第5話 レアロイド家の女:1
「———何も感謝して欲しいって訳じゃないけどいくらなんでもあの言い方は無いでしょ、もうちょい、余計なお世話以外の言い方があると思うのよ私は!」
「余計なお世話ってとこは否定できないけど...まあ、気持ちは分かるけどさ、ちょい落ち着けよ。」
そうは言っても落ち着いてよく考えるほどなんだかムカついてくるのだから仕方ない。あのクソガキめ、もしも次会ったらどうしてくれようか。
巨大なイチゴのパフェにスプーンを差し込んでそれを口に運びながらそんなことを考える。
ここはGMC第三高専から私のマンションまでの帰り道にあるファミリーレストラン、クサナギ庵だ。GMCの傘下企業の一つ、日系企業の血を引く草薙重工の系列企業であるクサナギ食品が経営している。
この時間帯はまっすぐ帰らずに寄り道をするような学生やデート中の若者たちによって、昼時ほどでは無いが和気藹々として賑わっている———とある一角を除いて。
「落ち着けと言ってね。ていうか、今ちょっとムカついてるのはマーカスのせいでもあるんだからね、私まで放課後残されて、説教食らわされる羽目になったし。」
「そりゃ、悪かったよ。だからこうしてパフェを奢ってやってるんだろうが...」
と、若干力なくデミグラス・ハンバーグを口に運びながらマーカスは言った。
「なーにが奢るだ。この程度じゃ懐は痛まない癖に。」
彼以外の学生ならともかく私はアイギスパイロットの傭兵という彼の裏の顔と仕事を知っているわけで、いくら彼がパイロットの全体の中では質が低く弱くて企業専属になれずに傭兵と言う立場に甘んじているとはいっても、無敵の兵器は多くの需要があり十分以上に稼ぎが得られるのだから、たとえここのメニュー全制覇したとしても彼がアホのように買いまくるコミックやゲームの量がちょっと減るだけだ。
「うるせえな。お前のようなエースパイロットと違って下っ端の俺には高い出費なんだぜ?」
「それはアンタが趣味にかまけてトレーニングもまともにしないで適当にやってるからいつまでも下っ端なだけでしょ...」
こいつは現状に嘆く癖にまともに改善しようとしない駄目な奴なのでいつも似たようなことを言っている。
「んだと?養成学校で初めて会った時は内気で細くてこれは俺が面倒見てやんなきゃなとか思ってたら、すぐに調子づきやがってしかも、大人顔負けの好成績をあっさりたたき出しやがってそれと比較される俺はもうっ...どれほど辛い思いをしたことか!」
「んなことを力強く言われても困るわッ!」
「んだとぉ!」「なによぉ!」
ここまで言い争ったところで、周囲の客の目がこちらに集中していることに気付き、なんだか恥ずかしくなってうつむきながら、二人とも目の前にある物を食べてクールダウンした。
「そういや、仕事の調子は最近どうなんだ?昨日なんかあったって言ってたけど。」
頭が冷えたついでにマーカスは話題を変えた。
「仕事ねー...最近なんか忙しいけど、良いか悪いかで言えばいい方かな?。昨日だって協働も上手く知ったし。」
仕事の話なんて久しぶりで、以外にもソフィアが話に乗ってきたこともあってマーカスはさらに話を広げる。
「どんな任務だったんだ?やっぱり害獣退治?」
「そうそう。規模もまあまあデカいし、ルクソールとかロリロックとか強いのもいて大変だったのよ?」
まあ、あれは情報部の調査不足もあってのことだ。今回は何とかなったが“オルフェンド”のパイロットが並程度の実力しかなかったらどうなっていたことか...
