アイ

三波 雪

アイ


あ。

久しぶり。


喧騒を耳に木陰を眺めながら、思った。




それは、よく晴れた初夏の日だった。


そこは初めて行く場所で、

小高い山に、アスレチックが、素朴な木々でこしらえてある場所だった。

様々な種類の、鮮やかな緑色の樹々。


朝から、全身を使って遊んで、

木で作られたベンチで昼食をおえて、

子供と夫は、また遊びに行った。


私は、少し休憩したくて、

ベンチに一人残った。


昼食の後片付けを全て終えた後、ふっと息をついて、なんとなく右斜め前の樹々を見た。

その空間には、アスレチックの類はなかったのだけれど。


驚いた。


いる。

彼が。

思い出していただけではないのだ。

たしかに、いた。



彼の名前は伏せる。

ただ、彼と頻繁に出会っていた頃よりは物事を知った、今の私が、彼のことを一言で表すならば、まごうことなく「イマジナリーフレンド」。

でも、それではあっけない。

だから、「アイ」と書くことにする。仮名である。


子供を産んだ後に、ものすごく不安な時、2回ほど彼のことを思い出した記憶はあるけれど、

思い出しただけだった。あくまでも。

彼は来てくれなかった。


その後は、アイのことは、思い出していなかった。まったく。何年も。


でも、今回は違った。

いるのだ。絶対に。樹々の合間に、アイ。


感慨深くて、

もう少し、彼のいるはずの場所を眺めていたいけれど、

私は行かなければいけない。

夫と子供が、ブランコをしながら待っている。


せめて、アイがいたことを忘れたくなくて、急いで文章を書き、写真を撮った。


それから少し離れた場所に行く間にも、胸はなんだか、満ちていた。



その場をもっと遠く離れたら、別の木陰を眺めても、彼はいなかった。

いない、と認識した後は、

胸が、朝のような静けさに戻った。



その後、子供が望んだので、

昼食の時と同じ場所にまた戻ってきた。


木陰を見た。

やっぱり、いる。

胸が満ちる。



アイ。

ひさしぶり。

会いたかった。


会いたかった?


いいえ、今日は、別にあなたのことを求めて来たわけではないの。

それでも、こんなに胸がひたひたになって溢れそうなのは、

本当に、いるんだね。

時間が許す限り、感じて、眺めていたい。あなたの気配がする木陰を。

だって、あなた、私の味方でいてくれたから。




ふと気づいたら、アイの手前に、私の子供がいた。

笑いながら駆けている。



ねえ、アイ、見てる? 見える?

このこが、私のこどもなの。

子供だった私が、このこを産んだの。



そう思った後はまた、胸が静かになっていった。

アイが、まだいるような、いないような、どこかに移動する前かのような。


いや、まだいる。

人の会話が聞こえないところに来たら、感じる。


そう思ったら、安心した。

さっきとは違う、サッパリとした気持ち。

帰る時間になったけれど、

もう後ろ髪はひかれない。

だって、いるって分かったから。

きっとまた、秋に来たら、会えそうな気がするから。


アイ。

今も、味方でいてくれる?

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アイ 三波 雪 @melodyflag5

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