第12話 エルフの血

「ふはは! 船旅とは良い物だな!」


 翌日の朝、船の甲板で風に当たりながら聖は満足な笑い声をあげた。 天候は穏やかで周囲には何羽もの飛ぶ海鳥が飛んでいる。


「お嬢様も船に乗るのは初めてですか?」

「船に乗る事自体は初めてではないが、精々遊覧船程度だな。ここまで大きな船に乗るのは初めての体験だ。お前は?」

「僕は船に乗る事自体が初めてですね」

「なんだ。四雄家出身の人間にしては珍しいな」

「そうは言っても、僕が氷陣家の人間だったのはわずか五歳の時までですからね」


 まだ氷陣家の三男だった頃のひなたには、両親と外出したような記憶は殆ど無い。厳康がひなたの為に時間を割く事などまずありえなかったし、律も何かと多忙な身であった。

 その代わり、異母兄の尊が時間を見つけては街中などに連れて行ってくれたりはしだが、船を利用して遠出をするなど一切無かった。


「父上は昔から写真撮影が趣味でな。時間を見つけては私を連れてあちこちへ行った物だ」


 開斗は仕事の時間以外は常に写真機を持ち歩く程の撮影魔だ。街中だろうがどこだろうが、ちょっとでも気になった物があれば撮影する。


「だからと言って、僕の女装姿まで撮影されるのは正直どうかと思いますが・・・・・・」

「まぁ、良いでは無いか。あの写真が高値で売れたおかげで私への小遣いもマシマシになったからな。いっその事もっと露出が多い格好にすればさらなる利益が見込まれるのではないか?胸や股間だけを少々隠しただけの際どい女物の下着とか」