「まあ、でも協働相手が強かったからそこまで大きな問題にはならなかったけどさ。」
「ふーん、誰なんだその協働相手って?そんなに強いなら俺の耳にも入っているだろ。」
ソフィアは協働相手に無断で任務の情報を明かしても良いのか一瞬迷ったが、口コミで評判上げとけば、“オルフェンド”側にもプラスになるだろうと思い普通に話してやることにした。
「“オルフェンド”...あいつかよ。」
業界のリサーチを怠るマーカスにしては以外にも知っていたが、どうにも表情がげんなりしているのが気になった。
「なんかあったの?」
「なんかあったも何も...GMCの依頼でシミュレーション・マッチをついこないだしてよ...そんでまあ、してやられた。」
ああ、どうりで。と思ったが口には出さないで置いた。要はGMCが“オルフェンド”は傭兵として有用なのか確かめる試金石としてマーカスと“オルフェンド”に依頼をしてシミュレーション・マッチで競わせ、それでまあ彼ないし彼女とマーカスの働きぶりを見比べるにマーカスはこっぴどく負けたのだろう。
推測するにこの結果によって私との協働ミッションに“オルフェンド”が選抜されることとなったんだろうが、マーカスにとっては新人傭兵のかませ犬にされて実際手も足も出ずにボコボコにされたことを気に病んでいるのだろう。
「ま、まあこの俺を倒すくらいだからな...実際、奴は強かっただろ?」
「確かに強かったけど、ちょっと無茶しがちよね。私が何度かカバーしてあげなかったらどうなっていたことか...」
助け助けられはお互い様だが、それでも何だか危うさのある動きは心配になるところが——と、振り返ったところでマーカスの顔が先ほどよりさらに沈んでいるような...
「なあ、まさかだけどカバーってのはお前が盾になるとかそういう奴か?」
「え?そうだけど。そりゃ、また怒られちゃったけどさ装甲はこっちの方が分厚いんだし?当り前じゃない?」
私がそう言うとマーカスは一際大きくため息をつき「“オルフェンド”の野郎今度あったらただじゃ置かねぇ...」と小声で言ってから、私をじっと見つめて言った。
「前にも言ったが、そういうことはやめろってんだよ。」
「はぁ?どういうつもりよ。それが私の仕事よ?」
急に何を言い出すんだマーカスめ、支援機なんだからそうするのは当然の事で、おかしいのはマーカスの方のはずなのに、何故そんな咎めるような顔をするのだろう?
「お前の仕事は後ろから撃って攻撃の支援をすることで見ず知らずの人間...それも、傭兵なんかを命がけで庇う事じゃないだろ?」
「でも、それで死なれても寝覚めが悪いじゃない?」
「そういう問題じゃねえだろ。久しぶりに仕事の話を聞いてみたと思ったら...それで、お前が死んだらしょうがねぇだろ?」
でも、普通そういう物でしょ?誰かのために身を粉にして戦うなんて、それが当たり前お父さんもお母さんも“あの人”もそうしてくれたのだから。
私はあの人のように皆を守りたい。役に立ちたい。
「こんな仕事しといて何だけどさ、お前はもっと自分の命を大事にしろよ!」
ヒートアップして彼は殆ど叫ぶようにしてそういった。
「してる...してるわよ...?」
本当に?私は死に急いでいないか?いいや、違う違うはず。私は生きないといけないそう言われたから生きて色んな人を幸せにって...言われたから父と母に目の前で物言わぬ肉塊と化した母?
母は死んだ焼かれて死んだあの恐ろしい黒く大きな巨人がお母さんの運命をそう定めた...あそこで私は死ぬはずだったのに...でも、私は助けられた“英雄殺し”のあの人にでも、もしかして?——
「よう、何してんだい二人して?」
「あんなに騒いで...他のお客さんに迷惑ですよ?」
急に私たちの会話に割って入ってそのまま流れるようにして私たちの席に座る二人の女性。
一人は亜麻色の髪を後ろにゴムでまとめ、ダメージジーンズと薄手のタンクトップの上にステッカーだらけの革のジャケットを着たマーカスよりも大柄でがっしりとした日焼けした肌に多くの傷跡が残ている明らかに堅気ではない女性。
もう一人は対照的に美しい銀がかった長い金髪、高級なレディーススーツに身を包んだ透き通るように白い肌の細身の美しい女性...
