長期休暇期間中である所が多い。旅行鞄を持った家族連れの姿も多くみられた。


「お嬢様、それは?」

「無論、弁当だ!」


 ひなたが二人分の切符を買っている間に、聖はいつの間にか大きな包みを抱えていた。売店で数人前とお茶を購入していたらしい。


「長旅になるからな。食べ物はしっかり買っておかねば!」

「いくら何でも多過ぎでは? 見た限り六人前はあるようですが」

「問題無い。私一人で人前は行けるからな」

 

 聖はよく食べる。成長期である事は間違い無いにしても、とにかく心配になる位良く食べる。なのに、周囲の女子が羨むような体型を維持しているのが本当に謎であった。


「時刻表によれば間も無く汽車が来る。さっさと乗降場ホームに向かうぞ!」


 聖はそう言って積み重なった弁当が入った包みをひなたに渡すと、自分は改札口の方へとずんずんと進んでいく。ひなたは苦笑しながらその後を追った。ちょうど汽車が汽笛を鳴らしながら乗降場に入ってくるのが見えた。


「しばらくこの風景ともお別れですね」


 汽車に乗り込み、車窓から慣れ親しんだ外の風景を見ながらひなたは呟いた。


「ああ、そうだな」

「・・・・・・お嬢様、もう弁当を食べていらっしゃるので?」

「うむ、 腹が減ったのでな」


 気づけば聖は早くも弁当の包みを解き、おかずのだし巻き卵を頬張っていた。しかし、まだまだ朝の時間帯である。そもそも屋敷を出発する前に朝食もしっかり食べて来た筈なのだ。

 一つ目の弁当箱を空にすると、続けざまに二つ目の弁当箱の包みを解く。

 一体この細い体のどこにこれだけの食べ物を収める場所があるのだろうかと、ひなたは今更ながら気になった


 それから電車を四回程乗り継ぎ、帝都の駅に着いたのは陽が沈みかけた時刻である。


「ここが帝都・・・・・・」


 汽車から帝都駅に降り立ったひなたは目を瞠った。

 行き交う人々の多さも賑やかさも、ひなたが今まで訪れた事のあるどんな場所とも比較にならない。並び立つ建物も古臭い木造建築などではなく西方式の洒落た物が多い。その点に関しては紅連家の領地にも通ずる所があったが規模が段違いである。

 これぞまさに日天国首都の威厳であった。


「ひなたは帝都に来るのは初めてか?」

「はい。噂には聞いていましたが、ここまで発展しているとは」

「はははは。まぁ、当然と言えば当然だ。ここには帝がおわす日天国の中心地なのだからな」


 まるで自分が帝であるかのようにふんぞり返る聖である。しかし、半世紀前までは鎖国状態にあり国際社会と隔絶していたこの国が強烈な速度で近代化を進めた結果、今や世界でもかなりの存在感を強め、それが日天国全体の自信に繋がっているのは確かであった。


「ラストリクへと向かう船が出るのは明日の朝だ。今日は一先ず宿に泊まるぞ」

「はい、お嬢様」

「その前に食事だな。腹が空いたぞ!」

「お嬢様、あれだけ食べていらっしゃったではありませんか・・・・・・」


 聖は汽車を乗り換える度に弁当を買っては食べていたのだが、それでも彼女の腹を満たすには足りないらしい。


「長旅だった故な、いつもより胃袋が食い物を求めているのだ。さぁ、帝都なら美味い店がいくらでもあろうよ。 さ、行くぞ」


 聖とひなたがいざ街へと繰り出すと、往来に人だかりが出来ていた。その中心で中年の男が大声で叫びながら何かを民衆に配っている。


「号外! 号外だよ!」


 どうやら新聞屋のようである。 街中の人間がこぞって男の配ってる新聞に群がりその場で釘付けになったかのように読んでいた。


「ふむ、何か事件か? ひなたよ、貰って来るのだ」

「畏まりました」


 新聞屋に群がる民衆の波を掻き分けて、ひなたは二枚の新聞を受け取って聖の元へと戻る。


「お嬢様、どうぞ」

「うむ、ご苦労」


 そう言って二人で新聞を開く。


【号外! 北東地域に巨人型の大型ばけもの出現】という題名の記事が一面を飾っていた。


「大型の化け物だと?」


【昨日未明、早日葉ひのはにて正体不明の大型の妖が出現。周辺地域に甚大な被害をもたらしている事がわかった。政府は暫定的にこの妖を『ダイダラボッチ』と命名し、準災厄態勢を発令し、陸軍の氷陣尊ひょうじん たける少将率いる部隊が妖討伐の為に出動した】


 準災厄態勢とは災厄よりも警戒度が一段下の警戒態勢の事である。状況が悪化した場合、今後は災厄態勢へと警戒度が上がる事も十分考えられる。だが、もしもそこまで行ったらもはや戦争と同じである。

 記事を読んでいる民衆達は「恐ろしい事になったな」とか、「帝都にまでやって来ないだろうか?」と、不安の声を口にしていた。

 しかし、それよりもひなたが気になっていたのは記事に書かれていたもう一つの名前だ。氷陣尊、歳が二十も離れたひなたの異母兄であり氷陣家の長男だ。


(兄上・・・・・・)


 元々氷陣家は軍部との繋がりが強い。尊も士官学校を卒業して入隊した所謂エリートコースだ。ひなたにとっては優しく人望もある自慢の兄であった。

 処刑されそうになった時に厳康に対してはっきりと反対を示したのは兄だけである。

 あれから十一年経つが、当然ながら音信不通であった。


「気になるか?」

 

 ひなたの気持ちを見透かしたかのように聖が問う。・


「いえ・・・・・・」

「嘘をつくな、顔に出ているぞ。ひなたよ、お前はもう紅連家の人間だという事を忘れるな」

「申し訳ありません」

「だが、氷陣少将といえば兵からの人望も厚く、妖討伐に関しては手練れ中の手練れと聞く。何の心配もあるまいよ」

「お嬢様・・・・・・」

「さぁ、何か食べに行こうではないか! 腹が減って叶わぬ!」


聖はそう言って歩き出す。 ひなたもその後に続いた。 心の中で精一杯の感謝を述べながら。

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