第6話 レアロイド家の女:2
そんなこんなで次の日、私たちは宇宙にいた。
あまり慣れない星間ワープの感覚に僅かに酔いながら、ソフィアはこの輸送船の艦橋から外の様子を眺めていた。
かといって何かめぼしいものが見えると言う訳ではない。煌めく星々が見えないということも無いが、それも大量に浮遊し散乱しているデブリの合間から見えるのみであり、見栄えはお世辞にもよくない。
現在通常行われる星間移動つまりワープは、あるポイントを経由して更に別のポイントに別の次元を介して飛ぶ、という風に行われる。つまり、行きたい場所によってルートが決まっているのだ。そして次元航路の都合上か、単に衝突事故を防ぐためだったりするために一つのポイントから次のポイントまでには間隔があり、それは数十キロから数百キロに及ぶ。
そしてここはポイント13、いくつもあるワープポイントのうちの一つでその中でもこの周辺は特に治安が悪く、海賊や残骸あさりを生業とするジャンク屋などの縄張りになっているとか何とかデブリ地帯のせいで視界も悪く、ゲリラ戦術を得意とする海賊たちにとっては別のポイントへの移動中の船や回収業者を襲うには絶好の襲撃ポイントと言える。
さらにはここから数十キロ東に行けば、現在世界最大の反体制勢力、“自由主義連合”の支配領域でありそういうこともあって堅気はまずこの場に近づくことは無い。
だが、それでもなお私たちがこの地点を経由して移動しているのかというとこのポイントは端的に言うと近道だからだ。それも、この世界に存在する人類の持つ半分以上の星系に短時間でアクセスできる。
そう言う事もあって、三界戦争の際にはこの領域を巡って幾度となく激しい争いが繰り広げられ、その結果大量のデブリが生み出されそれに付随して治安の悪い輩がここに住み着いたのだ。
つまり、ここの治安が悪くなったのも大体戦争のせいだ。
だが、未だに近道のポイントであることに変わりはなく、高い武力を持つ企業などはこのポイントを利用することがちょくちょくある。そのせいでそれを狙う海賊も獲物がかからないということがないので、この領域から悪党が居なくなることがないのだ。
まあ、とにかくこの航路が速くそして危険であるがため、詳細不明な重要貨物を迅速に、そして安全に運ぶためにアイギスの護衛を必要としたと言う訳だ。
特にここから近くを支配する自由主義連合には危険な秘密兵器としてアイギスを保有している上に、最近どうにも動きが活発らしく、念には念を入れて私とマーカスも雇われたというのがナタリアさんから聞かされた今回の依頼の概要だ。
にしたって退屈だ。景色は悪い上に代わり映えしないし予測される敵としても寄せ集めの海賊がせいぜいだ。この後にお義父さんと会える楽しみがある分、この時間が長く感じるのだ。
「だからってブリッジをうろつくんじゃねえ。」
「うろついてない、浮いてるだけよ。」
煩わしそうに私を邪険に扱う船長にいつもの薄手のパイロットスーツを着たまま、無重力の力で逆さまになりながら適当に言い返すと、彼はとても深いため息をついた。
“トレヴァー・ベルニーア中佐”みんなは船長と呼ぶ。もう五十近い中年のふくよかな黒人男性で一目見ただけで穏やかさとは無縁に生きてきたことが分かる厳つい顔にさらにサングラスと艦長帽子、戦闘用装備の上に白い船長服を羽織った時代が違えば彼の方が海賊をやっていそうな威圧的な見た目をしている。
子供の時に初めて会った時はかなり恐ろしかったものだが、今はそれも昔十年以上の付き合いで慣れてしまった。
「ったく、小娘が。仕事の邪魔だ!さっさと部屋に戻るかそれが嫌なら船の掃除でもしてろ!」
しっしと手で追い払うしぐさをする船長を横目にオペレーター席に座るナタリアさんを見ると、なんと彼女も咎めるような困ったような顔でこちらを見るのだ。
「むぅ、しょうがないここは引いてあげましょう。」
「さっさと行け。」
情に訴えようと悲しそうな顔をしても取り付く島もないので仕方なくふよふよと、無重力空間を泳ぐようにしてブリッジを出て行った。
