第8話 留学計画

 ひなたが十五歳になり中等教育の最後の年を迎えたある日の事、主人の開斗の書斎に呼び出された。


「中等教育を終えた後の事はどうするか考えているか?」

「? 恐れながら仰られている意味がわからないのですが」

 

 今後も何も、ひなたは紅連家の使用人である。義務教育は中等教育までである以上、終えた後は当然使用人としての業務に集中するつもりであったし、開斗もそうさせるつもりだろうとばかりひなたは思っていた。


「実を言うとだな、聖を留学させるつもりでいるんだ」

「留学? 聖様が?」


 元々日天国は長らく鎖国をしていた国である。本当に極一部の輸入や輸出、技術交流等を除いては完全に国外との関係を断つ時代が続いていた。

 それが半世紀程前に世界最大の大国、「メシテリエ」の船が来航し開国を迫られたのである。 長らく井の中の蛙だった日天国は、嫌でも国際社会の一員にならざるを得なかった。

 それをきっかけに急速な近代化に加えて、民間双方の間で国際交流が活発に行われるようになっている。上流階級の人間が留学に出るのも今となってはそう珍しい話では無くなっていた。


「聖様の学力ならば留学自体は何も問題は無いと思われますが・・・・・・」


 ひなたはそこで言葉を詰まらせた。現在世界でもっとも使われている言語は西方地域にある王国「アクトール」の言語、アクトール語である。この国は数百年の間、様々な地域に入植しては植民地化を繰り返していたので、その影響で自然とアクトール語が根付く地域が多くなってしまったのだ。

 そして例の大国「メシテリエ」も、元々はアクトール人の移民が当時は原住民と野生動物と魔獣しか居なかった「メシテリエ大陸」に入植して建国された物なので当然使用言語はアクトール語である。

 その為、日天国でも中等教育からアクトール語の授業が導入されたものの、そこまでで学べるのはあくまで必要最低限の物だ。それ以上学ぶには自力か、高等校へと進学する必要がある。

 だが、聖は独学でアクトール語をほぼ完璧に会得してしまった。その他の科目も全学年でぶっちぎりの首位である。


「未知なる物を知るというのは愉快だな。 学んで知る事で世界の広さを、そして己の小ささを体感出来る」


 そう言いながら聖は開斗の書斎から膨大且つ、様々な種類の書籍を持ち出しては読んでいた。いつもは何かと騒がしい聖であったが、読書をしてる時だけは打って変わって物静かだ。 

 その時だけはひなたも茶を淹れて聖の前に置くと、邪魔をしないように別の業務をこなしていた。それ程まで聖の学習意欲と、それによって培われてきた膨大な知識はすさまじい物であった。それ故、留学する為に必要な学力等は十分すぎる程に備わっている。


「うん。学力に関しては問題は無い。危惧しているのは聖の性格だな」


 ひなたが口にするのを憚っていた事を開斗が代わりに言ってくれた。聖は良くも悪くも破天荒な性格である。周囲の人間まで無茶苦茶な事に巻き込んで軋轢を生みかねない。


「聖を一人で行かせる事は出来ない。一人ではな」

「旦那様、もしかして」

「うむ、君にも付いて行って欲しい」


 確かに聖一人では色んな意味で心配だが、ひなたが傍に居てくれるのならば話は違ってくる。今やひなたは父親の開斗に次いで聖の事を理解している人間と言って良かった。


「留学先というのは一体どこなのでしょうか?」

「ラストリク大陸にあるエスヴェルト学園だ。知ってるか?」


 ラストリク大陸は世界で唯一、どこの国家にも所属していない大陸である。発見されて以来複数の国家が探検隊を出して探索を行ったが、内部には凶悪な魔獣を含めた原生生物が跋扈しており困難を極めた。

 そこでメシテリエを含めた大国を中心にした国際会議が行われた結果、ラストリク大陸はどこの国家にも所属しない「絶対不可侵区域」とし、開拓する際は国家間で協力を惜しまぬという「ラストリク条約」が結ばれた。日天国も現在はその条約に批准している。

 その後、長い時間をかけてラストリク大陸の開拓は進み、中心部に人間が住む事の出来る環境が構築されていった。 

 そこで同時に設立させられたのがエスヴェルト学園である。


「世界中のあらゆる人種、種族、国籍を超えて優秀な人材を育てるというのが学園の趣旨だ」

「普通に考えればそんな過酷な場所に学び舎を建てるなんて正気の沙汰とは思えないのですが・・・・・・」

「だからこそだ。過酷で誰も欲しがらない土地だからこそ不可侵区域として成立している。万が一人が住みやすくて資源も豊富なんて事があれば国家間で戦争してでも取り合いになってるさ。まぁ、大陸の全てを開拓出来たわけではないから、今後油田とか見つかったらわからないがね」

「不可侵区域だからこそ、特定の国家の法や人種に偏ることなく、多種多様な人材が高等な教育を受ける事が出来る、という事ですか」

「そういう事だ。一歩間違えば無法地帯になりそうだが今の所はそんな話は聞かない。それと、この学院が設立された目的はもう一つある」

「もう一つ?」

災厄さいやくに対抗できる人材の育成だ」


 災厄とは人間が対処できる力を遥かに超え、国家を脅かす程の力を持った魔物や妖、それに準ずるものを指す言葉である。古の時代から、世界各地で定期的に国家を亡ぼすような存在が出現しており、場合によっては本当に滅ぼされてしまった例も過去には複数存在している。八百年前に日天国とその周辺国を脅かした妖神も、まさにその「災厄」の一つであろうと今では言われている。他にも有名な物では三百年前に出現し、当時の西方大陸を脅かした「魔王」と呼ばれる存在が有名だ。 そして、力や規模の差はあれど災厄と呼ばれる存在は現在も世界各地に出現している。

