第9話 お嬢様の脅迫

「いやぁ、いよいよだな! ひなたよ!」

「はい、ひじりお嬢様」


 無事にエスヴェルト学院の入学試験に合格した聖とひなたは先日中等校の卒業式を終え、いよいよ出発を明日へと控えていた。


「家具などは既に学園の寮へと送っている。明日持っていく荷物の準備も既に済んだ! ひなたよ、茶をもう一杯淹れてくれ」

「ならば、そろそろお休みになられてはいかがですか?」

「わかっている! が、興奮して寝れぬのだ! これ程の胸の高鳴りは久々よ!」


 そう言って聖はもう一度フハハ! と豪快に笑い、ひなたの淹れたお茶をグイッと飲み干す。 本来お茶には覚醒効果があり、睡眠を阻害するので夜に飲むのは勧められないのだが、聖はそんな事は聞く耳持たずであった。


「お前も無事合格して安心したぞ! これで晴れて一緒に入学できるというものよ!」

「有難きお言葉です。全ては旦那様と六助さんのおかげです」


 いくらひなたが勉学が出来る方とはいえ、開斗の渡してくれた参考書と付きっきりで勉強を教えてくれた六助の協力無しでは合格出来なかっただろう。


「・・・・・・僕の様な使用人にまで入学をお許し下さるとは、旦那様にはどれだけ感謝すればよいか」

「気にするな! 父上はお前を気に入っている! 無論、私もだがな! フハハハハ!」

 

 今日に聖は一日中笑いっぱなしである。 余程楽しみなのだろう。

 それはひなたも同様である。だが、いい加減休まねばならない。 出立は明日の早朝だ。


「ああ、そうだ。ひなたよ、制服をまだ渡していなかったな」

「え? いえ、僕はすでに制服を荷物に入れてありますが」

「そっちではない。こっちだ」


 そう言って聖がひなたに渡して来たのは・・・・・・。


 女子生徒用の制服であった。



「・・・・・・は?」

「は? ではない。ほら、早く持っていけ」

「いやいやいや!お待ちください! お嬢様、これは女子生徒用ですよ!?」

「そうだが?」

「いえ、そうだが? ではなくて!」


 進学先のエルヴェスト学院は無論共学である。実は女子校で男子禁制だが、主人について行く為に女装をして過ごす必要がある・・・・・・なんて巷で流行っている若者向けの娯楽本の様な事は一切無い筈である。


「男である僕が女子生徒の格好をする必要は無いですよ!?」

「いや、ある! 私の趣味だ!」

「言い切った!?」


 クワっと目を見開きながら言い放つ聖に、ますますひなたの困惑は深まるばかりである。


「お前こそ、今さら何を驚いているのだ? 女の格好をした事は初めてではなかろう?」

「学校ですよ!? 学び舎ですよ!? 屋敷内ならともかく、そんな所で女装なんかしたらそれこそ変態扱いですよ!? 周囲からどんな扱いを受けるか・・・・・・!?」

「はっはっはっ! 大丈夫だ! むしろ新しい性癖を開拓する奴が大量に出るかもしれんぞ?」

「全然大丈夫じゃありませんよ!?」

「そもそもお前、中等校に居た頃から男子生徒に何度も恋文貰ってただろう?」

「やめてください! 思い出させないで下さい! 必死に忘れようとしてるんですよ!? と、とにかく! 幾ら聖様の要望だとしてもそれだけはお許しください!」

「・・・・・・どうしてもか?」


 聖の鋭い視線がひなたに突き刺さる。豪快に笑っていた時は打って変わった、氷の様に冷たい視線だ。その鋭さに決心が揺らぎそうになる。だが、これだけは絶対に拒否せねばならない。 楽しみにしていた新生活が初めから崩壊しかねない。


 ふむ、と小さく呟いた後、聖は目を閉じてしばらく考え込んだ後、再びカッと目を開く。


「どうしても拒否するならば・・・・・・」


 再び鋭い視線がひなたに突き刺さる。こうなるとまるでひなたは蛇に睨まれた蛙の様に動けない。一体何を言われるのだろうか。主人に従えぬ使用人など本来不用である。暇を出されたとしても不思議ではない。

 

「私は学園に下着パンツを履かずに通うぞ!」

「・・・・・・はい?」


 全く予想外の言葉にひなたの思考が停止する。 何をおっしゃってるのだ、このお方は、と。


「あの、お嬢様。恐れながらおっしゃってる意味が・・・・・・」

「下着を履かずに学園で過ごしてる最中に、突如風が吹き、捲りあがる女袴スカート

 

 ひなたの問いには答えず、淡々と続ける聖。


「露わになる私の誰にも見せた事の無い大事な部分・・・・・・周囲の視線が集まり、崩れ落ちる私・・・・・・」

「あの・・・・・・お嬢様?」

「大声で泣きながら顔を手で覆いつつ、お前を指差しながら私は言う。『この人の命令なんです!』と!」

「お嬢様、いくら何でも邪悪過ぎやしませんかそれ!?」

「さぁ! 女子用の制服を着るか? もしくは私がノーパンで学園に通い、『主人にノーパンを強要する鬼畜使用人』として色んな意味で終了するか? 好きな方を選ぶが良い!」

 

 聖の顔にニタァという音まで聞こえそうな悪い笑みが浮かぶ。一方ひなたの顔面は蒼白になり、冷や汗がダラダラと滝の様に流れ落ちていた。


 ひなたの命運が決まった瞬間であった。


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