「そこまで行ったら流石に腹を切らせていただきますね」

「ものすごく爽やかな笑顔でさらりと恐ろしい事を言うな。ふははは!」


 初めての船旅で聖だけではなく、ひなたも少なからず気分が高揚していた。


「お二人とも、ここにいらしたのですね」


 いつの間にか二人の後ろに乙羽が立っていた。


「おはようございます。天楼院てんろういん様」

「おはようございます、お二方。良ければ私も混ぜて頂いてもよろしいでしょうか?」

「勿論だとも!」


 他愛も無い話をしている内に、聖が乙羽に向かってこう切り出した。


「失礼だが、乙羽殿の耳は少々変わった形をしているな。おっと、醜いと言ってるわけではないぞ?」

「ああ、これですか」


 乙羽は怒った様子も無く、確認するかのように先端が尖った形をしている己の耳を指先で軽くつまんで見せた。


「これは西方の【エルフ】という種族の血の影響らしいのです」

「エルフ?」

「本で読んだ覚えがあるな。確か人と比べて長い耳を持ち、数百年単位で生きる異様に長寿な種族だとか」

「はい。そのエルフです。今から五百年程前にこの国に流れ着いたエルフが居たそうなのです」

「エルフが日天国に? それは何故・・・・・・?」

「こんな話が伝わっています」 


 かつて西方地域には人間とエルフの混血が王族となり栄えていた王国があった。長い間平和な時代を謳歌していたが、ある日突然それは崩壊する事になる。

 魔王――現在の研究では東方に出現した「妖神」と同様に災厄認定されている脅威が現れたのだ。

 魔王は魔物を中心とした軍勢を率い、西洋地方全体に侵略を開始した。だが、王国側も討伐軍を編成し抵抗を試みる。

 戦いは初期こそ一進一退だったが徐々に王国側が劣勢となり、遂には滅亡寸前にまで追い込まれる。


 そこに現れたのが女神の加護を受けて魔王討伐の宿命を背負った「勇者」と言われる若者であった。

 国王は直々に勇者に討伐を依頼し、魔王を倒した暁には勇者と己の娘であるエルフの血を濃く引く美しい姫と結婚させる事を約束する。

 承諾した勇者は数名の仲間である若者と共に旅立ち、そして見事に魔王を討ち果たすのである。

 脅威は無くなり、凱旋した勇者一行を出迎える王国の人々。そして当初の約束通り、姫は勇者の妻に迎えられた。

 これで王国も安泰である。再び平和な時代が訪れると国中が歓喜と祝福に包まれたのだ。


 しかし、そんな時代は訪れなかった。さらなる惨禍が王国を、そして勇者を襲う事になる。

 国王が狂ったのだ。


 日に日に増して行く勇者の名声と人望に国王は猜疑心を抱くようになった。魔王を倒した英雄。この若者が万が一反旗を翻した場合、止められる者はまずいない。例え勇者自身に反旗を翻す意思が無かったとしても、担ぎ出そうとする不穏分子は確実に現れる。

 国王は勇者を玉座に呼び出すと、大量の兵に囲ませて捕縛した。反乱未遂を企んだ疑いという罪状であったが、当然嘘である。勇者は釈明の余地も与えられず、独房に幽閉される。

 魔王を討ち取った勇者ならば、本来牢を破るなど容易い事である。しかし、彼には抵抗できない理由があった。


「お前が不穏な動きを見せた場合、お前の仲間や妻である余の娘も同罪とする。そして、お前の仲間がお前を助けようとした際も娘の命は無いと思うがいい。」


 苦楽を共にした仲間は勿論、夫婦になって以来仲睦まじく過ごして来た姫まで人質に取られては成す術も無い。勇者は独房で死を待つのみとなった。

 無論、彼が冤罪である事は王国の誰もが知っている事である。中には王に諫言する心ある者も居たが、その様な者達は反逆者と同類と見なされ例外なく処刑された。

 勇者を捕えた後も王の疑心暗鬼は治まるどころかさらに加速していく。王城関係者だけでなく、例え庶民であっても勇者の無実を唱える者、身を案じる者、王を批判する物が居れば容赦なく粛清の嵐が吹き荒れた。

 もはや民の為に魔王と戦い、人々に愛された王の姿はそこにはなかった。


 それから数年後、王の暴政に我慢の限界を迎えた民衆が蜂起し軍の一部までがそれに加わった。反乱軍に加わらなかった兵達も王の粛清の嵐を目の当たりにしていたので、もはや王の為に戦おうとする者は殆ど居なかった。

 反乱軍は王城に殺到し、王はあっけなくその首を取られた。王族の殆ども同じ運命を辿ったが、姫を含めた一部の生き残りが辛うじて船に乗り脱出に成功する。

 船は行く先も無いまま海を彷徨い、流浪の果てにとある島国に辿り着いた。それが天日国の天楼院家が治める地だったのである。


「・・・・・・当時の天楼院の当主は流れ着いた姫達を手厚く保護して迎え入れたそうです。彼女らはこの地で天楼院家の者として終生を過ごしたそうです」

「成程、それで天楼院様にもエルフの血が流れていると」

「ええ。と言っても、血自体は随分と薄れてしまったようですが」

「ふむ。勇者と夫婦になった物の引き裂かれ、終いには国を逃げ出して異国の男の物となる・・・・・・。つまり寝取られだな!」

「お嬢様、もう少し言い方という物があると思うのですが!?」

「それで、幽閉された勇者とやらはどうなったのだ?」


 そこは聖だけでなくひなたも気になっていた所である。


「実は、伝えられた話はそこで終わっているのです」

「つまり、勇者がどうなったのかはわからないままだと?」

「はい。そのまま亡くなったのか、もしくは救い出されたのか・・・・・・。せめて後者であった事を願うばかりです」

「むぅ。しかし、生き延びたとしても愛する姫はもう居ないわけだからな。孤独な人生を送っていそうだな」


 何とも救えない話である。

 エルフの姫も勇者も、どうすれば幸せになれたのだろうか?


(人生ってのは本当に難しいな・・・・・・)


 どんなに才能があり、努力を重ねても一つの理不尽が全てを奪い去ってしまう。

 晴れ渡った空を仰ぎながら、氷陣家から逃げ出して母と共に彷徨ったあの頃を久々に思い返すひなたであった。

 

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