「小娘め、今日はいつにも増してうざったいな。」
「どうしたんだ?ソフィア嬢?」
入れ違いにブリッジに入ってきたハンフリーが若干不貞腐れながら出ていくソフィアを見ながらトレヴァーに訪ねる。
「さてな。退屈してんだろ。」
トレヴァーは簡潔に吐き捨て、艦長の帽子深くかぶりなおす。
「なにさ連れないね。もうちょっと会話してくれてもいいじゃないか。」
ハンフリーは筋肉質だが起伏に富んだ肉体を船長に擦り付けながら首に腕を絡める。
「お前まで甘えるんじゃねえよ。ガキじゃねえんだから仕事中はまじめにやれ。」
「みんな、あの娘も仕事が連続して疲れてるのよ。大目に見てやったら?」
ナタリアさんが頬を僅かに緩ませて揶揄うように言った。
「はあ、あの年で働きすぎて疲れてるってのもなぁ...そういえば、ベルお前は何の用だ?」
ナタリアのフォローに何とも言えない気分になりながら、トレヴァーは自分に蛇めいて絡みつくハンフリーに尋ねる。
「八番機銃が動作不良だって。それと、先行してるガンシップがデブリ帯に動きアリだとさ。」
僅かにマジな顔を取り戻したハンフリーのそれを聞いてトレヴァーは再びはあ、とため息をついて船の状態と外部監視の作業に戻った。
GMCSFSニューポート級武装宙域航行輸送船“ピオリア”、この船の名前である全長約300メートル、全幅約30メートルの大型輸送船、対空用のミサイル発射機と重機関銃や上下対称に取り付けられ主砲の360ミリ連装砲がものものしい。当然時空間航行エンジンも搭載されている。
GMCで建造されてから70年ほど経つまあまあ古い船で、就役後、幾度となく実戦を生き延び何度も改修されてきた船だ。
しかし、いくら回収を繰り返しても、戦闘に関係ない居住区や通路なんかは古びたまんまだ。そんな薄汚れた通路を通り抜けようとすると、マーカスが何やら両脇に抱えながら荷物を運んでいるのが目についた。彼も私同様、薄手の白黒のパイロットスーツを着込んでいる。
「なにしてんのよ?」
「っお?...なんだソフィアか。何してるも何も船内作業の手伝いだよ。」
ほらと、手に持っている頑丈そうな物々しい箱をマーカスが見せつける。
「缶詰、フルーツ...食堂の人に頼まれたの?」
「ま、そんなとこ。ベルさんがバイト代出してくれるっていうからさ?」
「この仕事が終わったら報酬もらえるんじゃないの?」
ていうか、この程度の仕事をして得られる給料何て学生バイトと比較しても安いし、そもそも、こんな雑用をいちいち傭兵にやらせるくらい人手が足りてないわけでは無い筈なのだけど...
「うるせぇな...お前と違って俺は正社員じゃねえから修理費も弾薬代も自腹なんだ前?少しでも金を稼がないと素寒貧になっちまうよ。それに、俺が働く分正規クルーは休めるからな。」
独立傭兵は企業専属傭兵と違い業務上の負担が多くそう言ったところに気を使う必要があるのだ。
「ふーん。ねえ私も手伝おうか?」
「え、いいのか?助かるけど...」
「良いのよ、暇だし。」
「暇って...まあいいやほら。」
と投げ渡されたそれを受け取り、マーカスに付いて行く。
「これ、普通に食堂に運べばいいの?」
「それで大丈夫なはず...」
それきり話すことも無いので、二人で“ピオリア”の船内を黙々と進んでいく。
そのうち、寂しくなったソフィアはふと、あること気になっていたことを一つ思い出しそれを尋ねてみた。
「そういえば、何でマーカスはこの仕事受けたわけ?」
「えっ!?いや、それは...」
何故か言い淀むマーカスを怪訝に思い、さらに問い詰めてみる。何か良からぬことを考えているに違いない。
「なんか隠してる?こんな面倒な仕事を受けなきゃいけない事情があるわけ?」
「え、ま、まっさか!ただのああ、あれだ、あれ。えっとほら最近景気悪いからさ、受けれる仕事は受けておきたいじゃんか!」
盛大にどもりながら早口で誰がどう見ても言い訳としか取れないことを言うマーカスに面白くなったソフィアが更に揶揄おうとする。
「へぇ~稼ぐため、ホントにそれだけ?...っ!?」
