第6話 新しい日々

 紅連家で新たな生活を送る事になった律とひなたであったが、律は側室になる前は元々氷陣家の使用人であった。だからこそ新しい生活には何の困惑も躊躇いも覚えなかった。そもそも二カ月程の間とはいえ、浮浪者同然の暮らしをしていた身である。屋根がある場所で我が子と生活できるだけで充分であった。

 紅連家の他の使用人達も、突然屋敷に担ぎ込まれた浮浪者が自分達の同僚になった事に対して困惑していたが、律の自分達と同等かそれ以上の仕事ぶりを見るとすぐに信頼を寄せるようになった。

 ひなたの方も聖の側近として相応しくなるために、まずは見習いとして六助に教育を施される事になった。まずは使用人としての心構えから、日頃の立ち振る舞いなどをしっかりと仕込まれる事になったのだが、如何せん相手は聖である。まともな使用人ではついて行く事すらままならない。それ故に教育はかなり厳しい物になったが、ひなたは決して弱音を吐かなかった。最初はひなたを召し抱える事に懐疑的であった六助も徐々に親身になってくれるようになる。

 最初の一年は瞬く間に過ぎ、ひなたが六歳なると小等教育を受けるようになる。 日天国では四十年程前から国民は六歳になると六年間の小等教育、小等教育を卒業すると三年間の中等教育を受けるのが義務となっている。

 しかもひなたが受けたのは聖と全く同じ教育、一般人とは一線を画す上流階級の教育であった。使用人であるひなたが息女である聖と共に机を並べて学ぶなど本来ならばあり得ない事である筈のだが、開斗は全く気にせず聖はむしろその状況を楽しんでおり、それは中等教育を終えるまで変わらなかった。

 学業を修める傍らで、ひなたも徐々に紅連家の使用人としての振る舞いが板について来た。六助からは使用人としての一般的な仕事だけではなく、護衛として必要な武術も教わった。元々身体能力は並外れているひなたである。その手の技術を会得するのに時間はかからなかった。

 が、聖の行動が相変わらず無茶苦茶であり、ひなたも六助と共に振り回される日々が続いた。

 

「おい、ひなた! 今日はこれを着て見ろ!」

「ひ、聖様! どうかごお許しを!」

 

 特にひなたの場合、成長するに連れて外見が中性的な「美男にも美女にも見える」美形に育ってきた為に、面白がった聖がしょっちゅう女物の服を着せたがるようになって来た。無論、ひなたは何とか断ろうとするのだが、聖は絶対に退かない。


「良いでは無いか。減る物では無い。今日の服は西方の使用人が着ているという『めいど服』なる物を手に入れて来たぞ! さぁ、着ろ! 着ろ!」

「なんだかフリフリした前掛けがついているんですが!? 僕が着ても絶対に似合いませんよ!」

「毎回そんな事を言ってるがな、お前の場合一度着ると、どんな女物の服でも腹立たしい位似合うではないか。同じ女として多少嫉妬を覚える程に!」

「腹立たしいのなら尚更おやめになられた方が・・・・・・」

「だが断る! お前の恥じる表情が愉快でたまらぬからな!」

「そんなご無体な!」

「そうだ! その表情よ! ハァハァ・・・・・・」

「お嬢様! 涎が! 口から涎が垂れております!?」

 

 こんなやり取りを毎回繰り広げて今や日常茶飯事と化していた。通りがかった使用人はおろか、当主の開斗やひなたの母親の律までクスクスと笑いながらその光景を眺めている。

 開斗は聖が生まれてから二年後に妻を亡くしており、聖も母親の記憶は殆ど残っていない。だからこそだろうか、律と聖は周囲からはまるで親子の様に見える程仲が睦まじくなっていた。


「お嬢様・・・・・・は取り込み中のようですな」

「あっ! 六助さん! 助けてください!」


 強硬手段に出て力ずくで服を脱がそうとしてくる聖を何とか押しとどめながら、訪ねて来た六助に助けを求める。しかし、六助は諦めたように首を横に振ると、親指をグッと立てた。


「ひなた君、頑張りなさい」

「何をですか!? 何を頑張ればいいんですか!」

「君がお嬢様の犠牲になってくれてる内は、私を含めた使用人が皆安寧の時を過ごせるのですよ」

「人柱扱い!?」

「骨は拾ってあげるから」

「そんなぁぁぁぁ!」

「ふははははは! 諦めるがいい!」

「くっ! 許してくれ! ひなた君!」

 ひなたが聖に完全に押し倒された瞬間、六助は背を向けて忍びらしい素早さで駆け出す。

  あ――れぇぇぇ! というひなたの断末魔が響いた。

 

  この時ひなたは十三歳、紅連家に来てから八年の歳月が流れていた。男としての尊厳が破壊されそうになっている事以外は、概ね平和な日々であった。 

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