 近代になり国家間の結びつきが強くなると、この災厄に対しては世界で協力して立ち向かうべきだという声が強くなった。そんな流れもあって二十五年前に「対災厄国家連盟」が設立されたのだった。この連盟に加盟した国家は、例え国家間で戦争中だったとしても災厄が出現した場合は即座に停戦、災厄に対処せねばならないという決まりも定められている。

 それ程までに災厄というのはこの世界では脅威であるのだった。


「災厄は人間とも妖とも違う、まさに天変地異に匹敵するか、もしくは超える存在だ。ただ兵隊の数を揃えれば討伐出来るという物でも無い」

「妖神は四雄家の始祖である武士達に、西方の魔王は勇者によって討たれたという伝承が残っていますが、まさか本当に英雄や勇者を学び舎で育てるつもりですか?」

「うん、そのまさかだと思う。実はな、あの学園は別名【英雄学園】とも呼ばれているんだ。」


 ひなたは冗談のつもりで言ったのだが、開斗は大真面目に答えた。


「世界は災厄を討つ専門家を必要としている。そしてその専門家を英雄とか勇者と呼ぶのならば、決して間違いではあるまいよ。まるで子供向けの

 御伽噺のようだがな」

 

 そう言って開斗は笑う。


「旦那様は聖様を英雄か勇者にするおつもりで?」


 今度は冗談ではない、真剣な問いであった。英雄に勇者、伝説や御伽噺に登場する輝かしい存在。人々の希望、もしくは救世主。だが、それは同時に人々が勝手に抱いている希望や責任を一方的に押し付けられる立場でもあるのだ。 勝手に期待して持ち上げて、思った通りの成果を上げる事が出来なければ勝手に失望し、有らん限りの罵倒や侮辱を受ける。はっきり言って碌な物では無い。そんな物とはむしろ縁など無い方が人としてはよっぽど幸せだろう。

 開斗もひなたの鋭い口調からそれを察したのか、真顔になって返答する。


「紅連家を含めた四雄家は、妖神を討伐して今の地位を得た。だからこそ、災厄に大しても積極的に立ち向かう事を求められている。全く、厄介な立場だよ」

 

 うんざりしたかのように開斗は言った。化け物を討った救国の英雄の子孫だからこそ、周囲は先祖と同じ役割を現在の四雄家に期待しているのだろう。

 

「だか、悪い事ばかりではない。あの学園は学舎まなびやとして間違いなく世界最高峰だ。聖にとってはあそこ位しか満足させてくれる場所はあるまいよ」

「それはそうかもしれませんが・・・・・・。ひょっとして、他の四雄家の関係者も同じ学園に?」

「その可能性は大いにあるな。場合によっては聖の命まで狙ってくるかもしれん」


 四雄家は未だに国内での実権を巡って争っている。氷陣家と野津地家は表面上は互いに融和策を取っているが、それもいつ崩れるかわからない。


「生徒として入学してくるか、もしくは学園の歓迎者として潜り込んでいるか······。無論、聖も身を守る術は心得ている。 多少訓練を積んだ程度の兵や刺客程度では相手にならんだろう。 それでも万が一という事もある」


 四雄家の冷徹さは誰でもない、実の父親である氷陣家の当主に処刑されかけたひなた自身が嫌というほど知っていた。政敵の影響力を削ぐために将来有望な後継ぎの命を狙うなど平然とやってのけるだろう。


「わかりました。 お引き受け致します」


 ひなたは心を決めた。

 災厄の一つとされている妖神の生まれ変わり・・・・・・呪子である自分が災厄に打ち勝つ人材を育てる場所に行く事に強烈ない皮肉も感じていたが。


「そうか。 君ならそう言ってくれると思っていたよ。では、これを持って行きなさい」


 そう言って開斗は机の上に山の様に積み重なった本を置いた。


「旦那様、これは?」

「無論、教科書や参考書だ。 ついて行くならば君も聖同様、あそこに入学して貰わないといけないからな」


 一瞬ひなたポカーンと呆けたような顔をしていたが、次の瞬間ようやく状況を理解した。


「ええええッ!? 僕も生徒として入学するんですか!?」

「当然だろう。他に何があると?」

「使用人として付き添うだけなら試験を受ける必要は・・・・・・」

「確かにそういう方法も無くは無い。だが・・・・・・」

「だが?」

「せっかくだから聖同様、学生としての日々を楽しむのも悪くないと思うぞ。ああいう場でしか得られない物が必ずある。君はまだ若いんだ」


 開斗はまるで何かを懐かしむように言った。きっと開斗も若い頃に色々な経験をしたのだろう。

 入学試験までまだまだ時間はある。 元々ひなた自身、聖程では無いとは言え勉強は不得意では無い。 今から勉強すればまだ間に合うかもしれない。


「家庭教師として六助を付けてやろう。 ああ見えて勉強は得意だぞ」

「お願い致します」


 それからひなたは使用人としての仕事をしながら勉強漬けの日々を送った。六助の教え方はとてもわかりやすく、水の様にひなたの中に知識が溶け込んで行った。むしろひなたにとって大敵だったのはどんな難題よりも、自身は受験に対しては余裕綽々よゆうしゃくしゃくで勉強中に「構え!」と言いながら乱入してくる聖であったのは言うまでもない。

 それから半年ほど後、聖もひなたの主従は揃って無事に合格通知を手に入れる事が出来たのであった。

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