しかし、その時ふとおかしな感覚を覚え突如としてソフィアは身構えた。
「ん?どうした...ってノワッ!?」
マーカスが呑気に驚いた次の瞬間、“ピオリア”の船体が大きく揺らいだ。それから少し間を開けて断続的に小さい揺れが続く。
ビーッ!、ビーッ!、ビーッ!。その最中に耳障りな警報が船内に響き渡る。
「なんだ!?海賊か!?」
「知らないわよ!?ほら!」
マーカスの体を壁の方に引き寄せて設置された手すりに掴ませる。
『敵襲!各員戦闘配置に着け!たった今、ミサイルによる攻撃をうけた!』
振動が止まり、船長の圧のあるだみ声が敵の襲撃を知らせるここから格納庫まではそう遠くない、遅くても二分ほどだ。同時にソフィアとマーカスは顔を見合わせると、即座に荷物を放り捨てて格納庫まで急行した。
『直掩はさっさと出ろ!ガキ共も、すぐに出撃しろ!』
「また後で、ムチャするなよ!」
「それはこっちのセリフ!気を付けてよ!」
お決まりの言葉を吐くマーカスに私も返しあちこちで船員たちがドタバタと慌ただしく行きかう中、マーカスと別れてそれぞれの格納庫への通路を進む。
「準備万端、すぐに出せるぞ!」
「了解、ありがと!」
整備班に簡潔に感謝を伝えるとソフィアは愛機、“St.マルタ”のコックピットに向かう。
青と白に塗られた武骨な機体はゴーレムめいて重々しく神像めいて荘厳にソフィアを見下ろす。そして“St.マルタ”は、待ちわびた主の到来を喜び、恭しく胸部のコックピットを開いていく。
コックピット内電源が切れて薄暗いそこにすばやく潜り込み、備え付けられたヘルメットを着用し、座席に腰を下ろす。
「メインシステム起動!」
“St.マルタ”の頭脳たる統合制御システムが主の声に反応して起動し、私の体を固定し、続いてコネクタが私の首後ろに接続される。
「ぐぅ...」
例の感覚に不快感を覚えつつ、機体の各種データに素早く目を通し異常が無いかを確認。その間に、機体との同調が完了する。モニターに次々と光が灯って視界が広がり、“私”が目覚めていく。
『搭乗者ソフィア・レアロイドの接続を確認、メインシステム戦闘モードを起動します。』
「“St.マルタ”出るから離れて!」
周囲の整備員に外部拡声器で呼びかけ私の体——“St.マルタ”を固定するロックを解除し、重々しく足で前に進む。
のしのしと、堂々と歩むその姿に整備員の人たちが敬礼をする。敬礼を返す余裕はないが、“St.マルタ”の頭部をそちらに向けて会釈だけする。
『ソフィア、聞こえてる?』
「通信良好!何か今のうちに言っておくことは?」
直掩の艦載機であるGMCの量産型コンバットアーマーたちの後ろに続いて非与圧室へ期待を進めながらソフィアさんに尋ねる。
『前衛のガンシップの通信が途絶えたのは5分ほど前、レーダーに捕らえたのがさっきのミサイル攻撃の10秒後、つまり接敵までの余裕は殆どないわ。“ピオリア”のすぐそばで戦うことになると思うから、慎重にね。』
「敵の数と所属は?」
『ECMのせいで詳細はまだ掴めてないわ。それでも八つの物体が高速接近中。速度から考えると高機動だけど通常のコンバットアーマーね。』
『つまりは、楽勝ってことだ。そう気張るなよ。』
突如として通信に割って入ったのはいつの間にか私の真後ろにいるハンフリーさんだ。彼女の私と同様GMC製の重量級アイギスが目くばせするように頭部を傾ける。
「だと良いんだけど...」
確かに通常戦力ばかりのしかも練度が低い海賊が相手ならアイギス一機で一捻りできる。
しかしどうにも一抹の不安が拭えない。いくら治安が悪いと言っても、出てくる戦力がこの程度の宙域を航行するのにアイギスを二機以上もGMC本部が用意した訳も。この“ピオリア”が積んでいる貨物の事も、キナ臭いにも程がある。
「何か嫌な予感がする...」
うっそりとソフィアは何かを確かめるように独り言ちた。
———そしてその予感は当たりである。
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