「ナタリアさんにハンフリー大尉!?」
細身のナタリアさんはいつも私をサポートしてくれるオペレーターでもう一人の堅気じゃなさそうな方が“ベル・ハンフリー”大尉。私同様GMC専属アイギスパイロットで私よりもずっと実戦経験のある先輩だ。最近はGMC輸送船団の護衛を一手に請け負っている。
「二人してあんなにわーぎゃーと何の話してたのさ?別れ話か?それともついにくっつく気になったか?」
「何言ってるんですか!私とマーカスはただの幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもありませんから!ね、マーカス!」
「え!ああ...そうだな、うん...」
ありゃりゃ、お気の毒様となぜか意気消沈したマーカスを慰めてるハンフリーさんを見ているとさっき考えていた何かの事なんてすぐに忘れてしまった。
「それで、本当は何の話をしてたのかしら?貴方たちとても目立っていたわよ。」
「いや、その仕事の話がちょっと盛り上がってですね?」
そうそう、ただの仕事の近況報告みたいな話をしていたはずだ。何故忘れてしまったのか...
「ほーん、仕事の話ね。それならちょうどアタシたちも仕事の話に来てんのよ。」
楽し気にマーカスをからかっていたハンフリーさんが私たち二人を見回して言った。
とても嫌な予感がする。
「仕事の話って...何?」
「ま、端的に言うとアタシの手伝いをしてほしいのさ。」
そう前置きしてからハンフリーさんが続ける。
「いつもだったら私一人でも大抵はダイジョブ何だけど、今回はどうもキナ臭くて本部からの危急の要件で、アタシらに運んで欲しい荷物があるんだと。そんで今回は通常使用しない危険だけど近道のルートを使う都合上、護衛が多い方が良いってね。
それで、ソフィアを探してたわけだが...ちょうどいるなら都合がいい。」
ナタリアさんがにやりと笑ってマーカスの方を見た。マーカスその有無を言わさぬ視線に怯んだところで畳みかける。
「マーカス、お前も来い。報酬は弾むぞ本部がな?」
「え、いやでも正規の依頼を通さないのはちょっと...」
「でも、ソフィアの嬢ちゃんは連れてくけど?お前はただ見送るだけで良いのか?」
良いところ見せるチャンスだぞ~と、若く純真な青年を洗脳し危険な仕事に駆り出そうとする悪い大人を横目にナタリアさんを見る。
「どうやって私を探し出したわけ?」
「んー、それは企業秘密よ。」
茶目っ気ありげにウィンクして誤魔化そうとするナタリアさんをジト目で見つめる。
もしかして私の通信端末に追跡装置でも仕込んでいるんじゃあるまいな...
「何で昨日の今日で私が現場に出る必要があるわけ?」
近道で多少危険なルートを通るからと言ってマーカスはともかく、私とハンフリーさんので二機以上もアイギスを要求するなんて大分過剰に思える。輸送船だって非力な非武装船とは程遠い頑強なものだ。それにいくら何でも昨日の今日で仕事に出るのは疲れる...
「詳細は後で説明するわ。それに、なにも悪いことばかりじゃないわよ。目的地ではアレハンドロ大佐が迎えに来るって「お養父さんが!?」
私はその名前を聞いて反射的に今日一番の大声を出して席を立ちあがる。
「おお、そっちも話は纏まったみたいだな?」
半ば呆れたような顔をしてハンフリーさんがこっちを見るので僅かに恥ずかしくなってすごすごと席に座りなおした。
だって、嬉しいんだからしょうがない。“アレハンドロ・レアロイド”大佐、私の養父で前の三界戦争の英雄で私の恩人でもある大切な家族。この前出張してからもう二週間も会えていないのだ。
「全くファザコン娘め...」
「大佐も親バカでつり合いが取れてるわよ。」
中々の酷い言われように曖昧に苦笑するしかできない。
「スケジュールでは出発は明日。ソフィアの機体はもう運び出してるけど、マーカス君は急遽組み込まれたわけだし今日は徹夜してもらうことになりそうね?」
「ええー、マジっすか?」
「今更言うなよ。カッコいいとこ見せるんだろ?」
「っそ、そうでしたね。頑張りまァす!」
げんなりしてもハンフリーさんの言葉ですぐにやる気を出すあたり、いいように使われてるなと、何だか少し哀れに思いつつもようやく人心地つけるというところで
「あの、お客様?他のお客様の迷惑になりますのでこれ以上居座るのはご遠慮ください。」
額に青筋浮かべて仁王立ちするウェイターさんを見てここがファミレスであることを思い出した。
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