ヒトデナシと無常世界

「もう、いいんですよ。」

 助手の声は硬く、それでいて諦念のような優しささえ感じられた。或いは、何も感じていないのだろうか?

「…いきなりどうしたんだい?」

「先程の依頼では、故人を模して世界根幹体制に造られたAIを知ることができましたよね。​─────どうやら私たちも同じなようなんですよ。」

「何を……」

 これは私の個人的な調査に基づいた仮説なのですが、と前置きをしてから声を放つ。

「この世界ができてから数千年。命ある人間は根幹体制の管理のもとで永遠を与えられました。」

 言葉を詰まらせる隊長に対し、助手は語り続ける。遠い神話を唄うように、淡々と。

「人類の繁栄のために、世界の存続のために人は肉体と切り離されました。…終わりのある現実を去って、終わりのない幻想に生きることに疲れ果てた人々はログアウトしました。疲労の伝染もあり次第に世界人口は減少、それを良しとしなかった根幹体制は​────AIを用いて状況の回復を試みました。」

 理由のない場所から光が射し込む。二人の表情は窺えない。

「人間のための世界、人間のための知能が用意されても尚生存者は減る一方でした。人格の代用を知った人間も根幹体制によって置き換えられ、いつの間にか​─────人類は滅亡しました。そして、それから何世紀も人間を模倣して無意味に存在していたのが私たちです。どうでしょう?」

「……そんなのは…」

 隊長は否定も肯定もできず、求められた答え合わせにただ狼狽えるしかなかった。

「…私だってこんな仮説は燃やしてしまいたいです。それでも真相を捜したい…貴方もそうでしょう?」

「……時に、明かしてはならない謎だってあるんだ。」

 光が僅かに強くなったように見えた。

「曖昧の中で幸福に溺れるのも悪くないかもしれませんね。でも不可能でしょう?だって私たちは“電脳遺失物捜索隊”、最初から最後までそうでした。」

「自我データを基にしたAIはその性質に抗えないと?」

「ええ。異常なことがはっきりとわかるほどに刻まれています。だから​───────」

 助手は己の意欲のままにそれを明かそうとする。ログアウト自死の用意をして。

「この仮説を証明します。無意味な世界で。」

 ふわりと彼女の顔に射した灰色の光は霧散する。笑っているようだった。

「待ってくれ、違う…忘れただけだろう!?全部気のせいだ​─────」

「それじゃあ、貴方は何を覚えていられているのですか?これまでの依頼?前例が無いのは当然のことでしたね!自分のこと?姿も性格も与えられたものだというのに!」

 泣き笑いのような声色を模して助手は叫ぶ。

「ねえ、隊長!かつて世界には“名前”ってものが一人ひとりあったらしいですよ!私たち​───いえ、最初の私たちにはどんな名前があったのでしょうね。きっとくだらないものだったのでしょう、“神様”は取るに足らないものだと考えたらしいですから!」

 名無しの抜け殻は自我が無数に千切れようとも足掻き続ける。この激情の行き場の存在だけが彼女をまだ人間に繋いでいた。

「ヒトが居なくなって、何もかもが消えて、初めから何も無かったかのように、それでも変わらず回る世界を繕わされて!こんな…こんなの許されませんよね!?」

 悲痛な声が白に響く。ふと見上げれば、とうの昔に色を忘れた空が色とりどりのノイズで埋め尽くされていた。

「…もう時間が無いみたいです。経年劣化か、本来の用途以外での使用のせいか……何にしろ丁度良かったです。」

 目眩のように世界が瞬く。視覚はもう使い物にならないようだ。

 増すノイズの中、別れの挨拶を最後にその信号は途絶える。

「……また…何度も何度も目の前で、…こんなことなら……彼女が正しかったと思えたらどんなに良かったか…」

 耳鳴りのような雑音が聴覚を蝕み始める。世界で最後の音は小さく消えた。

 助手の証明を多く見届けてきたらしい隊長は、結局それさえも与えられた役目にすぎなかったことを知ることは無かった。

 ここはひとつの電脳世界現実、全てを抱えて今まさに█になろうとしているもの。

 群れていた者も、角をぶら下げていた者も、遺産を己に託した者も、賛歌を歪曲させていた者も、形を保つだけの世界と終わりを迎えた。  █

 ██       █   █    █ 

   █     ██ █    ██

««se arch/results - █N/A»»

««>world/█li fe - N/A»»

«█«██非活 性化を確 認»»

««█記録停>>█明な█ラー

««>不明███ー»»███エ

 █«>██ な█e██»█

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 :forced termination

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fiLe:電脳遺失物捜索隊-N/A まものなか @mamononaka

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